東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「あっ」

 

 数年ぶりに掃除でもしてやろうかということで開けた飛倉の中には、以前見たことのある妖怪が面白いポーズで固まっていた。

 

「ちょまっ」

「“ライオネル流一本背負い”」

「うぎゃぁ!?」

 

 弁明は聞かぬ。ゴキブリを見つけたら殺す。それと同じことだ。

 

「あらら……? 女の子……いえ、妖怪ですか?」

「うむ」

 

 私の後ろには白蓮もいた。念には念をというわけで、この一本背負いは何ら大げさなものではない。たとえそれが、顔見知りの妖怪であったとしてもである。

 

「いてて……待ってくれって言おうとしたのに……」

「白蓮から“蔵の中で物音がする”と聞いて来てみればこれだ。待つも何もない。怪しい前科者は速やかに火に焚べるに限る」

「やめろって! そういうんじゃないから!」

 

 蔵の前で必死にわたわたと両手を動かしているこの少女は、ぬえである。

 以前に命蓮といた時にも出くわした、変身と偽装能力を兼ね備えた小賢しい奴だ。

 

「ていうかどうしてまだお前が生きてるんだよ! 前あった時もジジイみたいな声だったのに!」

「ハハハ、魔法使いは不老不死なのだ。あれ? もしかして興味ある? パンフレットとかどう? 話だけでも」

「ヒィッ! やめろ! よくわかんないけどこっちくるな!」

 

 全力の拒否である。

 何故なのか。いつもこうだ。でも私は妖怪の魔法使いであっても歓迎するよ。

 

 

 

「で、一体蔵の中で何をしていたのか」

 

 幸か不幸かでいえば、ぬえからすれば幸運なのだろう。

 飛倉は修行僧たちの生活圏からは離れた場所にあるため、少し移動すれば人目につかない場所で話すことができた。

 実質、尋問のようなものである。今日は命蓮が修行という名の休養で忙しいので、こういう時には私が代役を務める必要があるのだ。

 

「あの蔵、命蓮はもう数年開けていないと言ってましたが……」

 

 その場に居合わせた白蓮も、見届けるためにここにいる。

 バツが悪そうに頭を掻くぬえを興味深そうに見つめているが、そこに嫌悪感は含まれていないようだった。

 

「あー……別に。何でも良いじゃない……」

「何か人間相手の罠でも仕掛けていたのかい」

「はっ、まさか。こんなおっかない寺でそんなことするもんか」

 

 だろうな。信貴山、そして朝護孫子寺は妖怪にとっておっかない場所に違いないだろう。

 かつては命蓮が“お祓い”と称した範囲攻撃で山に隠れ潜む妖怪を定期的に片っ端から吹き飛ばしていたからね。

 

「……最近、山の外もおっかないから、しばらく隠れてたんだよ」

「ほう?」

「ちと、都の方でやりすぎた。恐れをなした人間どもが、今は必死に私を追い立てているってこと」

 

 なるほど。逃亡犯か。それで蔵に籠もっていたと。

 

「都……ああ、ひょっとして最近伝え聞く、都に出没する魑魅魍魎の話かな」

「おっ? こんな山にまで話題が登るようになったんだ。それはちょっとうれしいわね」

 

 ぬえはニッカリと笑顔を咲かせ、背中の矢印やら鎌やら不可思議な形の翼をうねうねと動かしている。

 魑魅魍魎。その噂の中身は、時に猿だったり犬だったり、虎だったり和邇だったりと様々だ。

 見る人によって姿かたちをかえ、鳴き声を変え、異なる印象を与える。

 謎と不明瞭、正体不明の恐怖。それこそ、このぬえの得意とするものなのだろう。

 

「とはいえ、さすがに陰陽共が増えると厳しいわ。正体を暴かれると無力なもんだよ……だからその前に、ここに避難してきたってことよ」

「ここじゃ既にぬえの正体は割れてるしね」

「うっさい、そういう言い方するな」

 

 事実じゃないか。

 

「……まぁ、人を取って食わないのであれば私としては別に、どうでもいいよ」

「え、いいのか? 私がここにいても?」

「さあ、どうだろう」

「はあ? どっちだよ」

 

 どっちだよと言われても私は代理だしね。修行には参加してるけど宗教観にはあまり興味ないし、妖怪が一匹混じってる程度は別になんとも思わない。

 人間だって同じだ。変なことさえしてこなければ私はいてもいなくても構わないと思っている。たとえばうんこを投げてきたりとかね。そういう蛮行を吹っかけてこなければいいのだ。

 ちなみにうんこ投げてきたら人間であっても躊躇なく殺してやるからな私は。

 

「うわっ、何か寒気が」

 

 おっと、やる気が魔力に出てしまった。

 

「……まぁ、見逃してくれるっていうのならありがたい。数日だけ、この蔵に匿ってほしい」

「構わないよ。この飛倉は物も少ないし、押入れみたいなものだから」

「押入れ? まぁそれなら助かる。……他の場所と比べてやたらと魔力や霊力が少ないのは気がかりだけど……私の気配を隠すには都合がいいか」

「汚さないようにね」

「わかってるって」

 

 ぬえは手をひらひらと振り、軽い調子で応えた。

 

「あの……」

 

 そこで、白蓮が一歩前に出る。

 

「……なにさ、尼さん」

 

 真剣な表情で踏み込んできた白蓮に対し、ぬえの表情が僅かに強ばる。

 私の隣にいる尼僧だ。無下にはできない相手だとはわかっているはず。それだけに、何を言われるのか不安でたまらないのだろう。

 

 もしもここで白蓮が“出て行け”と言ったなら。

 その時は私も“あっ、じゃあそういうことで”と無責任に言うだろう。

 尼僧であっても、彼女は命蓮の姉なのだ。寺における発言力は大きい。言われれば、私はその方針に従う他ないが……。

 

「もし……お腹が空いているのであれば、食事をお持ちしますよ?」

「……へ?」

 

 ほらね。こういうことだろうと思ったよ。

 

「ずっとこの狭い蔵にいるのも大変でしょう。何か、温かい粥など……」

「えっ、いやぁそんな……いいの?」

「もちろんです。……身体も少し汚れていますし、拭くものも用意しますね?」

「あ、うん……あり、がとう……」

 

 白蓮はいつだって純粋で、底抜けに慈悲深く、優しいのだ。

 

「ささ、石塚様。一緒に支度を致しましょう」

「はいはい。……しかし貴女も、仏教徒だというのに妖怪に甘いね?」

「ふふ、そうでしょうか?」

 

 やれやれ、まあいいんだけどさ。

 ともあれひとまずは、粥の準備か。近頃はよく作るようになったよ。

 

 


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