東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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魔法使いの辟易

 

 私の身体は日毎に若々しくなっていった。

 

 かつての健脚を取り戻し、野山を駆け回ることもできる。

 腕は寺で暮らすどの僧侶達よりも強くなり、力仕事においては右に出る者もいない。

 

 何より、私の読経に“力”が乗るようになった。

 唱えることで、空気が震えるのが解るのだ。私の信仰心と魔力が合わさり、何らかの作用を齎しているのかもしれない。

 坊主に聞くところによれば、“神聖さを感じる”のだそう。……声や呼吸、詠唱にも力は乗ると魔導書にも書いてあった。きっと、それに近いものが働いているのでしょう。

 

 ……日々、私は力を増している。

 寺の僧たちからも、命蓮の再来だと尊敬の念を受けてもいる。

 確かに今の半端者の私であっても、それなりに人々の役に立てるでしょう……しかし……。

 

「あの人は、一体……」

 

 “棍棒の書”を読み始めてから三年。

 私は、石塚様との距離を計りかねていた。

 

 

 

 石塚様との出会いはとても良いもので、私はそれに大いに助けられた。

 ともすれば私は、あの方に出会わなければこの信貴山にたどり着けていたかどうかもわからない。

 石塚様がこの朝護孫子寺の客人であったという幸運は、天の導きとも言えましょう。

 

 しかし同時に、石塚様は謎多き人でもある。

 そもそも、私があの方について知っていることなど……もう十年近くも顔を会わせているというのに、ほとんど知らないのですから。

 

「はあ、石塚様ですか。さあて……命蓮様がまだ若き頃よりの客人であったとは聞いておりますがな。何分昔の話でありますゆえ……」

 

 寺で最も長くいる僧侶でさえ、この調子だ。

 あの方がどのような理由で信貴山に身を置いたのかは、定かでない。

 

「悩まれるくらいでしたら、直接石塚様に聞かれてはいかがか」

「あぁ、うーん……確かにそうなのですが……」

「気が進まぬ様子で」

「はい……」

 

 本人は生きている。何も故人の来歴を探ろうというわけではないのだから、聞くことは容易かった。

 けれど……どことなく最近、あの方が不気味というか……胡散臭いというか……。

 

 ……怖いのよね。

 

 

 

「やあ白蓮」

「わっ……こ、これは石塚様。急に角から出てこないでください……」

「おおっと、申し訳ない。ついね。つい」

 

 今日もまた、石塚様は身軽な動きで私の前に現れた。

 私も魔法を学び始めてから大概、元気になったけれど……どういうわけかこの石塚様もまた、近頃調子が優れているようなのである。

 

「ところで、今日は満月だけど」

「はあ……そういえば、そうでしょうか?」

「白蓮は満月が及ぼす妖魔への影響について詳しく知っているだろうか?」

「ええ……っと……?」

 

 また、素っ頓狂な話が増えた。

 ……呆けてしまったのだろうかとも思ったけれど、話の内容は……露骨なまでに、魔法に関するものに食い込んでいる。

 

 ……私がなんとなくこの方を避けているのは、そこに原因があった。

 

 魔法。

 石塚様は魔法に尋常ではない興味を抱いており、恐らく……私が魔法を扱っていることにも気がついている。

 

 その上で、遠巻きな姿勢で私に接しているのだ。

 寺の者に吹聴しようとはせず、私を非難するでもない。

 目的がわからない。だからこその、不気味……。

 

「白蓮?」

「!」

 

 眼の前に、鳥の面。

 

「す、すみません。少し考え事をしていたもので……」

「うむうむ」

 

 何故上機嫌なのでしょう……わからない……。

 ……いえ、そういえば満月でしたか。うーん、満月……妖魔……つまり妖怪。

 

「……ええと、たしか命蓮から聞いたことがありますね。妖怪は満月になると、力を増すと……」

「ほほう、命蓮から。よく知っていたね」

「はい。だから危ないので外に出てはならぬと、あの子は常々口を酸っぱくしていたものです」

「うむ、そうだね。それは正しい。実際に妖怪を始めとする妖魔、そして魔族や神族でさえも、満月から降り注ぐ魔力によって力を増幅させるから」

「魔族はなんとなくわかりますが、神族?」

「そのまま、神のことさ。ああ、仏と言ってもいいかな」

「なんと、まあ」

 

 神仏もまた月によって力を増すとは。それは初耳です。

 

「満月の魔力は魂によく浸透する。それ故に、生物にとっては扱いやすいというわけ。魂から直接力を引き出す妖怪ならば、それも顕著に現れるということさ」

「なるほど、そのような理屈があったのですね」

「もちろん人もまた例外ではない。満月の夜は、魔力を扱う人間にとっても有益な日となるだろう」

「……」

 

 無感情な白い鳥の面が、じっと私を見つめている。

 ……私は感情を悟らせまいと、口をつぐんで見つめ返すのみ。

 

「……ふむ。気づいたかな? 白蓮」

「……」

 

 何に……?

 

「そう……確かに満月から降り注ぐ魔力は扱いやすい……しかし、実際に最も強く魔力が降り注いでくるのは、満月ではなく新月の夜なのだ」

 

 ……ええ……そういう話……?

 

「太陽光によって邪魔されることなく、月の魔力がゆっくりと大量に降り注ぐ。そこに光は無く圧力もないために観測は難しいのだが、確かに大量の魔力が輸入されているのだ」

「……なるほど?」

「神族や魔族らにとっては、権能を司っていない限りには知覚の難しい力と言えるだろう。扱うためには積極的に技術を磨かねばならないというわけさ。……そう、つまりそれは仙人をはじめとする寄生系の術者にとっては門外漢とも呼べるエネルギー源であるから、意識的に学んでいかなければいつまで経っても習得できないということでもある」

 

 ちょ、ちょっと難しい話になってきましたね。

 

「どうだろうか白蓮。満月も悪くはないのだがここらで新月をはじめとする星々の魔力についても勉強してみるのも良いと思うんだ。様々な源泉から力を引き出せるほうがもっと効率的にスキルアップできると思うし、月の公転の尊さを学ぶこともこれからはある種の義務だと――」

「す、すみません石塚様。私、お堂の方に用があったのを思い出しまして。失礼しますね」

「あっ、はい……」

 

 や、やはり石塚様は少し怖いです!

 直接訊ねるのはまた今度にしましょう!

 

 


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