東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 ンッフッフ……。

 おっと失礼。いやしかし、この笑みも仕方あるまい。

 

 なにせあの仏教一辺倒であるかのように思われた白蓮が、“棍棒の書”を読んで魔法使いになったのだ。

 これは思わず小躍りしても仕方のないほどの大慶事であろう。

 

 彼女が“棍棒の書”を開いたのは、命蓮が亡くなってしばらくしてからだ。

 あの頃は大変そうだった。命蓮が息を引き取ってからの彼女は一気に老け込んだかのようで、何をするにもぼんやりとしているし、活発さを喪っていた。

 体力も気力も底をついたかのようで、年相応のおばあさんのようになってしまったのである。

 いや、それまでが精神的に若作りしていただけで、実際は無意識下で無理をしていたのかもしれぬ。あるいは、白蓮は命蓮の死を契機に、そのことに気付いたのかもしれなかった。

 

 魔法に手を出した理由があるとすれば、それは間違いなく自身の“延命”のためであろう。

 

 そもそも私はまず、魔法とは無限の探求であると考えている。そのためには自身の延命は必須であるし、真っ先に着手すべき改善点だ。なので、白蓮が強化魔法よりも真っ先に自身の肉体の活性を望んだことについてはウンウンと良いように思っている。

 が、白蓮としてはきっとその延命こそが至上の目的であったに違いない。

 自身を若返らせ、肉体を強くする。縁者の死を間近で見た彼女が懐いて当然の願いであろう。

 

 最初はそれで構わない。

 死にたくない。その原始的な願いもまた、魔法使いならば当然の欲求だ。

 

 しかし、それが満たされた時。魔法使いは果たして何を望むだろうか?

 

 私はそれを知っている。

 

 自身の肉体が不滅のものであることを確信した時、己の時間が遥か未来にまで地続きしていることを悟った時。

 人は、何かしらに没頭せざるを得ない生き物なのだ。

 

 それが芸術でもいいだろう。鍛錬でもいいだろう。長い人生なのだ。寄り道はいくらでもすると良い。

 だが、延命という奇跡を果たしたのは“魔法”だ。

 であるならば、きっと不老の人間は、自身を底上げした“魔法”を無視することはできないはずだ。

 

 白蓮、今はそれでいい。

 経を唱えるが良い。神を信仰するが良い。

 貴女がどのような人生を歩もうが、私はそれを否定しない。

 ……いや、少々じれったく、残念に思うところは個人的な部分でもちろんあるけどね?

 

 それは別として、私は貴女を気長に待っているよ。

 貴方はいずれ、魔道を歩んでゆくのだ。その日まで私は、ただ座して見守るのみ……。

 

 ……。

 

 いや、でも本当に焦れったいからもうちょっとワンポイントアドバイスとか次に習熟すべき分野については教えておこう。

 多少の興味は持ってほしいし、ほら英才教育だって若い内にやっておくものだしね。学ぶなら何事も早い方が良いはずだ。

 だから白蓮よ、私と少し話をしようじゃないか。何なら後で説法でもなんでも聞くから。win-winってやつじゃないか。

 なあ白蓮。白蓮? おーいびゃくれーん。

 

 

 

「白蓮様は数日の間、お出かけになるそうです」

 

 気がつくと白蓮は旅に出ていた。

 見送りも待たずに振り切って、たった一人で信貴山を降りたのである。

 それはまるで近頃少し距離感を見誤りつつあった私から逃げたようにも思えてしまったが、これは私の被害妄想かもしれない。

 

「なぜに出ていったのか……」

「さあ……力がついたので、遠方へ向かい人助けに勤しむと。そのように仰られていましたが」

「ああ、そういう……命蓮を思い出すなあ……」

「まさに。まあ、命蓮様は決して寺から動こうとはしなかったのですが。ハハ」

 

 人助け。

 そういえば最近は白蓮も、そのようなことを度々こぼしていたな。

 

 力がついて、理想論の多い教義を実践するだけの地盤が整ったが故であろうか。

 元々彼女らの信仰している宗教というのは、理論とその実践を重視する傾向にある。なので日々の修行も、瞑想だけではなくわりかしハードなものが多いのだ。

 この旅とやらもきっと、その一環なのだろう。多分。私の鬱陶しさがために出ていったのではないはずだ。そう思いたい……。

 

「しかし、白蓮様も綺麗になられた」

「ああ、白蓮か。うむ、そうだね」

「日に日に若返られて……凄まじい法力だとそれに驚きもしますが、いや……幼い坊主共には少し、刺激が強いかもしれませんな。そういう意味では、しばらく旅に出られた白蓮様の判断は正しかったように思います」

 

 この年老いた僧侶もまた随分とお硬い、禁欲的かつ模範的な坊主ではあるのだが、そんな彼をして今現在の白蓮は、非常に魅力的であると周囲に思わせる女性であった。

 何がと言われると、全てである。私もまさか、若返った白蓮があそこまで美しい人になろうとは思ってもいなかったのだが。

 

 今は外見年齢的に、二十代にもなっただろうか。まさに女性の絶頂期である。

 彼女のスタイルは理想的で、特に胸が豊満であった。カチカチの僧衣でいくらか隠せはするが、禁欲生活真っ只中の年頃の坊主達にとっては実に目の毒であろう。本人が無邪気に動き回るものだから始末に負えない。この山において唯一の煩悩製造機であると言っても良い。

 命蓮もひょっとしてそんな姉がいて修行にならなかったから、わざわざ遠くの寺まで出てきたのでは……ってこれは邪推か。

 

 ……まぁしかし、弟の命蓮もなかなかにイケメンだったからな。

 白蓮が美しいのもまた当然だったのかもしれぬ。命蓮の二十代頃の姿も比較対象として見ておきたかったなぁ。

 

「白蓮様、悪漢などに襲われなければよいのですが」

「ふーむ。まぁ、大丈夫じゃないかな。あれだけの力があれば」

「ええ、そうはわかっているのですが……」

「心配になると」

「はい……」

 

 白蓮はこの寺の最年長勢であるとはいえ、それはそれだ。

 今ではすっかり年頃の娘さんなりの心配をされている彼女であった。

 

 

 


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