まぁ、白蓮がよろしくやっているのであれば、それはそれでいいだろう。
一人で修練を積みたいというのであれば、そんな時間も必要だ。あるいは己のみで考えることによって、私とは違った魔法の系譜を辿るやもしれぬ。
別について行って邪険にされたら怖いとかそういうわけじゃないぞ。ほんとだぞ。
「というわけで戻ってきました」
「おかえりなさいー」
ということで、ちょっとぶりの魔界である。転移早々、早速神綺も迎えに来てくれた。
命蓮も亡くなってしまったし白蓮も旅に出たので、丁度いい頃合いかなとも思ったのだ。
棍棒の書もそこそこうまく仕上がったしね。実際の使用感は白蓮がモニターになってくれるから今はまだ良いだろう。
「はい、これおみやげ」
「わあー……なんですかこれ?」
「荏胡麻油」
「わーい? ポテチ作りますか?」
「おー良いね」
「やったー、ありがとうございます!」
あ、揚げ物は私がやるんだね。
はいはいわかりました。ちゃっちゃと荏胡麻ポテチ作っちゃいましょうね。
日本どころか北海道にもまだジャガイモはきてないし、なかなか流行を先取りしたメニューになってしまうけれども、まぁいいだろう。
ポテチと魔界自家製ビールをつまみつつ、私は神綺にこれまでの日本旅行というか、寺での出来事について話した。
語るべきことは色々ある。まずは何といっても命蓮の話だ。
あの人を丸め込むのが上手い男の活躍譚は、色々とスケールの大きな魔界であってもなかなか無い面白おかしさがある。
まずは長者の倉をせしめた話から始まり。
朝廷の使者がやってきたものの足を運ぶのが面倒と適当な理由をつけて遠隔法力で病気を治した時のものぐさな活躍があったり。
意地汚い徴税官から全力の法力で穀物を隠しまくったり。
超人的でありながら人間味のある命蓮の武勇伝を、神綺はそれはとても楽しそうに聞いてくれた。
彼の生涯に渡って作り上げた様々な騒動や功績を聞けば、長者からせしめた油で作ったポテチもきっと、より何倍も美味く感じられることだろう。
「楽しい人だったんですね」
「うむうむ。魔法には興味を持ってくれなかったが、なかなかね」
「ライオネルが魔法使いじゃない人に注目するのって、珍しいですよね。前は河勝でしたっけ」
「おーまぁ、そうなのかな?」
確かにそりゃあ、私にとっては魔法こそが至上の観察対象というか、注目すべきものだからね。普通の人の営みや文化の形成なんていうのは、それこそ魔界の魔人たちが作ったり壊したりする文明を見ていればそれなりにお腹いっぱいだし……正直言えば、私の生まれ育った日本とはいえど、今更何の変哲もないひとつの文明の興亡を終始見守る意義って、薄いからね。
けど、人は別だ。
「人の一生は魔人よりも短いからね。やっぱり彼らの紡ぐ一生は、鮮烈なんだよ」
「はぁー……なるほど?」
「ははは。ピンとこないだろうね。実際のところ私も、あまりピンと来ないよ。人の尺度はあまりにも忙しなくて、ついていくのが大変だ」
社会人やってた頃は時計がごとき正確さで、毎日を歯車の一つとしてやっていたんだけどなあ。
今じゃそんなリズムまるで吹っ飛んでしまったよ。一時的に思い出せはしても、そのせかせかした感覚を、今更常に意識できるものでもなし……。
「それでもライオネルは、これからも人を見つめてゆくのですね?」
「もちろんだとも。めげないし、これからも続けていくさ」
モーツァルトの公演で拍手したい。
駆け出しのビートルズを応援したい。
ディープパープルのライブで叫びたい。
魔法が絡まなくたって、私の見たいものはまだまだ色々残っているのだ。
確かに文明の勃興は繰り返すものだし、運命は螺旋をなぞるものだし、世界は際限なく広がっているかのように見えてフラクタルを描き続けているものだ。
そうだとしても、今この時代にしかない、その時だけしか見られないものだって、確かに存在する。
「神綺は、あまり人に興味がない?」
「うーん」
神綺は二枚のポテチでアヒルのようなくちばしをつくったまま、可愛らしく頭を傾げた。
「聞く限りでは、そこまでですかねえ……? 私にとっては、やはり魔人に思い入れがありますから、特別な気持ちは……? たまにアリスのような人間が来ることもありますけど、うーん。あ、でもさっきの命蓮って人はちょっと面白いと思いましたよ」
「そっかー」
まー興味が無いなら仕方ない。
けど、人間はどんどん個体数を増やすからね。いつかきっと、神綺の気に入る人間が現れるはずさ。
「ところで、魔界の方はどうかな。何か変わったことはない?」
「魔界は……そうですね。例の双子がおとなしくなったり、エンデヴィナの廃墟が一割ほど鎮火した状態で小康状態になったり……あ、魔界の観光ツアーの冒険コースが古代森林の入り口まで来るようになりました!」
「おおー。それはまた、随分と冒険するコースだね。彼らにしてみれば退屈じゃないのそれ」
「はい、不人気みたいです!」
だろうね、そこいくまでほぼ何も無いもんね。
「あー、あとそれと」
「うんうん」
「
「ふむ?」
「ライオネルに、話を聞いてほしいと言ってましたねー」
それはまた、ちょっと気になる話だ。