東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 紅の案内のままに、法界へとやってきた。

 法界内部は相変わらずの荒涼とした景色が広がるばかりである。……が、ところどころにちょっとした岩造りの構造物があったりして、全くそのままというわけでもないようだ。

 この世界に住み着いた魔族たちが築き上げたものであろうか。

 

「……さて、皆を集めます」

「うむ」

「すぐにやってくるとは思いますが……数人ほど、襲いかかってくるかもしれません。血の気が多い連中ですので……」

「問題ないよ」

「では」

 

 紅が数歩前に出る。

 彼女は立ち止まると、静かに大きく息を吸い込んだ。

 

「――母の霊廟を彷徨う者共よ! 我が声を聞け!」

 

 辺りがひび割れるほどの大声量。

 気、つまり魔力を込めた声を反響させた上で放っているのだろう。

 呼びかけるその言葉はほぼ音響兵器に近い。近くにいる者全てをズタズタにするだけの威力がありそうだった。

 

「ライオネル様が法界に来られた! 母の名に己の使命を抱きし者共は、直ちにここへ馳せ参ずるが良いッ!」

 

 しかし、母か。

 

 母。恐竜にとっての神であるそれ。つまり、アマノ。

 

 彼女の名に己の使命を抱きし者……か。

 

「なかなか気になるフレーズではあるが……」

「ああ、来たようです。……そのまま真っすぐ来ているのが、好戦的な連中ですね。どのような呼びかけであっても殴りかかって来なければ、良い奴らなのですが」

 

 遠くから土煙が上がっている。

 それは連続的に段々と近づいてくる地響きと共に、私達目掛けて駆けてくるようであった。

 うむ、どう見ても穏やかなお近づきではない。

 

「ハハハハハァーッ! 貴様がライオネルかぁッ!」

 

 よもや突進か、と思いきや、寸前のところで立ち止まったらしい。

 その分土砂に近い土煙がこちらにバラバラと降り注いで大変なことになっているのだが、向こうはそんなことを少しも気にする風でもなく、快活そうな笑い声をあげていた。

 

「待っていたぞ、法界を作り上げた者よ! 我が堅牢に囚われ幾星霜、これほど抜け出せる気のせん檻は初めてだッ!」

 

 それは巨大な口を持つ大柄な怪物であった。

 身の丈六メートルはあろうか。全身は黄色と黒の毒々しい色の鱗に覆われており、色合いからして既に危険そうな気配が漂っている。

 だというのに頭部は大きなワニに近い。危険カラーの頭でっかちなマッチョワニ。全身から滾る強大な魔力にさえ目を瞑れば、実にシュールな姿の魔族だった。

 

ヘイカン(狴犴)、威嚇をやめなさい。この方は厚意で我々を助けて下さっている恩人なのよ」

 

 どうやら名はヘイカンと呼ぶらしい。

 しかし、紅もやけに親しげだ。

 

「ハハハ! なに、ほんの冗談だ! こやつ、我が力を前にしても小揺るぎもせん。よほどの強者とお見受けする! なればこそ、我らが遺骸を運ぶに相応しい!」

「……紅、これは私褒められているのだろうか?」

「はい、褒められています。一応」

 

 威勢の良いワニではあるが、話してみると随分と理性的であるらしい。

 ヘイカンは私達より数歩後ろに下がり、その場にどっしりと腰を下ろした。

 

「しかしライオネル殿よ! 我は手出しはせんが――」

「――我は真の強者しか認めぬ」

 

 和やかに語るヘイカンの頭上を飛び越えて、昏い人影が私に迫る。

 捕食者のようなすさまじい速度の奇襲。刺々しいシルエットを持つその襲撃者は、少しの躊躇もなく私の頭に腕を振り下ろしてみせた。

 

「――ほう。視えたか」

「魔族との闘いには慣れていてね」

 

 だが、ありがちな奇襲だ。この手の攻撃には慣れている。

 

「ぐっ……!?」

「それで紅、彼らを集めて一体何をしようというのか」

「それは……」

 

 刺々しい腕による強力らしい振り下ろしも、“掌握”で掴んでやればエネルギーを失って完全に停止する。相手がどれほどの力で振りほどこうとも、一度掴んだ“掌握”から逃れる術は無い。

 私はそのままトゲトゲの人型魔族を放り投げ、手頃な岩に叩きつけた。深くめり込んでるけど、どうせすぐに抜け出してくるだろう。それよりはさっさと用を済ませたいところだ。

 

「おうおう、ヤズ(睚眦)がやられとるな」

「我を呼んだか。紅よ」

 

 幸い、続々と魔族が集まりもはや喧嘩の雰囲気でも無くなっている。

 力試しは構わないけども、それはまた魔法重視のルールの上で日を改めてお願いしたいところだ。

 いや、嘘だ。魔法を使った闘いなら日を改めなくてもこの後話が終わってからでも大丈夫だ。いつでも相手は募集中です。

 

「……しかし、ふーむ」

 

 こうして見回してみると、錚々たる顔ぶれだった。

 

「一人はほとんど外に出ようとしない者です。閉じこもったまま、声も聞こえていないのでしょうが……ひとまずここに集まった者たちが、そうです」

 

 紅の他に集まった魔族は……七人。それぞれ姿形は異なるが、どれもどこかしらが爬虫類っぽい鱗に包まれているように見える。

 遠く向こうからのしのしと歩いてやってくる巨大な四足のあの魔族だって、多分亀か何かだろう。

 

 ……待てよ。爬虫類?

 そしてアマノを母……まさか。

 

「紅。彼らは……この魔族達の共通点を聞いてもいいかな」

「……私も、断言できるほどに確信を持っているわけではありません。憶測でよろしければ」

 

 崩れた岩の中から這い出してきたヤズ。遠方より歩み寄るヒキ。

 多種多様な魔族らが集い、しかしそれぞれに共通する強い意志を灯した瞳が、私に向けられる。

 

「彼らは私と同じ。おそらくかつて竜であった者の末裔であり……その成れの果てなのだと、思います」

「……そうか」

 

 紅は、元々はドラゴンであった。

 その亡き骸の側に揺蕩う霊魂が魔族の形を成して転生したものが、紅なのだ。

 

 ここにいる他の魔族達も、それと同じであると。

 

 ふむ……。

 

「ハッハッハ。我はそこの紅に言われて初めて気付かされたようなものであるがな。それまではただ、力を示すように振る舞うばかりであった」

「アマノ。その名に聞き覚えはないが、感じ入るところはある」

「我もだ。荷を背負うことの本懐を思い出すことができた」

「半信半疑だが、アマノという神については興味深く思っている。それが実在すればの話だがな」

 

 しかし、アマノに対する思い入れは個体差があるようだ。

 はっきりとドラゴンだった頃の性質を覚えている者もいれば、希薄な者もいるらしい。

 最もドラゴンとしての魂がはっきり残っていたのが紅だったのだろう。彼女は代表者のような扱いを受けているようだった。

 

「……ライオネル様。我々は、もちろんその思いの丈にこそ差はありますが。再び、アマノの信仰に触れる日を待ち望んでいます」

「我は特別望んではおらんぞ」

「黙りなさい、トウテツ。……だから、お願いします。我々の想いがこれ以上離れぬうちに……母の神気を感じられる社をまた、どうか」

 

 紅は恭しく拱手し、深く頭を下げた。

 他何人かの魔族も、それに倣って頭を下げている。残った連中もなんだかんだで、誰も見ていないと見るや素早く礼を取ってくる。

 

 ……うーむ、そうか。アマノの社を……。

 

「……そうだね。私も結構、長く歩きすぎた。任せておくれ。そう遠くないうちに、必ずアマノの社を作ってみせるよ。心配することはない」

「! ありがとうございます!」

 

 実はぼんやりと日本を歩いて、既に目星はついている。

 命蓮のいた信貴山などでは既に仏教という宗教が根付いているのでどうしようもないが、まだ誰も手を付けていないような地であれば新たな宗教が介入することは難しくもない。

 

 それに加えて、魔力が豊富な場所を探すのが良いだろう。魔力さえあれば何かと便利だしね。どうせならそんな場所でアマノの社を打ち立ててやりたいところだ。

 

 ……本当はもうちょっと吟味したかったのだが、十分ではあるか。

 それよりは紅や他の魔族たちの想いを尊重してやったほうが良さそうだし。

 

「忘れないでくださいね、ライオネル様」

「うむ、任せておくれ」

「……なんだか、心配なのですが」

「大丈夫大丈夫、平気平気」

 

 紅はどこか不安そうな顔をしていたが、なに、案ずることはない。

 私がゆったりできるベストプレイスを見繕ってあげるとも。

 

 

 


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