東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 大宿直村では定期的に集会が開かれる。

 場所は炭焼き小屋近くにある小さな寺の境内。

 前日・前々日から準備を重ねた上、村中の家長にあたる有力者たちが集められる大規模なものだった。

 

 集会は昼前あたりから始まるが、大抵の場合は同時に宴会も催されるため、終わりが明け方ということも多い。

 とはいえ、酒を飲む口実に開かれる怠惰な町内会のようなものではない。

 集まった人々は滅多なことでは深酒しないし、夜間に襲撃を仕掛けてくる妖怪への警戒はいつも以上に強いとさえいえる。村人たちは皆勤勉で、真面目だった。

 

 しかしそれも無理のないことだろう。

 集会を催す時というのは大概、厄介な妖怪どもが関わってくるのだから。

 

 

 

「おう。ようやっとお出でなすったか、神主殿」

「うむ、おはよう九右衛門殿」

 

 今日は集会の日。既に昼前から多くの村人たちが寺の前に集まっており、神主がそこへ足を運んだのは最後に近かった。

 だがそれを咎める者はいない。多少の時間の前後をあげつらう狭量さは分刻みの時計のないこの時代には存在しないし、何より神主の暮らす神社は村のほぼ東端にあるからだ。

 

 今しがた神主に声をかけた髭面の大男は、九右衛門。この村の狩人である。

 狩人は妖怪退治とはまた違い、害獣の駆除を中心に行っている。村の農作物が荒らされるのを未然に防ぐ重要な仕事だ。

 人間を殺したり喰らったりした獣は妖怪になりやすいので、決して妖怪退治と無縁というわけでもない。村では半妖怪化した厄介な獣を仕留めることも珍しくはないのだから。

 

「お、九右衛門殿。それは肉鍋か」

「熊だがな。熊胆が余っとるが、買うか?」

「いいや、結構だ。子のいる家に売られよ、それが一番良い。しかし肉はいただこう」

「うむ。まあ、座ると良い。話はこれからだ」

 

 寺の前の広場には敷物が敷かれ、中央には低めの篝台が置かれていた。ここで暖を取りつつ、同時に調理を行っているのだ。

 村人たちは篝を囲むようにして集まり、熊鍋をかき込んでいる。

 決して美味くはない臭みと癖のある肉だが、海のないこの村では動物性蛋白質は貴重であるし、耕地面積も多くはない。腹いっぱい食えるものはそれだけで十分に贅沢だった。

 神主もこういった粗野なジビエは最初こそしかめっ面で食っていたが、村で生活するうちに身体が栄養素を求め始めたのか、今では慣れたものである。

 

「やあ、神主。遅かったね」

「おおミマ様。すまんな、針の手入れにすこし難儀していたのだ」

 

 鍋をつつく者の中には、歩き巫女のミマの姿もある。

 曲がりなりにも聖職者として肉食はどうなのかと思われるかも知れないが、この村にそのような些細なことを気にかける者はいない。

 

「やはり火を入れねば難しいようだ。火でなくば、どうしても邪気が残ってしまう」

「道具の整備はしっかりしなよ。本職に投げときなよ、そういうのはさ」

「はは、ミマ様は厳しいな」

 

 神主は頭を掻きながら笑った。いつもの調子に、食事の場にも笑顔が広がる。

 対して、その中でミマの隣に座る者だけは、ピクリとも笑うことがなかった。

 

「ふむ、針の手入れか……そういえば鍛冶屋の倅が、色々と作っているそうだな」

 

 顎に手を当て考え込むのは、腰に刀を携えた若き侍だった。

 

 線の細い、美しい侍である。

 まだ年若く、二十には届かないくらいだろうか。顔立ちは青年のように凛としており、背筋は武人らしく真っ直ぐに伸びていた。

 長い黒髪を高く括り上げたその姿はまるで女人のようだが、装いは男侍のそれである。

 一見して男にも女にも見える人物であり、実のところ神主もまだ彼が男なのか女なのかはわかっていない。彼がこの侍について知っているのは、(便宜上)彼女がよくミマの傍に控えていることと、剣の腕前ならば大宿直村でも飛び抜けて一番秀でていること。

 そして彼女の名が明羅(めいら)であるということくらいだった。

 

「神主。針のことならば鍛冶屋に聞けばよかろう。倅であれば手を煩わせることもあるまい」

「ああ、倅か。それならば確かに手隙かもしれん。ありがとう、明羅殿」

「構わん」

 

 明羅は非常に真面目で、固い人物であった。

 そこそこ付き合いのある神主は彼女の本質が極めて冷淡というほどでもないことは早々に知れたのだが、それ以上は懐に入れさせない意志があるようで、会話が弾むこともない。

 

「ミマ様、芋が余っておりますがいかがでしょう」

「いらないよ。自分で食べるといい」

「ありがたく」

「礼なら九右衛門に言いなっての」

 

 村では唯一ミマと話すことが多いのは知っているが、ミマとの関係も定かではない。

 情が通っている風には全く見えないが、気さくに会話する程度には信頼しあっているらしい。二人が並んでいるだけで目の保養になるので、神主は両者の関係は知れずとも、それを眺めているだけでも十分に満足だった。

 なお、じろじろと目を向けるせいでミマに足を蹴られるまでがワンセットである。

 

 

 

「さて、腹ごなしは終わったかね? 終わったならば、早速話に入らせてもらいたいのじゃが」

 

 鍋を囲んでしばらくして、嗄れた声を上げたのは腰の曲がった老人だった。

 顔にはびっしりとシミが浮き、長年の労苦や経験が深い皺として幾重にも刻まれている。しかしそこに耄碌した緩みはなく、老いて尚鈍く輝ける理性を瞳に宿していた。

 彼はこの村の長老で、かつて退治屋として村を妖怪の魔の手から守り続けていた男だった。今では身体のこともあって農作業と村での仲裁を主に行うだけだが、いざとなれば自ら動けるよう、腰には幾つかの呪具が括り付けられている。

 

 老練の退治屋の声を機に、のんびりとした食事の喧騒がシンと静まり返る。

 速やかな沈黙は、総勢三十人近くが集まるこの場において、集会の趣旨を履き違える者が存在しないことの証であった。

 

「幾人かは既に聞き及んでおる事だろうが、今一度伝えておこう。……――外れの森に、送り犬の群れが現れたそうじゃ」

 

 

 

 


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