東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「なるほど。だとすれば河童の被害も多少は減らせるかもしれんなあ」

「でしょう? 神主さんもそう思いますよね?」

「うむ、悪くはない。ちと荷物がかさばるのが難点ではあるが、沢の近くに用があるならいい考えと思うぞ」

「やった! それで、置き場所を考えてたんですけど。ここに使われてない壊れた薪小屋があって……」

 

 神主は小さな坊主と話しながら、とても楽しそうに笑っている。

 ギリギリ親子ほども歳が離れているであろう二人だが、お互いに気心は知れた仲らしい。

 神主は基本的にどのような相手でも気さくに対等な会話ができるので、交流してみれば村に溶け込むのもそう時間のかかることではなかった。

 ミマはその頃を暫し懐かしんだ。

 

「お? ミマ様ではないか。おーい、ミマ様ー」

 

 するとさすがに向こうも気がついたのか、神主がこちらに手を振っている。

 やれやれ聞こえているよと苦笑だけして、彼女は大股で近付いていった。

 

「ふむ」

 

 それがすこぶる上機嫌な歩調であったので、静木は無意味に腕など組んだりして、知った風に頷いてから後に続いた。

 

 

 

「水辺の妖怪についてまとめておったのよ。近頃、この手の連中が多いものだからな」

「ああ……集会でも議題に上がってたねえ。確かに、無視はできないものね」

 

 神主と坊主は妖怪について語り合っていたようだ。

 内容は水辺の妖怪の対策について。

 究極的な対策としては水辺に近づかなければいいだけなので、実をいえばこのジャンルに関してはあまり研究が盛んではない。

 舟など漁業が絡む妖怪についてはそこそこ熱心に分析されるのだが、ちょっとした川や沢などに湧いて出る妖怪はあまり利益に絡まないのでどうしても下火になりがちである。それはかつて妖怪の専門であった神主も実感として理解しているところである。

 しかしここでは川の全てに立派な橋がかかっているわけでもないし、都合のいい場所に小舟が配置されているわけでもない。どうしてもいくらかは強引に川を渡る必要もでてくる。頻度が少ないだけであって、決して不必要な研究ではないのだ。

 

「河童を追い払う、または近づけさせないための退治道具について話し合っていたんですよ。あんまりお金はかけられませんけど、安価で作れるものなので大丈夫かなって思って」

 

 神主に話をもちかけたのは村に唯一存在する寺の坊主の一人、命之助(みょうのすけ)であった。

 彼はまだまだ幼く、未だ見習い扱いされている若輩者ではあったが、新しい物事に対する意欲や興味は人一番強かった。

 実際、寺の教えよりも退治や妖怪などそちらの方に適正があるのだろう。落ち着きの無さや仏教への興味の希薄さから、近頃は住職からほとんど見限られているところがある。

 本人も衣食住のために寺の手伝いをしている気構えでいるので、そう遠からず退治屋の道を歩むのかもしれなかった。

 

「神主さんにお話を伺って正解でした。とても参考になりました!」

「いやいや、構わんさ。お安い御用ってやつよ」

「あー……命之助、あまりその馬鹿をおだてすぎるんじゃないよ。神社から天狗が生まれたらたまったもんじゃない」

「ちょ、ちょっとミマ様~、それはひどいぞ~」

「ひどくなーい」

 

 子供のように野次を飛ばす神主に、ミマが耳を塞いでこれもまた子供っぽく突き返している。

 大きな子供だなという感想は静木だけでなく、ませた命之助も抱いているようだ。少なくともそんな顔をしているのを静木は見逃さなかった。

 

「……ふむ、しかし相変わらず充実した資料だね」

「お、そうだろう? この命之助がまとめたのだ。字も悪くない」

「あっ、ありがとうございます」

 

 静木は神社の前に並べられた資料の幾つかを手に取り、読み込んでゆく。

 そこに書かれている水辺の妖怪はあくまでも一部であろうが、こうしたファイルを積み重ねていけば妖怪を網羅することにもなるのかもしれない。

 “でも今この時代にコンプリートしたところでまた新しい種類が生まれるだろうから不毛さを感じちゃうんだよね”とかなんとか内心では考えていたが、静木としてはこの資料に非のつけようはないように感じる。

 

「良いね。蔵にあったのも君が?」

「は、はい! 代々受け継いだものもありますが!」

「ほう、素晴らしい。大事にしなよ。こういう地道なことは続けていくと良い。後で良かったと思える時がくる」

「ありがとうございます!」

 

 ほとんど見知らぬ相手とはいえ、ずっと年上であろう静木から褒められれば命之助としても舞い上がる思いだった。

 普段から坊主らしからぬことばかりして住職から怒られている分、歓びも数割増しだ。

 

「あーけど、あれだ。村の奥側に流れてる川は近づかないほうがいいかもね」

「? どうしてですか? 河童ならこの方法である程度……」

「いや、そうではなくてね。前に向こう岸で野盗が出たんだよ」

「外のですか」

「ああ、前にミマ様が言ってたやつだな?」

「そう」

 

 大宿直村は隔絶されてはいる。しかしそれも完全ではない。

 何も完璧に封鎖しているわけではないし、完全に交流を断ってしまっては村が滅びてしまう。

 村に移り住む者を受け入れてはいるが、当然良い人ばかりということはなく、悪い人間もまた一定数寄ってくるものだ。

 ましてこのような辺境の地、何かしら脛に傷をつけた輩が来ることは珍しくない。

 

「どうも別のところから追い立てられると、こっちの方に来ちまうようだね。悪気があってそうしてるんじゃないとは思うが……」

「地理的な問題ってことか。ミマ様、もう何度もそんな連中を見てるのか?」

 

 ミマは頷いた。

 

「誰も居ないだろうと思ってるのかもね。離れた所にある村落の方針なんだろうさ。罪人や……路傍に死体も打ち捨てられてたね」

「疱瘡か」

「ああ。連中、川に捨ててんのよ。気色悪いったらないわ」

 

 伝染病である疱瘡は、ほとんど不治の病として広まっている。

 ワクチンどころか細菌もウイルスの存在も認知されていないこの時代において、人々が取れる手段は病人や死体を遠ざけるか、陰陽に縋るのみだった。

 病の力を強める病魔妖怪を退治できるので幾分かは陰陽にも効果があるのだが、疱瘡そのものの殺傷力は妖怪が居らずとも劣っているわけではなく、猛威を振るい続けている。

 

 幸い、この閉鎖された村において疱瘡が確認されたのは何年か前のこと。

 今では病人も居らず、意識としては対岸の火事であった。

 

「病を恐れて山ぐらしを始めるような奇特な者が現れないとも限らんな。それがならず者なら、村を襲うこともあるやもしれん」

「こ、こわいですね……」

「ああ、妖怪だけでなく、人だって十分に恐ろしいさ。気をつけろよ、命之助」

 

 もちろん、大宿直村には手練が大勢集まっているので、多少のならず者であれば簡単に撃退できるだろう。

 しかし第一の犠牲者が子供であってほしくはない。そんな思いも込めて、神主は坊主の頭をワシワシと乱暴に撫でるのだった。

 

「……ふーむ、疱瘡。天然痘か。長らく病にかかったことがないから、どのくらい苦しいのやら」

 

 静木はなにやら疱瘡の苦しみについて想いを馳せているらしい。

 それに死病への恐れというものは一切無く、単純な興味を抱いているようだった。

 ミマは呆れた。

 

「そりゃあ、もちろん辛いだろうさ。できものが全身にできて、膿んで、腐り落ちるんだ。顔だってやられる。運良く助かっても痕は一生残る。もし嫁入り前の女がかかったら……考えたくもないわ。最悪の病魔だよ、疱瘡ってのは」

「うむ、それは大変だ」

「……なんというか、静木はいつも呑気だねえ。怖いものとかあるのかい、あんた」

 

 家の周囲に出るかもしれない妖怪も、巷で流行っている死病でさえも恐れない。

 老人故に達観しているのかもしれないが、それにしても肝が座りすぎているとミマには思えた。

 

「私が、怖いものか。うーん」

 

 鳥の仮面を傾かせて、静木がしばらく考え込む。

 

「まんじゅうと熱いお茶が怖い?」

「なんだそりゃ……」

 

 そしてネタは通じなかった。

 

 

 


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