東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 大宿直村の外れにある名もなき神社。

 祀られている神は定かでなく、来歴もはっきりしていない。

 神主もここに住み着いてから何度も掃除を兼ねた家探しをしているのだが、神社の建立に関して参考になる資料が出ることはなかった。

 柱にも梁にも職人による落書きはないし、そもそも建築様式からして一般的なものより逸脱している。

 また以前にミマが神宮を訪ね歩き調べたところによれば、大宿直村に神社が出来た記録はないという話も聞いている。おそらくは誰かが勝手にでっちあげた神社だろうとも。

 

「それにしては建物の出来が良すぎるのだよなぁ」

 

 隙間風ひとつ吹くことのない神社の本殿は、今では数多くの荷物が積み重なる倉庫でもあり、神主の寝床として使われていた。

 虫や雨風を防げることから半端な倉庫や蔵よりもずっと便利なので、神主はここで寝食を済ませていた。隅にはちょっとした手作業場もあるし、瞑想専用のこじんまりとした仕切り空間も完備されている。

 一見すると神社とは思えないほどに生活感の溢れる室内であった。

 

「神、ねぇ……」

 

 そのような存在は“まだ”この神社に宿っていない。

 不在は巫女たるミマのお墨付きでもある。なので神主もここを使うにあたって、罰当たりだとかそういった気兼ねは一切持っていなかった。

 

 しかし、本当に何もないのだろうか。と、彼は時々考えることがある。

 確かに神の気配はなく、神社として感知されておらず、勝手に建立されたものかもしれない。

 だがここを作り上げた者は必ず存在するのだし、神社という建築物を選んだからには何らかの“神”を想定しているのは間違いないのだ。

 

 ここの神は出ていったのか。

 そもそも勧請できなかったのか。

 あるいは自分が知らないだけで、存在するのだろうか……。

 

「考えても仕方ないか」

 

 そこまで頭を捻らせて、神主は瞑想を終えた。

 

「腹が減ると余計なことで悩んでしまうなぁ」

 

 普段ならば考え事は貯めすぎない内にミマなり何なりにぶちまけて、発散しているのだが。

 ミマが旅に出てからは時々明羅が様子を見に来る程度で、辺鄙な神社での暮らしはなかなか変わり映えせず退屈なものであった。

 無駄口を叩かない分だけ本業に集中できるのでこれはこれで捗る部分もあるのだが、話し好きな神主としてはそろそろ来客が恋しい心持ちである。

 

 

 

 妖怪退治の資料をまとめ、退治道具を整備し、あるいは作り。

 そうした黙々とした暮らしを五日ほど続けていたある日のことである。

 

「む」

 

 境内に踏み込んでくる静かな足音に、彼は顔を上げた。

 そこにいたのは青年のような美しさをもつ女侍、明羅であった。

 

「おーこれは、明羅殿」

「神主。おはよう」

「うむおはよう。お? わざわざ食料を持ってきてくれたのか。ありがたい」

「貴方に餓死されてはミマ様に申し訳がないのでな」

「はっはっは、死なんよ」

 

 明羅はミマからの頼みもあり、定期的に神社を訪れている。ミマがそれまでやっていたことの引き継ぎのようなものだった。

 こうでもしないと神主は寝食を忘れて作業に没頭してしまうので、いつの間にかげっそりとやせ細っていることなどがある。ミマは過保護だが、神主も神主で自分に無頓着な部分があるのは事実であった。

 

「また妖怪退治の道具か」

「うむ。力の強い札は作成に時間がかかるのでな。村を襲う妖怪は多い。備えはやれるうちにやっておかねば」

「……そうか」

 

 神主は念を込めた筆で一画ずつ丹念に描き込んでいる。

 集中を要する作業だ。すぐ近くで複雑な顔を浮かべる明羅は見えていないだろう。

 

「なあ明羅殿」

「ん、どうした神主」

「明羅殿はなぜミマ様に仕えているのだったか」

「主従に理由を問うのか。神主よ」

「……それもそうか」

 

 二人の会話は長く続かない。

 神主が話し好きであっても、明羅の方が距離を詰めさせてくれないのだ。

 というよりも神主に限らず、ミマ以外の村の者と一線を引いているというのが正しいだろうか。

 礼儀正しく物腰もしっかりしているだけに、おちゃらけた絡み方も難しい。

 間にミマが挟まっていなければ息の詰まる相手というのが、多くの人々の認識だろう。

 

「……神主。そこにある四角の……それは(すずり)か?」

 

 しかし今日は珍しく明羅の方から質問をしてくれた。

 普段は世間話もそこそこに食料を置いてさっさと踵を返してしまうので、珍しいことであった。

 

「ああ、これはな。少し前に静木が譲ってくれたものだ。石硯だが、これがなかなか使い心地が良くてな」

「……ほう、静木。あの老人が……石工だったのか」

「いや、木彫もやっているし彫金もやっているぞ。あの面を見ればわかるだろう? なかなかいい腕前だよ。村でも仕事を頼んでいる者が何人かいるらしい」

 

 村についてそれなりに詳しいと自負していた明羅だったが、それは初耳だった。

 彼女自身、静木という存在に対しては意識して耳を立てて過ごしてきたものだったのだが。

 

「とはいえ、子供たちの遊び道具をつくっている程度らしいんだがね」

「なんだ、子供の玩具か」

「すごいぞ。これがまた良く飛ぶ竹蜻蛉でなー。あのガキどもめ、わざわざここまできて自慢しやがるもんだから大変でな……」

 

 ブツブツと文句を言っているが、子供の遊び相手をするのも嫌ではないのだろう。

 それがあまりにもミマとそっくりの反応だったので、思わず明羅は笑ってしまった。

 

「なんだ、明羅殿が笑うなんて珍しい」

「……そうでもないさ」

 

 はっとした様子で、明羅は口元を袖に隠した。が、後の祭りである。

 

「そうか? そうかなぁ……いやぁ、珍しいと思うのだがなぁ」

「では、私はこれにて」

「あっ……行ってしまった。逃げられたか」

 

 ミマが不在でも、村の様子は特に大きく変わることはない。

 些細な変化といえば、静木が少しずつではあるが、村の人々の中に溶け込めてきたということくらいだろうか。

 

 いずれその緩やかな融和が、村に大きな変革を齎すことに繋がるのだが……それに気付けるものはまだ一人もいない。

 静木本人を含め。

 

 


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