東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「正直私自身、日本の神に対しあまり良い感情は持っていないんだがね」

 

 私はテーブルの上で手を組みつつ、神妙な声色で語りかける。

 

「日本に神社を建て、そこに祀ろうというのだ。名前だけでも日本風にするのは、ある意味当然というものだろう?」

「だろう? と私に言われてもな……」

 

 テーブルの向こう側にはサリエルが座り、長い銀髪をサラリと梳いている。

 

「立地は良いんだ。魔力は豊富だし、近辺では最もと言っても良いだろう。他の者による開発も疎らで、鍾乳洞には魔界の門も設置できそうだ。こちらは現在はまだ人の手によって封印されているから入れないけど、ゆくゆくはだね」

 

 私が日本で訪れたそこは、大宿直村(おおとのいむら)といった。

 山奥にある自然豊かな秘境である。隣の小さな集落へ行くにも山を超えねばならないし、規模としても国がまだ認識できていないくらいのものである。

 しかし土地としては肥沃で、魔力も潤沢。全く非の打ち所がない魔法使いのための里であると言えた。

 

 過言ではない。既にそこには魔法使いの姿もある。

 それになんと魔導書持ちだ。魔術系の五冊のうちの一冊というのもまたポイントが高い。

 “不蝕”などの不老措置こそ施してはいないが、力量は既にその域にまで到達していると見ていいだろう。彼女は他の人間にも魔法を教えているようだし、将来的には魔法使いの数を増やすことにも貢献してくれるかもしれない。

 

「……それで、私に何の用なのだ、ライオネルよ」

 

 そう。

 今大宿直村はなかなかに注目度が高い。そう何日も間を空けるのが惜しい程度には目まぐるしく動いている。

 

 なので私も、こうやって魔界のサリエルを訪ねてきたのだ。アポ無しで。

 

「先程も言ったけど、私は日本の神が好きではなくてね。まぁそういうのも月にいる連中だけで、地球上のはそうでもないんだけど」

「何が言いたいんだ……私も監視を疎かにはできんのだぞ、ライオネル。すまないが雑談は私が手下の者と変わるまで……」

「けど地球上の神に隔意がないといっても、ヤゴコロはまた別なわけでさ」

「ヤゴコロの話か」

 

 フィッシュ。相変わらず八意永琳のことになると食いつきの良いことで。

 

「監視の仕事は?」

「エリスに任せよう。今すぐに」

「そうか……」

 

 エリスも悪魔だし大概だけど、サリエルも彼女が絡むとなかなか自分本位になるな。

 まぁ仕事をしっかり継続させる当たり本懐を見失ってはいない。多分大丈夫だろう。

 

「仕事というのは日本の神にまつわる調査だ。八意永琳は知恵を司る神族だし、元々は一族の首魁に近かったのだから詳しいだろう」

「彼女に……聞くということだな」

「その通り」

 

 本当は手紙で受け答えしてもいいんだけどね。

 まぁせっかくだから。

 

「サリエル。直接ヤゴコロと会って、調査してきてもらいたい」

「……」

 

 サリエルは沈黙していた。

 葛藤……などの負の感情でないのはまぁ、なんとなくわかる。

 

「嫌なら別の人に頼むけど」

「いやいやいやまて、待つのだライオネル。私がいくぞ。私に任せるんだ」

 

 よし、それでこそサリエルだ。

 貴女の想いは時や期待を裏切らないね。

 

「し、しかしライオネルよ。会って私はどうすればいい? 何を話せばいいのか……急に言われても……」

「そこは調査なんだから私の頼んだことを優先してほしいな」

「そ、そうだな。それはそうだ。うむ……その調査、とは」

 

 半分席を立ちかけたサリエルがゆっくりと着席し、紅茶を口にした。

 

「上位の神の調査だ。最上位……というか、その一族の中で最も古いであろう神について調べてきてほしい」

「……古い、となると。神族のルーツとなる者についてか」

「サリエルでいうところのメタトロン……ではない。その更に上の存在だ」

「……なるほどな。それは確かに、ヤゴコロにでも聞かねばわからないだろうな」

 

 神族も様々な派閥に分かれており、そこにはもちろんながら、派閥を率いる・あるいは派閥の始祖となった神が存在する。

 いや。存在する“はず”と言うべきだろう。

 

 実のところ各派閥における“始祖”には謎が多く、ルーツを辿りきれないものが大半なのだという。

 メタトロンはサリエルら大天使を束ねる神族の最大派閥のひとつであり、紛れもなくその派閥らに知恵を授けた張本人なのだが……彼自身は己を“神の如き者”であるとしつつも、“真なる神”ではないと語っていたそうだ。

 それは他の派閥でも同じで、大多数の派閥においては最も古い神の記録が歯抜けであるか、それを名乗ることを良しとしない風潮が存在する。

 大抵は“真なる神”のための仮の名を置く程度で、その位置づけは人間たちが言うところの神、あるいは唯一神に近い扱いをされているのであった。

 

「ヤゴコロからその神の実態と、名前を聞いてきておくれ」

 

 私も日本にある宗教関連の資料を漁って大体の目星はつけているが、間違いがあってはいけない。

 

 アマノを日本に当てはめた場合、どのような名になるのか。

 それを調べ上げるのは、骨を祀る神社を建立するために欠かすことの出来ない作業であった。

 

「……良いだろう、私に任せてくれ。しかしヤゴコロは今……?」

「彼女なら日本にいる。まあ、隠れ住んではいるのだがね。見つけるのはそう難しくないだろう」

「わかった。……期間は」

「調査だし、結果を聞きたいからね。何年も世間話に花を咲かせるのは困る」

「……ああ、なるべく早く済ませるよ」

 

 いやいやそんな悲しそうな顔しなくても。

 それなりに会話する程度の時間はあげるから。

 

 


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