東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私は大宿直村へと戻ってきた。

 

 時刻は中天の手前。

 私が建てた手作り神社に居候している神主が外回りを始める頃合いを見計らっての帰郷だ。

 

 村を離れて少々時間が経っているので、本来であれば先に村長なりに挨拶のひとつでもしなければならないのだろう。

 しかし、挨拶の前に神社の様子を確認しておかないことにはどうも落ち着かない。

 ゆくゆくは村人たちに提言し、彼らの賛同を得てからすることではあるのだが……現状、神社が適切に保持されているかどうかを確認しないことにはちょっとね。

 短期間とはいえ、神主が神社を手荒に扱っていないとも限らないわけだから。

 

「さてと」

 

 神社は無人。見たところ細工はされていないようだ。

 といっても各所に妖怪除けの札のようなものは設置されており、防犯意識が薄いわけでもない。弱小妖怪などは境内に踏み込もうという気持ちさえ起きないのではないだろうか。

 

「人には無害。穢れや妖力に反応するタイプだな。……お、こっちはミマの使ってるやつか。よしよし……」

 

 さすがは専門家のごった煮、大宿直村である。

 こうして家屋を守るための工夫を見回してみても、様々な技術が散らばっている。

 縁の下、隅、柱、水回り。中でもやはりミマの施した術は良いものだね。我ながら美しい……やはり星魔法は便利だ……。

 

「おっといけない。点検作業に入らねば」

 

 ぼんやりしていると神主が戻ってきてしまう。

 こんな姿を見せてしまったら、いつの間にか帰ってきた奴が実は空き巣だったみたいな雰囲気になってしまうではないか。こんなつまらないことで築き上げた信用を壊したくはない。さっさと済ませよう。

 

「えー、封印弁……重線……切れてはないけどなんだこれ。ああ、こっちの魔除けに吸われてるのね……露出箇所多いのは失敗だったか。ふむふむ……」

 

 神社内部もそうだが、境内も大事だ。

 アマノの骨を安置するにあたって、変な呪いやら濁った信仰が漂っていては困る。

 神の、誰かの信仰のために動くなんてことはほとんど経験はなかったが、アマノとなれば手を抜くわけにはいかぬ。

 最初の内に徹底して環境を整備してやらねば。紅に胸を張って“これで大丈夫”と言ってやりたいからね。

 

 

 

「そこのお前」

「うん?」

 

 現在の日本で使われている建築資料を見ながら鳥居の調整をしていると、境内の外から声をかけられた。

 見知らぬ女の声である。

 

「おや?」

 

 彼女は神族であるようだった。

 鮮やかな長い金髪。橙の狩衣。そこに錦糸であしらわれた北斗七星。

 その清浄な神気から察するに、野良にいるような雑多な神族とは一線を画す存在なのだろう。こうして唐突に現れたことから、それなりに力もあるようだ。

 

「大宿直村の神様かな?」

「そう言うお前は神をも畏れぬ何者だ?」

 

 どうやら警戒されているらしい。

 女性の顔はにこやかであるものの、少しも笑っていないようだった。

 

「私の名は静木。この村で隠居している器用な老人だ」

「お前のような老人がいるものか。……まあ、良い。ここで何をしている?」

「軽い点検をね。そういう貴女こそ何者だ?」

「私は村の神のひとつ。名を隠岐奈(おきな)という。まあ、どこにでもいる隠居神だよ」

「そっちこそ、どこにでもいそうな神ではないと思うんだけどなぁ」

 

 こうして言葉を交わしていればわかるが、明らかにこの神の持つエネルギーは平凡なそれではない。

 仮にこの隠岐奈さんが国のそこらへんに居たとすれば、数日中に日本の他勢力は撲滅されることだろう。

 

「点検とは、どのようなことを? その蛻の神社のどこが気になるというのか」

 

 正直なところいつ神主が戻ってくるかわかったものではないので無視したかったのだが、隠岐奈さんは私のやっている仕事が気になるようだ。

 わりとフランクな性格なのかもしれない。尊大な口調はそのままだが、距離は仕事見学でもするかのように近づいていた。

 

「うむ、この神社が蛻の空なのはわかっているんだがね……近々、ここに神を勧請しようかと考えているんだ」

「……ほう? それは静木。お前の権限で為せることなのか」

「私の独断だけどね。やろうと思えばできるからやっているだけ。……ところで、私はあまり詳しくないのだが……こういった作業、神様としては見逃せないのかな?」

 

 聞いてみると、隠岐奈は緩やかに首を振った。

 

「いいや。ここは元々神のない場所だった。何者かが棲み着いていたわけでもない。神が勧請され居着くのであれば、止める道理はないだろう」

「そうか。引越し作業はお隣さんと揉め事になることもあるからなぁ……そう言ってもらえるとこちらも気が楽だよ」

 

 テリトリーとかショバ代とかそういったものはないらしい。

 揉め事にはならなそうで何よりである。まあ、元々この大宿直村に日本らしい神の勢力が無いことはわかっていたので、再確認をしたようなものなんだけども。

 

「貴女は以前からこの村に?」

「……お前は神を相手に少しも気後れすることがないのだな」

「理性的なら神でも妖怪でも良い話し相手だからね」

 

 この隠岐奈さんはその辺り物静かそうなので安心できる。

 ひょっとすると神族としての性質が関わっているのかもしれない。

 

「……この村が形を成し、すぐか……その頃、知り合いに誘われてな。だが、腰を据えているわけではない。今はまだ村の様相を見守っているだけに過ぎない」

「まあ魔力的にも集まった人々にしても珍しい傾向の村だからね。色々な神や妖怪がこの土地に注目しているようだし、気になるのはわかるよ」

「お前は気付いていたのか。この村が多くのものから視られていると」

「もちろん」

 

 遠巻きにではあるが、この村を見張っている人外は多い。

 そしてその多くが互いに牽制し合っているのか、集まった退治屋集団に恐れをなしているのか、明確に踏み込んではいない。

 変な状況だが、妖怪からしてみればここは一国の軍隊が集まる駐屯地と同じようなものなわけで。そりゃ気にもなるだろう。彼らがやる気を出して一塊になって遠征でもすれば、大抵の妖怪たちは一方的にやられることになるのだから。

 

「多種多様な退治屋が多くて、なかなか面白い村だと思っているよ。魔法使いがいるのも良い。ああ、実戦的な陰陽も嫌いではないけどね」

「……お前の目的もまた、観察というわけか」

「まあ、似たようなものかな。貴女も?」

「ふふ……それは、神だけが知っていれば良いこと」

 

 隠岐奈はミステリアスに微笑み、答えはしなかった。

 思わせぶりな神様だ。

 

「……そうだな、静木といったか。神は多くを語らないが、お前にはいくつか伝えておかねばならないことがある」

「ほう?」

 

 神様からのお告げか。ありがたいことだ。

 

「私は様々な権能や神格を取り纏める性質上、明確なひとつから意志を示すことはあまり多くはないのだが……ひとつの神として、忠告しておこう。静木。戻ってくるならば、そうと早めに伝えておけ。待つ側のことも考えろ」

 

 ウッ。なんか偉そうなことを大上段で言われるかと思いきや、普通に耳に痛いこと言ってきた。

 

「……はあ、よし。やっと言えたわ。以上だ、静木よ。忘れるでないぞ」

「善処します」

「……言えたはいいけど、こいつ反省するのかしらねー……」

 

 呆れたように笑う隠岐奈に見守られながら、私はしばらくの間、点検とちょっとした修繕作業に精を出すのだった。

 

 

 


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