東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 入り組んだ獣道を藪漕ぎしながら進んでゆくと、大宿直村へと続く拓けた道が見えてくる。

 見慣れたものは通る間際に幾つも見てきたが、こうして家々があるのを目にすると、帰ってきたのだという実感が湧いてくる。

 後ろを歩く玉緒(たまお)は過酷な山道に疲れ果てそれどころではないようだが、ミマにとって今回の帰郷は、いつも以上に感慨深いものだった。

 

 

 

 道中で出会い、助け、助けられ。短くも強い絆を紡いだミマと玉緒は、大宿直村までの旅を共にすることになった。

 この時代の感覚で言えば既に薹の立ったミマと、若々しい少女と呼べる玉緒。熟達した歩き巫女と、頭を頭巾で隠した奇妙な少女。

 そんな目立つ女二人組みの彼女たちは、人の社会においてはゆく先々でトラブルに見舞われることとなる。

 

 ミマ単身でさえ襲われることが常の旅路だったのだ。そこに髪を隠しているとはいえ、見目麗しい少女が加わっているともなれば、邪な男からすれば文字通り鴨葱に見えたに違いない。

 とはいえ、ミマの戦闘能力は何の力も持たない野盗連中に劣ることはない。その頻度が上がっても結果は同じだ。

 他人からの害意に疎い暮らしを送ってきた玉緒は襲撃の度に可愛そうなほど怯えていたが、ミマからすれば“またか”とため息混じりに片脚で叩き潰せる相手でしかない。

 面倒かつ見苦しい点を見逃せば、むしろ男どもの撃退によって得られる金銭などの臨時収入はそこそこ旨味があった。

 

 玉緒が加わったことによる良い変化は、道中、主に夜間の妖怪退治において顕著であった。

 男相手に怯える年相応の玉緒ではあったが、妖怪相手はというとこれがそうでもない。

 むしろ妖怪退治こそが自らの本分であるといった具合に、恐れることなく立ち向かうだけの胆力があったのだ。

 

 ――村の守護をしてましたから、少しなら……

 

 玉緒は気恥ずかしそうにしていたが、腕前は付け焼き刃でもない本物のそれであった。

 ミマは最初こそ玉緒に何もさせず、それこそ大事な荷物と同じように丁寧に村まで護送しようと考えていたのだが、戦力に数えられるとなれば遊ばせておく理由はない。

 ミマは夜ごと、荒削りだった玉緒の霊力技術を教え込むことにした。

 

 巫女の役目を担う者として鍛えられていたのか、玉緒は既に霊力を操る術を持っており、弱小妖怪であれば圧倒するだけの力がある。

 村で特別扱いされるだけのことはあり、天性の素質も十二分に感じられた。

 ミマは神主にも霊力や魔力を使った術を教え込んでいたが、玉緒の方は霊力においては神主以上の見込みがあるように思われた。半妖であるので妖術の方にも適性があるのではと思ったが、そちらの方は不思議とさっぱりであったが。

 

 玉緒は退治屋としては十分合格なスペックに達していると言える。

 しかも、道中常に大和撫子の如く慎ましやかに世話を焼いてくれるので、性格なども申し分ない。少しでも彼女にケチをつけようものなら罰が当たるに違いない。いや、お天道さまが下さずとも自分が天罰を下してやろうとミマが思う程度には、気立ての良い子であった。

 

 頭に角が生えていようと関係ない。ミマにとってそれは非常に些細なことだ。

 いや、きっと村の皆もそう言うに違いない。それがミマの大きな確信であり、小さな願いでもあった。

 

 

 

「さあ玉緒、ここが大宿直村……あたしたちの住処だよ」

「はあ、はあ……おおとのいむら……ついたんですか……」

「ああ、ついた。……大丈夫か?」

「大丈夫……じゃ、ないです……」

 

 玉緒は大きな古い切り株に腰を下ろし、ぐったりと寝転んだ。

 彼女の荷物は風呂敷に包んだ箱入りの大きな赤い球体だけ。それなりの重さのある荷物ではあったが、ミマが背負う二人分の日用品をまとめた大荷物と比べれば遥かに小さいと断じられるものだろう。

 荷物の差があっても尚、体力と持久力の違いは歴然としたものがある。歩き巫女の名は伊達ではないのだ。

 

「二日前に(報せ)は放ってあるから、みんな歓迎してくれるだろうさ。村についたら、ひとまず食事と水浴びといこう。どっちがいい?」

「寝たい……です……」

「馬鹿者。この村の寝床はあたしの屋敷なんだよ。汗まみれのまま汚してもらっちゃ困るね」

「あう……ミマ様、やめてください……」

「しゃきっとしな。歩け歩け、もうちょっとなんだから」

 

 ミマは横倒しになった玉緒の腹に足を差し込み、そのまま彼女をぐいっと持ち上げてみせた。健脚と霊力操作の技術が為せる力技である。

 強制的に立ち上がらされた玉緒は、再び残り少ない旅路と歩き始めることになった。

 

「……ミマ様、村は……私のような者でも、大丈夫なんですよね」

「んー? ああ……そうだな、大丈夫だよ」

「……こんな、角があるのに……」

 

 その問いかけも、これまでの道中で既に何度も繰り返したものだった。

 妖怪が暮らせる村。玉緒にとって、それはあまりにも現実離れした理想郷のように思われて仕方がなかったのである。こればかりはミマが何度言い聞かせても拭い去れない疑念であろう。半妖が巷でどのような扱いを受けているのかよく知っているミマにとって、過剰とも言える玉緒の問いかけを責めることはできなかった。

 

 また、そればかりではない。

 実際のところ、ミマにはまだ幾らかの不安があったのである。

 

「……角があるくらいなにさ。あんたみたいないい子が迫害されるようなら、このあたしが黙っちゃいないよ。そんな奴、こっちの方から根性叩き直してやるんだから」

 

 村の多くの人間は知っていることだ。

 大宿直村で暮らす住人は、決して純粋な人間ばかりではないことを。

 

 しかし、その真実を知らない者も……僅かにいる。

 そして数少ないその者達の中には、妖魔の類を病的なほど恨んでいる神主の存在があった。

 

 普段は明るく、剽軽で、だけど知的で……反面、妖怪や退治に関しては一切の妥協を見せない彼。

 ミマは彼のことを好ましく思っている。時々魔法を教える時も真面目に聞いてくれるし、お節介と言っても良いくらいにはお人好しだ。

 だが、時折顔を覗かせることのある彼の闇は、未だ底知れぬものがある。

 

 自分のものとは違う、別種の闇。

 それが玉緒と向き合った際にどう蠢くのか。……大丈夫だろうと自らに言い聞かせてはいるが、ミマには不安が拭いきれなかった。

 

 

 

「おかえりなさーい!」

「きゃあ!?」

 

 気がつくと、草むらに隠れていた村の小僧が飛び出し、まんまと玉緒を驚かしているところであった。

 玉緒はいっそ芸術的なまでに見事な尻餅をつき、行儀よく驚いている。

 

「あっはははは! 転んでやんの! ってあれ? 誰おまえー」

「なっ、なんですか!? なんなんですか!?」

 

 懸念はある。

 だが、平和な村に戻ってきたのだ。

 ミマは微笑むと、ひとまず暫くの間はその事実を噛みしめることにした。

 

 

 


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