歩き巫女のミマが村に戻ってきた。
事前に報せは受けていたが、何分娯楽の少ない村である。外からの
歓迎は村総出で速やかに行われた。やんちゃ盛りの子供さえも率先して宴の支度を手伝うのは、土産話を期待してのアピールもあるだろうが、ほとんどは気風が良い彼女を慕ってのものだろう。
玉緒はてきぱきと進められてゆく宴支度の様子を見て、ミマが思いの外偉い立場にある巫女なのではないかと思ったが、広場を慌ただしく行き交う人達が合間合間で玉緒に声をかけてくるうちに、それも少し違うのではないかと思い始めた。
「玉緒ちゃんね、いい名前だわ」
「あ、ありがとうございます……」
「お肉は食べられる? 外の人は口にしないこともあるそうだから」
「いえ、大丈夫……です……」
彼らは皆、玉緒を歓迎してくれているのだ。
刺激の少ない閉鎖的な隠れ里である。外から人がやってくることなどそうそう無い。
それも若い女性ともなれば極めて希少だ。美しく、淑やかで教養を感じさせる振る舞いも、まるでどこかのお姫様のようにも見えてくる。
簡単に言えば、庇護欲を掻き立てられる子供なのであった。
玉緒はひっきりなしに挨拶に訪れる人間たちに戸惑いながらも、懸念であった自分を害する存在がいないことに安堵していた。
もちろん、隠していない角を見て、そちらに視線がいくのは当然だ。誰もが角を見るし、それについて言及する者も多い。
だがそのどれもが差別的な言葉ではなかった。
「その角、ずいぶんと重そうだねぇ」
「は、はあ」
「寝る時、大丈夫かい? 狭いところを通るにも一苦労じゃあないのかい?」
「あ、ええと、その……はい、ちょっと……」
まるで世間話のような言葉ばかりであった。
とりとめのない会話である。
半妖であることをひた隠されてきた玉緒にとって、村人たちの和やかな反応は新鮮で、何より沢山の人と会話は生まれてはじめてのことだ。
混乱はある。受け答えもしどろもどろだ。
それでも、玉緒の心は満たされていた。
「新たなる住人を歓迎して」
音頭とともに、杯が掲げられる。
ミマが持ち帰った酒は各々に少量ずつ振る舞われ、玉緒の歓迎のために使い切られた。
「み、みなさま。よろしく……おねがいします」
「うむ、よろしく」
長老が皺だらけの顔で微笑み、玉緒の定住を喜んだ。
話はミマから聞いている。人柄、来歴、様々な面で彼女のお墨付きがある。村の守護者でもあるミマがそれだけ言うのであれば、村長としては何ら不服はない。
何より、村の状況からしてみれば……半妖など、ほとんど人間と同じ括りであるようなものなのだから。
宴には様々な食品が供された。
採れたての野菜、果物、そして肉。数日前から準備できたこともあって、彩りは極めて豊かであった。
元々が飢えることの少ない村であったので、めいめいが本気を出して支度をすれば食べきれないだけの恵みが揃うのである。海に面していないために魚は川魚のみであるが、玉緒にとって川魚は珍しいものだったのか、それはそれで興味津々に味わっていた。
「おお、これは都で流行っているという?」
「幅を取らないものだったからね。幾つか買ってきたのよ。雲雀さんとこへのお土産だ」
「ありがたい……おお、綺麗だなぁ」
ミマからの土産物も渡された。
ほぼ一人で背負っていたので大きなものは用意できなかったが、かさばらない端材や小物などは沢山用意されていた。
村人一人一人からリクエストを聞いた上で用意したものばかりである。外へ出る機会などほとんどない生活なので、小さな飾りひとつをとっても村人たちは大いに感動する。
特に感受性の豊かな子どもたちは都の玩具を受け取ると大はしゃぎで駆け出し、どこかへいってしまった。数日の間は玩具を陽に翳したり磨いたりして遊ぶのだろう。
「やあ、ミマ」
「おー……? 静木か。顔変わってるとわかりにくいわね」
「そう? 今日は久しぶりに仮面らしい仮面にしてみたんだけど」
「いや、もっと変な仮面をつけてる印象があったからさ」
「ええ……」
あらかた土産物を渡し終えた後、静木も挨拶にやってきた。
素性不明なこの老人はつい最近まで村を離れていたらしく、ミマが帰郷するちょっと前に戻ってきたのだとか。
話してみれば気さくな性格であろうことはわかるのだが、謎多き人物である。
「貴女が玉緒だね」
「は、はい」
翁の面を被った180cmの長身が、小さな玉緒を見下ろしている。
シワの一本一本に至るまで精巧に彫られた仮面のクオリティも相まって、静木の顔は静かな威圧感をまとっていた。
「なるほど、半妖にしては随分と術の扱いに慣れているようだ。村長も言っていたけど、退治屋としてやっていくにはなかなかの素質があるようだね」
「……ありがとう、ございます……?」
「うむ。物覚えも良さそうだ。……しかし、独自の環境で発展した術も大事なものだからね。この村には貴女を導くに足る者も多いだろうけど、自分が学んだものを捨て去ることはないのだ。もしも貴女が筆をとれるなら、自分独自の術について書き残しておくといい」
静木はそう言うと、包帯だらけの手で玉緒の頭を撫でた。
包帯越しに感じる手のひらは干物のように固く感じられた。
「……いつ見ても変なヤツ」
結局、静木はそれだけ言うとさっさと宴の席へと戻ってしまった。
食うでも飲むでもない。慎ましくそこに座り、時々牡丹鍋の管理をしているだけ。
静木が作る料理は不思議なくらい味が整っているので誰もが歓迎しているが、静木自身はほとんど宴を楽しんでいないので、ミマからすればそれは奇妙であった。
とはいえ害意らしいものは一切感じられないので、奇妙だからと何をするわけでもないのだから。
「……色々な人が、いますね」
「ん。どう? 玉緒。やっていけそう」
ご馳走を前に盛り上がる人々。
酒を飲み唄い、踊り、楽しそうに笑っている。
「……はい」
ここでなら、自分は。
あるいはここでこそ、自分は。
弱気な玉緒であっても、この決意に曖昧な頷きを返すことはなかった。
「うん。良い返事だ」
ミマも彼女の頭を撫で、はにかむ。
やはり自分の見立てに間違いはなかった。玉緒ならば村に馴染めるだろう。
しかし、どうしても無視できない懸念が残っているのも、また事実。
「……きっと大丈夫だよ。玉緒」
今この場には、神主の姿だけが見られない。
宴の間の警備のため、席を外しているという話であった。