東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 神主と玉緒の二人組が瘴気の森を歩いている。

 魔力を扱う心得のある者は瘴気に対する抵抗を持つが、限界はある。見回りも短時間で済まさなければならない。自然と足並みは早く、監視の目も表面を浚うのみに留められていた。

 

「この森には不可解な生き物や植物が多いが、それらに気を取られてはいかん。退治すべき優先度の高いものと、そうでないものがいる。今日はその辺りを重点的に覚えてもらうぞ」

「はいっ」

 

 神主も真面目だが、玉緒も真面目だ。

 普段であれば神主も茶化したり剽軽な態度を取るのだろうが、相手が相手で思うところもあり、緊張しているのだろう。しかしそれが幸いしてか、今回の同道は教習として見れば非常に上手くいっていた。

 

「あのキノコは無害だ。キノコの妖怪は種類も豊富だが、そのほとんどの害は低いと見てもいいだろう」

「あ、歩いてる……大丈夫なのですか?」

「いいや。無論、妖怪だからな。大丈夫ということはない。だがあれらを潰しても数は多いし、いざ有害な妖怪に出くわしたときに力が無いのでは話にならんだろう。断腸の思いだが、見逃すようにしている」

 

 神主は妖怪に対して厳しい姿勢を崩さないが、状況に応じた取捨選択はできる。

 人を妖怪の魔の手から守ることを考えた時、害になるものから始末するのは当然のことでもあった。

 

「動いているからといって端から攻撃したのでは、この森においていくら霊力があってもキリがない。あの動いている草だってそうだ。いちいち潰していたのでは時間の無駄なのだ」

 

 紫色の雑草が根っこを器用に動かし、森の中を彷徨っている。

 瘴気の森はこういった種類のものが特に多いのだ。神主も最初にここに来たときは大層狼狽えたものだが、今ではそこそこ慣れている。諦めともいうのだが。

 

「し、しかし……妖怪ばかりの森ですよね。大丈夫なのですか?」

「……実のところ、私にもわからん。どこまで間引き、捨て置けるのか。今でも正しい線引ができているとは思っていない」

 

 神主がちらりと、玉緒の表情を伺う。

 側頭部から角を伸ばした彼女の顔は、親にすがる少女のように不安げだった。

 対する神主は中年にさしかかっている。外見的な歳は親子ほども離れているように見えた。

 しかし、半妖が見た目通りの存在でないことは神主も弁えている。

 

「……あー、ときに。玉緒といったかな」

「は、はい」

「お前さんの歳は、いくつだったかな。話す機会もなかったのでな、訊いておきたかったのだ」

「はあ……私は、今年で二十になりますが」

「二十!」

 

 さすがの神主もそれには驚いた。十いくつしか無いように見える玉緒が、まさかそれほどまでとは思わなかったのだろう。

 半妖の若々しさは話には聞いていたが、面と向かってみるとなかなかに衝撃的だった。

 

「ほ、本当なのか? 子供かと……ううむ、そうは見えんな……」

「なっ……し、失礼ですね!? 私はちゃんと、二十歳です! 侮らないでいただけますか!」

「い、いや。侮ってはいないぞ。しかしミマ様と並んでいるのを見ると、そうは見えなくてな……」

「ミマ様は確かにご立派ですし、素晴らしいですけど……ですけど、私だってれっきとした巫女見習いです!」

 

 外見的な成長が遅いのは、玉緒にとって大きなコンプレックスのひとつだった。

 明らかに人間ではない角はもちろんコンプレックスの最たるものだが、それを乗り越えた先にあるのは成長の遅い身体である。長生き、若々しいと言えば聞こえはいいが、それは一定のところまで育ち切るまでの間は常に身体的に未熟であるということでもある。

 大宿直村の住民たちは確かに角について差別することはなかったが、その気安さの分、村の子どもたちは玉緒に対して同い年の子供にするような振る舞いを続けていた。

 

 つまりは子供。小さな子ども相手の悪戯だったり話し方だったりを続け、玉緒のプライドを大いにささくれさせていたのである。

 年下の子供らに侮られ続けるのは、玉緒とて我慢ならない。見た目に関するからかいは、彼女にとって最近のタブーだったのだ。

 

「す、すまん……」

「わ、わかっていただけたならば良いのですっ」

 

 少し大人気なかったかもしれない。会話を切り上げて、玉緒自身がそう思った。

 

「――とはいえ、言葉も大人げないところがあるようだが」

「なっ……!」

 

 そして間の悪いことに、神主も思ったことをつぶやいていた。

 不運だったのは、神主もまた玉緒に対して思うところがあったことだろう。

 歩み寄る自信の薄い相手が少し悪い側面を見せるだけでも、それは神主にとって負の判断材料になってしまうのだ。

 

「思ったことを言ったまでよ。巫女見習いとはいうが……それではまだまだ遠く、ミマ様には及ばんな」

「わ……わかっていますよ、そのようなことは! ですが将来、私はミマ様の片腕となるべく修行しているのです! 私は貴方よりもずっと優秀な霊力使いになってみせますよ!」

「なに……」

 

 自分よりも優秀な霊力使い。そう言われては、神主も心穏やかではない。

 退治屋としての技能でいえば、神主とミマでは僅差でミマに軍配が上がるだろう。それは神主が公正な目で客観視した結果でもある。

 しかしこと霊力に限っていえば、神主の実力はミマを凌いでいる。伊達に長年陰陽寮で力を培い、研鑽してきたものではない。少なからぬ矜持は今も彼の中に息づいていた。

 その神主の霊力を、越える。眼の前の半妖少女はそう言ってみせた。

 相手がただの子供であれば微笑ましいことだと受け流すこともできただろうが、玉緒は半妖だ。そうなると変に意識するところもあるせいか、神主は大真面目に身構えてしまうのだった。

 

「なれぬさ、お前さんなど。基礎をあと三十年は反復するのだな」

「な、何を見てそうおっしゃるのですっ。み……ミマ様は私のこと、私の才能を高く評価してくださっています。神主さんなど、すぐに追い抜けますからね」

「なにをぉ……?」

 

 普段は明るく剽軽な神主と、優しく穏やかな玉緒がにらみ合う。

 どちらも譲れぬものがあるためか、謝ろうという気配はない。

 

「……子供巫女」

「……偽神主」

「偽じゃない」

「うそですね。あの神社には神様がいないのでしょう? 知ってますよ。あと私は大人です」

「……」

 

 売り言葉に買い言葉。

 些細なきっかけから始まった言い争いは、時を経るごとにこじれるだけこじれてゆく。

 

 

 

「おう、ふたりともおかえり。森の警邏はどう……だい……?」

「べつに。此奴がいなければ早く終わっていたな」

「普通でした。ミマ様とご一緒したほうが良かったですね」

 

 それが森を出る頃にもなれば、修復困難なまでに関係が悪化していたのだった。

 

「……ど、どしたのさ。ふたりとも……」

 

 本当にどうしてこうなったのだろうか。

 ミマはつんけんする二人から事情を聞き出すことはできなかった。

 

 


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