ミマは土瓶を手に途方に暮れていた。
「酒で仲直りって言ってもなあ」
手には静木より渡された酒がある。
曰く“そこそこいい感じの日本酒”とのことであるが、日本酒と言われてもミマにはピンとこない。
試しに匂いでも嗅いでみようかと蓋を取ってやろうとしたが、思いの外しっかりと嵌められたコルクやら紙で覆って紐できつく縛っていたりと厳重そうだったので、面倒になってやめた。
どのみち、この量では四人分には満たないだろう。味見する余裕はほとんど無い。かといって、静木から渡された胡散臭い酒をそのまま毒味せずにとも言うのも気味が悪かった。
そして疑問は残る。
神主と玉緒がともに酒を酌み交わしたとして、果たして本当に仲直りするのだろうか。
……美味いもの食べて機嫌が直る。それこそ子供扱いというやつではないだろうか。
「いやだなぁ」
なんとなく、あの二人の神経を逆なでしそうだなとミマは予感した。
とはいえ、子供みたいな喧嘩を長々と続けているのもまた事実である。
「折を見て渡せると良いんだけどねぇ……」
少なくとも適当に振る舞ったのでは意味がないだろう。
酒を振る舞うに自然なタイミングを見計らわなくてはならない。その面倒な役回りはミマが背負っている。
「妖怪が出たぞー!」
ふと、遠くから男の声が聞こえてきた。
「やれやれ。酒をどうこうしてる場合じゃなさそうだね」
大宿直村に妖怪が出没するのは日常茶飯事だ。
誰かが妖怪などを発見した際には大声を出すか、小さな鐘のようなものを打ち鳴らして村中に伝えることになっている。
誰が誰に伝えるか。どこへ集まるか。そういった動きは前もって綿密に構築されており、機能不全を起こすことは滅多にない。
ミマが村の集会場に集まった時には、既に主要な退治屋メンバーが顔を連ねていた。
玉緒はミマが入ってくるのに気がつくと顔をぱっと明るくし、控えめに手を振る。
そのふたつ隣の神主も声には出さずとも、手をあげて同じような挨拶をしてみせた。
言葉は慎まれている。今は、村長の言葉に耳を傾ける時であった。
「明るい内に集めてすまない。早速だが、妖怪が現れた旨、速やかに共有しておかねばならん」
「俺はもう既に聞いちゃいるが、まだの者も居ろう。説明を頼んますぜ」
村長は頷き、髭を掻いた。
「
「鉄鼠……?」
唸り声の中で、一人玉緒だけが首を傾げる。
「鉄鼠というのは、鼠妖怪の総称だ。動物から変じたものもいれば、怨念を纏った呪物としてのものもいる」
「……左様ですか」
疑問にいち早く答えたのは神主だ。
嫌味っぽい喋り方はしていなかったが、玉緒は補足された相手が不満だったのだろう。短い時間で既に不仲そうな気配が漂っている。
ミマは風呂敷に包んだ土瓶を無駄に重く感じた。
「鉄鼠は栗林の近くを歩いていた彼が偶然発見した」
「猪じゃねえ。ありゃ間違いなくでかい鼠だった。長い栗の木を齧って、半分くらいのとこからへし折ろうとしてたんだ……恐ろしかった……」
「熊と見間違えたのではないか?」
「あんな長い尻尾、他の動物にはついてないぜ。それに……一匹だけじゃなく、三匹もいたんだ。熊はあんな群れ方はしねえ。見たことねえよ」
証言をまとめると、鉄鼠らしき妖怪のサイズは二メートル近い。それが三匹。
今はまだ栗林にいるらしいが、いつ村の中へと踏み込んでくるかはわからない。
「まだどんな妖怪かははっきりしないけど、何にせよ鼠は増えるからねえ……逃げる前に仕留めたいところだわ」
ミマは鼠妖怪と闘ったことが何度もある。
そのほとんどは野ネズミから変じた下級妖怪だったが、中には人の呪詛や怨念によって生まれる鉄鼠も存在する。そちらは少し厄介だ。
「ミマ様。怨念を纏った鉄鼠であれば狩人にはちと危険ではないか」
「ああね。ものによっちゃ弓は効かないからねえ……」
「ふむ。すると、今回は奥に控えているべきか」
九右衛門は弓の名手だが、時折こういった相性の悪さにかち合うこともある。
矢で射って強引に仕留めることも不可能ではないのだが、わざわざ自分から危険な狩りにする必要はない。効率を優先すべきであると、九右衛門は身を引いた。
「うむ、なれば退治屋中心に動いてもらうとしよう。しかし取り逃がすことは避けたいからな、少数でとはいかん。ミマ、神主、それと……玉緒。お前たちが中心になって動き、栗林を包囲しろ。鉄鼠を抑えたら、仕留めてくれ」
村長からの指名だ。
玉緒は今までも何度か妖怪退治に駆り出されることはあったが、中心人物として扱われるのは初めてだった。当然、目をぱちくりするほど驚いている。
「いけるか? 玉緒よ」
「は、はいっ! お任せくださいっ!」
「頼りない返事だのう。本当に大丈夫かあ?」
「なっ……平気です! 神主様はご心配なく!」
玉緒にとっての大舞台。今は緊張すべき一時なのだが、どうも神主と一緒だと“こう”なってしまうらしい。
ミマは思わず額を抑えた。
「前のように情けをかけては、食い殺されるだろうなあ。本当に大丈夫か?」
「平気です。それに、前は躊躇したわけではありませんっ。手元が狂わないようにしていただけ! 神主さんだって、前の時は結界の張り方が……」
とはいえ、神主のおかげで普段通りを出せているとも言えるだろうか。
そう考えれば、実戦に赴く玉緒にとってのプラスにはなるかもしれない。
ミマは極力前向きな思考を意識して、出立の準備を整えるのだった。