東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 悪霊討伐に特化した退治屋たちが栗林を進んでゆく。

 道中にはピリピリとした空気が漂っており、遠くから様子見をするような湿っぽい視線が一行に注がれていた。

 討伐隊はそれに気付いている。だが、おそらく視線の主は鉄鼠に恐れをなして距離を置いた妖怪たちであろう。

 遠巻きに伺う気配に殺気は無く、ただ弱小妖怪らしい怯えだけが伝わってくるばかりであった。

 

「張り詰めているな……」

 

 まだ鉄鼠のいる場所までたどり着けてはいない。

 それでも鉄鼠の出現による雰囲気の変化が、森の怯えが、これから立ち向かう相手の強大さを物語っていた。

 手強い妖怪を退治する前には必ずと言っていいほど感じる空気に、神主の気が引き締まってゆく。

 

「おそらくこっちです。ミマ様、こちらから瘴気を感じます」

「瘴気……毒かい。鉄鼠とは違う……?」

 

 明羅とミマが歩みを止めた。

 違和感を感じ取ったのは明羅の方であった。それは一見して鉄鼠とは結びつかないものだったが、普段とは大きく異なる気配である。勘案しないわけにはいかない。

 

「鉄鼠と同じかは……わかりません。しかし他の妖怪によるものだとしても、無視はし難い規模です」

「……」

 

 遠くから瘴気を、あるいは魔力を放つ存在。それだけで種族を同定することは難しいが、相手が強力である可能性は高い。

 群れた鉄鼠を囲んで叩くだけならば退治屋を広範囲に展開させて狭めてゆく陣形は有効だったが、もし森の中に他の強力な妖怪がいるとすれば危険だ。

 退治屋を名乗っているとはいえ、人間だ。誰もが一対一で妖怪と戦えるわけではない。

 ミマや神主のように突出して秀でた個人であればともかく、普通は誰かが足止めして、誰かが攻撃を防いで、誰かが傷を与えるなど、それぞれが役目を分担するのが常道だ。

 力の弱い退治人がばらけて、それを正体不明の強力な妖怪に狙われたら。

 それはあまりにも大きすぎるリスクのように思われた。

 

「神主、陣形を再編しよう」

「ふむ。ミマ様の指示なら従おう。で、どのように?」

「あたしと明羅で右から。神主と玉緒で左から進んで欲しい。他の退治人は中央を固めて、押し込んでいってほしい」

 

 ミマの提案は基本的な形は変えないものの、主戦力を左右に振り分ける変更であった。

 これならば左右のどちらか極端な場所で強力な妖怪と遭遇してもなんとかなるし、中央も人数の多さでカバーできるだろう。

 敵対する相手が二種類いたとしても対応できるフォーメーションと言えた。

 

 陣形そのものは狭くなったが、半妖である明羅と玉緒ならば妖怪の察知能力はそこそこ高い。両サイドの外側に敵が外れていったとしても、知覚できるチャンスはある。

 

「神主、玉緒、いいね。喧嘩してる場合じゃないよ」

「……はい」

「もちろんだとも」

「わかってる? ……信じたよ。じゃ、中央は清丸がまとめてくれ。お願いね」

「はいよ。お前ら、ミマ様のお言葉だ。ど真ん中から抜かれたら大恥だぞ、気合い入れろ」

 

 こうして陣形は再編され、一行はキナ臭い気配の強まる方へと進んでいった。

 

 

 

 

 集団と別れ、二人一組となったミマと明羅。

 

 美しい侍と麗しい巫女の二人組は、今回の退治屋の中でも最も練度が高いと言って間違いはないだろう。

 陰陽術と魔術の両方を修めるミマは当然のこと、その相方である明羅もまた類稀なる剣の使い手だった。

 切れ味の落ちることのない妖刀は実体の薄い相手すら切り裂くことができ、戦う相手を選ばない。仮に刀ではやりづらい相手だったとしても、明羅はミマほどではないにせよ魔弾を扱うこともできる。

 もう何年もの間、二人は共に大宿直村の治安を守り続けてきた。お互いのできることやできないことは把握しているし、連携に不安は一切無い。

 

 真っ先に異変を感じ取ったのは、そんな二人のチームであった。

 

「ミマ様、気配が」

「ああ、いるね。動物らしい真っ直ぐな気配だ」

 

 二人は森を進んでゆくその先に待ち構える気配に、お互いの武器を抜いた。

 明羅は白銀に煌めく刀を。ミマはよく清められた大幣を。

 

「来ます――!」

 

 駆ける二人が鬱蒼と茂る林を抜けた。

 

「いた」

 

 二人が見たのは、小さな沼地で汚水を啜る巨大な鼠。

 全身からヒト由来の怨念を迸らせる、紛うことなき鉄鼠である。

 その数、二匹。

 

 鉄鼠は背後から現れた二人の侵入者に機敏に反応した。

 もう何メートルも前から気配だけならば感じ取っていたのかもしれない。

 全身の毛を逆立たせ、目を赤く光らせ、動物のそれとは比べ物にならない邪悪な表情を向け、二人を威嚇している。

 

 だがミマも明羅も歴戦の退治屋だ。

 常人ならば気を失うほどの凄みを発する妖怪の威嚇に表情ひとつ変えることもなく、既に攻撃の手を整えていた。

 

「“星の槍”!」

「グゲッ」

 

 星の無い環境下であっても、発動はできる。雲の無い夜間と比べて何割も減衰する魔法ではあったが、鍛錬を欠かさないミマであれば妖怪鼠の腕を一本消し飛ばすことは難しくなかった。

 

「“一閃”」

「キィッ!?」

 

 同じく目にも留まらぬ速さで飛び込んだ明羅が、もう一体の鼠の足を跳ね飛ばした。

 

 初撃は二人共成功。鉄鼠は意表を突かれたわけでもなかったはずだが、反応すらできていなかった。

 

「退避」

「もちろんですッ」

 

 が、反撃はすぐさまやってくる。

 鉄鼠が身に纏った禍々しい黒いオーラが蠢き、二人へと襲いかかってきたのである。

 ミマはそれをふわりと避け、明羅もまた大きく距離を取った。

 

「怨念型の鉄鼠はこれが厄介よね」

「ええ、やつらの意志とは別に動く負の力……あれは厄介です。とはいえ、わかっていれば難しくもないのですが」

 

 呪いを身に纏った鉄鼠は、本体の凶暴性よりもその呪いの方に力がある。

 かつてはその呪力によって衰退した王朝があるほどだ。もちろん個体差はあるだろうが、人間や妖怪一人を蝕んで殺す程度はわけない力をもっているだろう。

 

「それより明羅。数が足りないんだけど」

「ええ、一匹いませんね。それに……」

 

 二人は沼を背にした二体の鉄鼠を見て、警戒をより強めた。

 鉄鼠そのものは恐ろしくはない。連中の扱う呪いもまた、わかっていれば相応のものでしかない。

 しかし。

 

「こいつらが既に手負いってのは……嫌な予感しかしないわよね」

 

 ミマと明羅がそれぞれ腕と足を損傷させた。

 与えたダメージはそれが最初で、それだけのはずだ。

 だというのに、ミマの眼の前にいる二体の鉄鼠には、既にいくつもの深い裂傷や噛み跡などが刻まれていたのだった。

 

 

 


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