「……これは……どういうことだ?」
森を進軍する討伐部隊。その中央を成す退治屋たち。
慎重に森を進む彼らは、鬱蒼と茂る暗い森の中に、打ち捨てられた不可解なものを見つけた。
それは妖怪の死体。
胴を真っ二つに引き裂かれて絶命した、鉄鼠らしき妖怪の変わり果てた姿である。
「……動いていない」
「いや、動くわけがない。妖怪とはいえ、ああなっては……」
「周囲を警戒しろ。結界を張れ。三方陣」
「三方陣だ。御坊、久。連携していくぞ」
「おう」
念のために結界を張り、万全を期した状態を整えてから見聞に入る。
妖怪による罠の可能性も捨てきれないからだ。
しかし、その警戒も杞憂に終わる。
光のない目をもつ死体だ。結論が出るのにそう時間はかからない。
「なぜ死んでいる……? しかもこれは……」
「ああ、胴体が……まるで剣か何かで斬ったかのようだ」
「明羅様だろうか? 既に討伐を終えたのでは」
「いや、ここは場所が離れすぎている。争ったような気配もしなかった。それに……」
死体を見聞していた男が鉄鼠の毛皮に手を触れる。
「
「……人間業じゃあねえぞ。何者だ?」
「わからん。だが……この鉄鼠を一撃で葬れるやつが、そう遠い場所にいないのは確かだ……」
残された死体。不吉な予感。
鉄鼠は見る影もなかったが、それとは別に存在するであろう影。
討伐隊は見えざる恐怖に、大きく動くことはできなかった。
だが、彼らの臆病や慎重さは、結果的に正しかったと言える。
森に潜む脅威を前に、彼らではあまりにも無力であっただろうから。
ミマと明羅が二体の鉄鼠と闘い。
中央の討伐隊が一体の鉄鼠の死体を見つけた。
「……神主さん」
「ああ、わかっている」
そして、神主と玉緒の二人組は。
「あれは、鉄鼠ではないな」
森の奥、宙に浮かび上がる“大きな黒い球体”を見上げていた。
「鉄鼠よりも遥かに、恐ろしいものだ……!」
闇が蠢き、裂ける。
内側から仄暗い赤い輝きを漏らしながら割れるその姿は、まるで大きく実った
しかし中から現れたのは種子ではない。
「美味しくないなぁ」
人。いいや。見た目だけ少女の姿を象った、妖怪だ。
「生きてる鼠も不味かったけれど、死んでる鼠も変わらないわね。前に聞いた通り、ちゃんと血抜きもやってみたんだけど……」
日本ではまず見られない金髪。
人ならざるものを示す赤い瞳。
夜のように深い黒の衣服。
幻想的な装いの可憐な少女は、その手に大きな獣の足を持っていた。
鼠の足。
それが鉄鼠のものであろうことは、神主も玉緒も薄々感づいている。
「玉緒、私の後ろに隠れなさい。これは……いつもの妖怪とは根本的に違う」
「……足は引っ張りません。ですが可能な限り、後ろから支援します」
自然と汗が吹き出てくる。
本能的な恐怖に足が震える。
場数を踏んできたからこそ理解できる相手の強大さに、神主でさえも手の震えを完全には抑えきれなかった。
「慣れないものを食べるのは、やっぱり駄目ね。犬も鳥も鼈も、みんな酷い味だったもの」
鼠の足が地面に放り投げられる。
血に転がって土に塗れたそれには、鋭い歯型や噛み跡が残されていた。
喰っていたのだ。
妖怪が、同じ妖怪を。
「そろそろ口直しをしたかったんだ。二人に会えて、嬉しいな」
妖怪は可憐に笑う。口元についた血の跡さえなければ、見惚れそうになるほどの笑みだった。
「ねえ、あなた達……名前はなんていうの?」
二人は答えない。
神主も玉緒も、己の手中に忍ばせた札に力を充填するのに全力を尽くしていた。
「私はルーミアって呼ばれてたわ。ねえ、名前を教えてほしいな。それともこの国は、礼儀がなっていないのかな?」
「……神主」
「玉緒……です」
「へえ。カンヌシ。それとタマオ。いい名前じゃない。素敵素敵」
「!」
ルーミアが呑気に手を叩く。
それは札を投げ放つ絶好の隙だ。神主はそれを見逃さなかった。
瞬時に身構え、札を放つ。
霊力を乗せた神速の霊撃符が、まっすぐルーミアへと襲いかかる。
「――次は“カンヌシとタマオの踊り食い”にしてみようかなぁ?」
だが札は、届く前に切り捨てられていた。
ルーミアが一瞬のうちに振り抜いた“闇の剣”によって。
「玉緒、退がれッ!」
「じゃあまずは、血抜きからねッ!」
怒声と嬌笑が響き渡り、闇が凝縮された魔剣が振るわれる。
その一撃は、森の木々を数本砕け散らせるのに十分な威力があった。