東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「……これは……どういうことだ?」

 

 森を進軍する討伐部隊。その中央を成す退治屋たち。

 慎重に森を進む彼らは、鬱蒼と茂る暗い森の中に、打ち捨てられた不可解なものを見つけた。

 

 それは妖怪の死体。

 胴を真っ二つに引き裂かれて絶命した、鉄鼠らしき妖怪の変わり果てた姿である。

 

「……動いていない」

「いや、動くわけがない。妖怪とはいえ、ああなっては……」

「周囲を警戒しろ。結界を張れ。三方陣」

「三方陣だ。御坊、久。連携していくぞ」

「おう」

 

 念のために結界を張り、万全を期した状態を整えてから見聞に入る。

 妖怪による罠の可能性も捨てきれないからだ。

 

 しかし、その警戒も杞憂に終わる。

 光のない目をもつ死体だ。結論が出るのにそう時間はかからない。

 

「なぜ死んでいる……? しかもこれは……」

「ああ、胴体が……まるで剣か何かで斬ったかのようだ」

「明羅様だろうか? 既に討伐を終えたのでは」

「いや、ここは場所が離れすぎている。争ったような気配もしなかった。それに……」

 

 死体を見聞していた男が鉄鼠の毛皮に手を触れる。

 

(ぬる)い。血も古い。こいつはついさっき死んだものではない。もっと、四半刻か……それよりも前か……」

「……人間業じゃあねえぞ。何者だ?」

「わからん。だが……この鉄鼠を一撃で葬れるやつが、そう遠い場所にいないのは確かだ……」

 

 残された死体。不吉な予感。

 鉄鼠は見る影もなかったが、それとは別に存在するであろう影。

 討伐隊は見えざる恐怖に、大きく動くことはできなかった。

 

 だが、彼らの臆病や慎重さは、結果的に正しかったと言える。

 森に潜む脅威を前に、彼らではあまりにも無力であっただろうから。

 

 

 

 ミマと明羅が二体の鉄鼠と闘い。

 中央の討伐隊が一体の鉄鼠の死体を見つけた。

 

「……神主さん」

「ああ、わかっている」

 

 そして、神主と玉緒の二人組は。

 

「あれは、鉄鼠ではないな」

 

 森の奥、宙に浮かび上がる“大きな黒い球体”を見上げていた。

 

「鉄鼠よりも遥かに、恐ろしいものだ……!」

 

 闇が蠢き、裂ける。

 内側から仄暗い赤い輝きを漏らししながら割れるその姿は、まるで大きく実った鬼灯(ほおずき)のよう。

 しかし中から現れたのは種子ではない。

 

「美味しくないなぁ」

 

 人。いいや。見た目だけ少女の姿を象った、妖怪だ。

 

「生きてる鼠も不味かったけれど、死んでる鼠も変わらないわね。前に聞いた通り、ちゃんと血抜きもやってみたんだけど……」

 

 日本ではまず見られない金髪。

 人ならざるものを示す赤い瞳。

 夜のように深い黒の衣服。

 

 幻想的な装いの可憐な少女は、その手に大きな獣の足を持っていた。

 

 鼠の足。

 それが鉄鼠のものであろうことは、神主も玉緒も薄々感づいている。

 

「玉緒、私の後ろに隠れなさい。これは……いつもの妖怪とは根本的に違う」

「……足は引っ張りません。ですが可能な限り、後ろから支援します」

 

 自然と汗が吹き出てくる。

 本能的な恐怖に足が震える。

 場数を踏んできたからこそ理解できる相手の強大さに、神主でさえも手の震えを完全には抑えきれなかった。

 

「慣れないものを食べるのは、やっぱり駄目ね。犬も鳥も鼈も、みんな酷い味だったもの」

 

 鼠の足が地面に放り投げられる。

 血に転がって土に塗れたそれには、鋭い歯型や噛み跡が残されていた。

 

 喰っていたのだ。

 妖怪が、同じ妖怪を。

 

「そろそろ口直しをしたかったんだ。二人に会えて、嬉しいな」

 

 妖怪は可憐に笑う。口元についた血の跡さえなければ、見惚れそうになるほどの笑みだった。

 

「ねえ、あなた達……名前はなんていうの?」

 

 二人は答えない。

 神主も玉緒も、己の手中に忍ばせた札に力を充填するのに全力を尽くしていた。

 

「私はルーミアって呼ばれてたわ。ねえ、名前を教えてほしいな。それともこの国は、礼儀がなっていないのかな?」

「……神主」

「玉緒……です」

「へえ。カンヌシ。それとタマオ。いい名前じゃない。素敵素敵」

「!」

 

 ルーミアが呑気に手を叩く。

 それは札を投げ放つ絶好の隙だ。神主はそれを見逃さなかった。

 

 瞬時に身構え、札を放つ。

 霊力を乗せた神速の霊撃符が、まっすぐルーミアへと襲いかかる。

 

「――次は“カンヌシとタマオの踊り食い”にしてみようかなぁ?」

 

 だが札は、届く前に切り捨てられていた。

 ルーミアが一瞬のうちに振り抜いた“闇の剣”によって。

 

「玉緒、退がれッ!」

「じゃあまずは、血抜きからねッ!」

 

 怒声と嬌笑が響き渡り、闇が凝縮された魔剣が振るわれる。

 

 その一撃は、森の木々を数本砕け散らせるのに十分な威力があった。

 

 


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