東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 赤黒い闇が鋭利な刃を成し、森を削る。

 瑞々しい樹木は尋常ならざる力によって瞬く間に乾き、砕け散る。それはまるで生命そのものに対する斬撃のようであった。

 

 刃が通った後に残るのは荒廃のみ。

 たった数秒の攻防で、森の中には広い空き地が形成された。

 

「へー……結構上手なんだ」

 

 赤黒い闇の剣を振るう手をぴたりと止め、ルーミアが口元を歪ませる。

 

「すごいねぇ。今までの奴らとは違って、ちゃんと防御できるし回避できる。あなた、技術があるよ。人間なのに素晴らしいわ」

「……どうも」

 

 神主の息は荒い。

 霊力を用いた浮遊、空中機動、そして結界による斬撃逸らし。

 自身の様々な力を総動員してようやく、ルーミアの猛攻から生き延びることが叶ったのだ。

 

 本来、その間に反撃を織り交ぜるべきだった。

 だがそれができない。神主をして、付け入る隙がなかった。それほど密度の高い攻撃を、このルーミアと名乗る人形妖怪は挨拶代わりに繰り出してみせた。

 

 種としての基本性能が違う。出力が違う。

 久方ぶりに頬に感じる冷や汗の不快感を拭うことも許されない。

 手の中に収められた壊れかけの霊撃札が、じんわりと染み出した汗を吸う。

 

「“星陣結界・明”」

「あら?」

 

 闘いの狭間。意識の隙。神主は相手が人間であれ妖怪であれ、そのような虚を突くのが極めて上手かった。

 彼はルーミアが咄嗟に動き出すこともできぬ間に、自らの周囲に結界を張り巡らせることに成功した。

 

 それは星の魔力を併用した魔法と霊術の融合技。

 ミマとの修行で培った、紛れもなく彼自身が生み出した術である。

 

 土の上に描かれた巨大な八芒星は神主を中心に玉緒をも内部に取り込み、昼間でもわかるほどに淡く輝いていた。

 ルーミアは光量を増した地面を前に眩しそうに目を細めるが、それだけ。

 

「これでおしまい?」

 

 結界がルーミアを巻き込むわけではない。ただ、防御一辺倒の結界であった。

 通常戦闘用の結界といえば相手を閉じ込め封印するなり力を弱体化させるものだが、そのようなことは一切ない。ルーミアからすれば虚を突かれたわりに肩透かしを食らった気分である。

 

 半分ほど楽しんでいただけに、落胆も大きい。

 ルーミアはゆらりと闇色の剣を横に構えた。

 

「なんだ。もっと凄いと思ったのに。残念」

 

 言葉を言い終えると共に、その一瞬。

 人間が知覚することもできないほどの速さで、闇の剣が振り抜かれた。

 凄まじい妖力が凝縮された魔剣は当然、結界を一撃で砕いてみせた。

 

「――あれ?」

 

 だが、多重結界のうちの二つを破壊するのが精一杯。

 それだけで闇の剣は妖力をバラバラに砕け散り、振り抜く頃には完全に霧散していた。

 

「強き種の定めよな」

 

 致命的な隙。既に神主は次の術を練り上げている。

 

「強すぎるがゆえに、無防備にならずにはいられない」

「しまっ――」

「“封魔結界”」

 

 身を守るために展開していた八芒星が形を変え、六芒星となって今度は相手を包み込む。

 

「ぐわぁ!?」

 

 輝く地面が霊気を発し、結界内に存在する黒い妖気を弾き出す。

 妖怪にとって力の源を次々にこそぎ落とされてゆくに等しい空間だ。ルーミアに力はあったが、無傷ではいられない。

 

「――なーんて……」

「“醒結界・薄”!」

「ぐッ!?」

 

 ルーミアは抜け出すことはできた。余裕があったのだ。

 ありていに言って、遊んでいたのである。

 だから相手を驚かそうと、恐怖に陥れてやろうとあえて食らった振りを長くしていた。それが仇となる。

 

「こ、これはッ……!」

「効いている。やはり光か」

 

 神主はルーミアを結界に閉じ込めるとすぐさま次の術を発動し、封印をより強めていた。

 相手は強大にして同じくらいの尊大さを持っている。ならばこそ、付け入る隙を見せるだろう。予想は的中した。

 

「玉緒、こやつは光に弱い! 闇払いを構えろ!」

「はい!」

 

 元より神主に油断はない。妖怪相手への慈悲もない。そして、相手と語らう趣向も持ち合わせていなかった。

 彼は妖怪を退治する際に無駄口を叩くことはない。口を開くことがあるとすればそれは必要な時、必要なことだけ。

 神主にとっての妖怪との闘いに、“雅”などは欠片も必要とはしていなかった。

 

「おまえェ……あまりいい気になってるんじゃないぞ……」

 

 無駄に怯えない。命乞いしない。交渉しない。遊びがない。淡々と退治だけを考える。それは人間の感情を餌にする妖怪にとって、最も気に障る存在だった。

 ルーミアは強化されより悪辣な封印性能を発揮する結界の中で、純粋な殺意を高めていた。

 無傷ではない。当然ながら痛みはある。ルーミアは闇の妖怪であり、清浄な光を弱点とする。神主の展開した結界は最大の弱点であった。

 

 それでも彼女は個としての莫大な妖力によって生きながらえていた。だがそれは痛みが軽いことを意味しない。耐えられるだけであり、現状はルーミアにとって拷問に等しいものだった。

 

 妖怪は時に怒りによって力を増す。

 

「もういい、わかった。遊びはやめよう」

 

 ルーミアから闇が噴き出す。

 名状しがたい、いうなれば純粋な闇そのものであろう煙は、瞬く間に光の結界内を黒に染め上げた。

 結界内の空間に闇が充満し、ルーミアの姿が見えなくなる。

 

 玉緒は視覚から消えた敵に焦るが、神主は未だ結界内にいることを確信しているため、慌てることはない。

 結界は効いていた。有効な技だ。敵は未だ動けていない。迷うことはない。

 そのはずだった。

 

「血抜きはいいよ。さっさと殺す」

 

 その時、内部が真っ黒に染め上げられた結界に、有機的な裂け目が走った。

 ぶどうの皮を向いたときのような、舟形に捲れるような裂け目だ。

 

「なッ」

「さっきの痛かったよ。お返しするね」

 

 結界が剥け、赤く染まった内側よりルーミアが現れた。

 既に結界は神主の知らぬ間にその機能を喪失し、ルーミアに掌握されていたのである。

 あまりにも予想外の突破に、神主は驚愕を禁じえない。発動中の結界が意図せず破られたのだ。それは百戦錬磨の彼の動きをわずかに鈍らせるのに十分だった。

 

「あは」

 

 彼女は右手に細身の闇の剣を握り、既に高く振り上げている。

 この時ばかりは、ルーミアに油断がなかった。

 油断や余裕を見せる遊びの闘いが潰され、面倒な結果を招くことを嫌ったためである。

 

 容赦を捨てた大妖怪の斬撃。

 

「だめ! “神鋲玉”!」

「ッ!?」

 

 それは玉緒が投げ放った赤き球体により受け止められた。

 

「なん、だこれ……!?」

 

 全力を込めた魔剣の一撃。それが止められている。

 噴出する闇が剣圧を後押しするが、宙に浮いた赤い球体は強い輝きを発したまま、そこから動く気配がない。

 ほぼ万物を破砕する全力の闇剣が通じない。それはルーミアにとって未知の物体だった。

 

「“条縛”!」

「うっ!? この……」

「“霊撃二重陣”!」

「ああもうッ! 煩わしいんだよお前ェッ!」

 

 球体による防御から切り替えされる、神主の猛攻。札と針、あらゆる道具を用いた対妖怪に特化した攻撃に、ルーミアが牙を剥いて吠える。

 

「玉緒、助かった。その球体による防御を頼む!」

「はい。攻撃はそちらに!」

「ああ、敵の特性を全て把握したわけではないが、底は知れた。いくぞ!」

 

 もはや敵に油断はない。容赦もない。

 だが神主と玉緒は一人きりではない。

 二人で力を合わせての闘いが始まった。

 

 

 

 


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