東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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宴は村の中央、寺の前で行われている。

とはいえこの村においてはひっそりしたものだ。酒もないことはないが、ごく少量。そもそもアルコール度数が低く、あまり美味しいものでもない。

酒を酌み交わしてべろんべろんになる集まりというよりは、ごちそうを持ち寄って腹一杯食べるような趣だ。実に健全なのだが、祭り感は微妙なところだ。

 

それでも村の人々は、実に楽しそうな顔で詩を謳ったり、緩やかに踊ったりしている。

うむ。時代を感じる。倉庫の奥から引っ張り出してきたらしい古い楽器もあるが、雅楽っぽい感じがすごい。

お楽しみのところ口に出して言えることではないが、正直に言おう。退屈である。雅なのはいいけど、あまり私の肌には合わない催しだ……。

 

「静木殿、楽しんで……おられるかは、微妙そうだな」

「やあ、明羅」

「……ミマ様や神主からはもてなせと言われているのだが……何故貴方は料理を拵えているのか」

「こっちの方が性に合っていてね」

 

宴に参加してはいる。が、今回の私は腰を据えて飲み食いするというよりは、持ち寄られた材料を使って料理を出す方に回っていた。

煮物、燻製、焼き料理、蒸し料理。適当に石を組んだり板を組んだりすれば、この辺りの調理は慣れたものである。焚き火だろうがマグマだろうが温度を一定に保てるからね。むしろ温度一定の熱源器具を使うより応用がきいて上手く扱える。

 

「なるほど。あちらでは評判が良いわけだ……皆、味を褒めていたよ」

「それはありがたいね。冥利に尽きるよ」

 

ここから少し離れた篝火の近くには、多くの人が集まっている。

薄暗くなり普段なら妖怪の活発化を恐れる時間帯なのだが、今日ばかりは誰もが笑顔だ。

今日の主役たる神主と玉緒ちゃんは、村人たちの輪の中でちやほやされている。

二人とも謙虚な性格だ。ふんぞり返ったり威張り散らしたりせず、逆に気恥ずかしそうにしている。

 

うむ。青春だね。

私にもあんな時代があればよかったのだが。

 

「……静木殿も、来られるといい」

「私かい? そう気を使わなくても良いのだが」

「ミマ様の希望でもあるのだ。……確かに貴方の料理は逸品と呼んで差し支えないが、貴方は竃番である前に村の一員だ。……宴なんだ。たまには一緒に、ね」

 

その時一瞬だけ、明羅は女性らしく微笑んでみせた。

常の気を張った男口調を崩す辺り、彼女も宴の雰囲気に当てられているのかもしれない。

 

ふむ。これ以上の固辞は無礼になるか。

 

「わかった。お誘いありがとう、明羅」

「ん、それで良い」

 

私は最後に山椒味のねばねばマッシュポテトを仕上げてから、賑やかな篝火へと向かうことにした。

 

 

 

「お、ようやく村一番の料理人の登場だ」

「おー、待ちわびたぞ静木殿。どこにいるかと思ったら、ずっと作っていたのか」

「やあ。お褒めに預かり光栄だよ。芋料理も持ってきたから食べると良い」

「うわー、また見たこともないものが出てきよった」

「食ってみれば美味いから不思議だ」

「静木殿、俺ぁさっきの猪料理が良かったんだが……」

「俺も俺も」

「タレだけくれ!」

「もう肉が無いからなぁ」

「九右衛門! 今からさっくりとってこい!」

「無茶言うな馬鹿」

 

既に場は出来上がっているようだ。

見れば、村にある数少ない土瓶の酒もいくつか空いているらしい。

ほろ酔い気分で皆楽しそうである。

 

「やーっと来たか、静木」

「やあミマ。あれ? その酒まだ封を開けてなかったの」

 

ミマの手にあるのは、未だ未開封の日本酒だ。

 

「そりゃね。くれた本人を差し置いて勝手に飲むわけにもいかないでしょ?」

「律儀だなぁ。勝手にやってくれてよかったのに」

「お、なんだミマ様! 酒あるのか!? おいらにもくれ!」

「ばーか、これは今日一番働いた神主と玉緒のためのもんだよ! あんたらはそこの変わった芋料理でも食べてな! あとで分けてやるから!」

 

変な芋料理言われたよ。

しかし男たちは素直に料理に手をつけている。あ、そこそこ好評のようだ。よかったよかった。

 

「あ、あのミマ様。私、お酒はあまり……味がちょっと、苦手で……」

「あら? そうなの玉緒?」

「ははは、まだまだ子供だのう」

「む……神主様。苦手なだけです。子供ではありません……」

 

いやぁ賑やかでいいね。茣蓙じゃなくて畳だったら尚良かったんだけども。

 

「さて、それじゃ注いで……っと、おお? 透明だ……?」

「そりゃ透明だよ。日本酒だし」

 

透明な酒が珍しいのだろう。ミマはじろじろと変な虫でも観察するかのように盃を見つめている。

 

「……悪いね皆! 最初は私が飲ませてもらうよ!」

「あーっ! ミマ様ずりぃぞ!」

「俺も俺も!」

 

最初の一口目はミマが飲み干してしまった。

けど良い飲みっぷりだ。こうして雰囲気が盛り上がる辺り、ミマの人望の高さが窺い知れる。

 

ミマは飲み干したあと、しばらく真顔で黙っていた。

空の盃をじっと見つめ、何か考え事でもしているように静止している。周りはミマの様子になんだなんだと騒がしい。

 

「ミマ様、どうされましたか。その酒……なにか、ありましたか」

「いいや……明羅、なんでもない。なんでもないよ。ただ、あまりに美味しいんでびっくりしたんだ」

「美味いのかミマ様!」

「俺にもくれ!」

「九杯でいい!」

「ばーか! あんたらは後だって言ってるでしょ! ほらほら、先に神主と玉緒! さあ飲んだ飲んだ! 大丈夫、玉緒でも飲めるよ!」

 

……はぁッ!

 

あ、駄目だ。やっぱり箸でハエを捕まえるのは無理だな。

 

「……これは……お、美味しいです! 不思議な味……爽やかで、甘みがあって……!」

「……美味いな」

「で、ですよね。美味しいですよね、神主様!」

「あ、ああ。美味いな……今まで呑んだ酒よりも、ずっと」

 

極小結界発動。これでもう貴様は箸の軌道上から逃げられまい。

からの……ほいさ。ふはは、どうだ参ったか。魔法使いは剣を極めるまでもなくハエを箸で捕まえられるのだ。

……宮本武蔵って西暦何年ごろの人物だっけ。

 

「ふ……ほら、玉緒。お酒はあんたに渡したげるから、注いでやりな。それと、他の酒に飢えてる連中にも、ちょっとずつね?」

「は、はいっ」

「よっしゃ! 玉緒ちゃんのお酌だ!」

「俺も俺も!」

「おいらにも頼むよ、玉緒!」

「でもミマ様のお酌ならちょっとされてみたいかも」

「たわけ! ミマ様を愚弄するか!」

「ぶべらッ!?」

「うわー! 明羅殿がお怒りだ!」

 

うるさいな本当に。さっきまでは和やかだったのにどうしたというのか。

でもこの感じ、昔を思い出して癒されるというか、なんというか。

 

……また、あの子と飲み歩きできる日が来るといいなぁ。

 

 


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