東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 神主が本当に神主になる。

 その一報はそこそこの早さで狭い村中を巡り、そこそこ盛り上がった。

 

「よう神主さん! 本物の神主になるんだってね!」

「お、おう……まあ、そのようでな」

「よろしく頼むよ! あんな場所にあるんじゃあ、滅多にお参りはできんかもしれんがねえ」

「ああ、無理はされるな。気持ちだけで十分だよ」

 

 神主は村の一員として信頼されていたが、今回の一件でその絆がより深まったのだろう。

 彼は博学で優秀だったが、それ故に田舎村の粗忽さとは一線を画す気風があった。

 元来の高貴さというものは、本人がどれだけ繕っても泥をかぶっても、そう容易くは色褪せないものだ。

 だが今回の就任により、彼は村の一員としてがっしりと組み込まれることになる。

 これまで距離を感じていた村人らも、最近はより積極的に声をかけるようになった。

 

 元より、神主はこの村に骨を埋めるつもりでいた。

 陰陽博士としての地位を、都での暮らしを捨て、税を絞られないような隠れ里で余生を過ごす。言葉にしてみると落差を感じるが、大宿直村の居心地は悪いものではない。

 

 彼はここで、多くの大切なものに出会えた。

 出自不明の怪しい陰陽師に対し、深く詮索することもなく迎えてくれた村長。

 右も左もわからない自分に村での暮らし方を指南し、法則の異なる力を教えてくれた恩師であるミマ。

 他にも大勢、名前を挙げていけば数え切れないくらい、彼はこの村の人々に助けられている。

 

 それに近頃は、やりがいも増えてきた。

 

「……さて。玉緒の稽古をつけてやらんとな」

 

 最初は小鳥のようにうるさかった半妖の玉緒。

 出会った頃からは考えられないことであったが、神主は最近、玉緒からの頼みで霊術の修行を請け負っている。

 自分の術の確認もできるので有意義な時間だ。それに神主は、玉緒と共にいると不思議と心が安らいでゆくのを感じてもいた。

 かつて弟子と共に過ごした日々を思い出しているのか、それとも……。

 

「……いかんな。いや、行かねばならぬのだが。……うむ。行くか」

 

 冬になれば外に出る機会も減る。それまでは時間を有効に活用すべきだ。

 神主は自分にそう言い聞かせ、外に出た。

 

 

 

「ではミマ様、帰りに栗を拾ってきますね。日暮れ前には戻りますので」

「ああ、玉緒。助かるよ。魔力を切らさないよう、気をつけるんだよ」

「は、はい!」

 

 ミマの屋敷に住む半妖の少女、玉緒。彼女は最初こそ村の様々なものに驚き、怯えていたが、今ではすっかり頼れる退治屋の一人だ。

 特に最近は成長が目覚ましいもので、メキメキと陰陽術の実力を伸ばしている。

 ミマからも手解きはしているが、近頃は神主の方に厄介になっているそうだ。

 明けても暮れても修行修行の日々。保護者としては、少し心配になってしまう熱の入れようだった。

 

「まあ、お土産は嬉しいし……無理はするなっていうのが精々だわね……」

 

 修行の帰り、玉緒は山の恵みを持ち帰ってくる。

 あるいは川魚であったり、きのこであったり、日によって様々だ。

 しかしミマにとっては物以上に、玉緒が聞かせてくれる神主の話の方が楽しみであった。

 

「たまには私も行きたいけど……ま、今は忙しい時期だし。あの子が仲良くしてくれるなら、そっちの方が良っか。仲直りはできてるみたいだし、もうちっと仲良くしてもらおう」

 

 自分と親しい人間がいがみあっているのはどうしても落ち着かないミマである。

 また何か些細なことで喧嘩が再発されてはかなわない。ならば今のうちに交流を深めてもらいたいというのが純粋な願いであった。

 

 もちろん、羨ましくないかと言われれば嘘になる。

 本当ならばミマも。時間さえあればまた神主と一緒に、くだらない話で笑い合いたいものなのだが……。

 

「ミマ様。村の入り口に異常が」

「……はいよ、明羅。一緒に行こうか」

「よろしくおねがいします。余所者が侵入したようでして」

「あー、厄介そうだねえ。妖怪のがまだマシだ」

 

 村の守護者としての大事な役目を放り投げるわけにはいかない。

 誰かが平和に過ごすためには、誰かが危険を見つめていなくてはならない。それが大宿直村なのである。

 

「面倒なことにならなきゃいいけど……」

 

 いつもの巫女装束を纏い、足袋を履く。

 脚に負った火傷の痣は、未だに薄っすらと残っている。

 密かな自慢だった脚についた傷。それが名誉の負傷だとして、女にとっては傷に違いない。

 

「……何を考えているんだか」

 

 仮定の妄想など、脳内で繰り広げたところで無意味だ。

 自分は歩き巫女。大宿直村を守るための巫女として生きていく人間だ。

 決して凡庸な、平穏な幸せを前に立ち止まるわけにはいかない。

 

 緋袴に足袋でも履けば、過去の傷など見えなくなる。

 それが歩き巫女たるミマの生き方だ。

 

「さ、ぼさっとせずに行かなくちゃ」

 

 ミマは膝を叩き、外へ繰り出した。

 目的地は村の入り口。

 秘匿された大宿直村においては滅多にないが、外の者がたどり着くこともある寂れた小道だ。

 

 

 

 最初に侵入者に気付いたのは猟師たちだ。

 彼らは人が往来する場所であればどこでも定期的に見守ることになっており、それはほとんど誰も行き来することのない村の入口であっても例外ではない。

 いつ誰が、大宿直村を訪ねてくるかもわからないのだ。

 国からの使者であれば下手な妖怪に殺させるわけにはいかないし、流れの商人であれば大切な娯楽供給役であり、情報源でもある。

 何よりも少しでも外と繋がりを持っているという意識こそが、大宿直村を絶望的な閉塞感から守れるのだ。妖怪に囲まれ、あとは中で先細りしていくだけ。そのような状況を受け入れたまま健やかに生きていける人間はそう多くはないのである。

 

 猟師は村に向かって歩く人の姿を遠目に見つけると、すぐさま明羅に連絡を寄越した。

 それは速やかにミマにも伝わり、村の守護者である彼女が動き出す。

 侵入者の素性はまだわからないが、それが悪意のある者であれば相応の対処をしなくてはならないだろう。

 

「ミマ様、先に私が誰何します。貴女は後ろに控えていてください」

「……危険なことはしないようにね。明羅」

「承知しております。では……」

 

 足早に小道を進む男の姿は、既に二人の知覚範囲に入っていた。

 明羅は人間離れした視力で。ミマは監視に長けた星魔術によって、距離から相手の顔色まではっきりと認識できている。

 

 男は単独。歳は若い。身なりはそこそこ裕福か。

 色々と推察しなくてはならない情報が多かったが、ミマは彼の憔悴しきった顔が気がかりであった。

 怪しいと言えば怪しい人物なのだが、いきなり切り捨てるわけにはいかない。

 明羅は少しでもミマが危険に晒されるとやや過激な行動に出やすいので、事前にしっかりと釘を刺すのは大事だった。

 

「そこの男、止まれ」

「!」

 

 明羅が出て命令すると、すぐに男の脚は止まった。

 彼は汗だくの顔を明羅に向け、眉を歪ませた。

 

「……野盗か? 落ち武者か?」

「そう見えるか?」

「……いや、見えない。もしや、お前さんはこの近くにある村の者では……?」

 

 村目当てでやってきたというのはなかなか珍しい。ミマにとってもそう多くないケースだ。

 

「もし、村の者なら……私はその村が、腕の良い陰陽師がいると聞いて来たのですが……お願いします。どうか私の話を、聞き入れてはもらえないでしょうか……」

 

 老け込んだ顔で頭を下げる男。

 それを前にして、明羅は参った風に天を仰いだ。

 

 ミマが見つめる映像には、カメラ目線の明羅が映っている。彼女は尋ねているのだろう。“どうすればいい?”と。

 しかしそんな風に天を仰いでやりたいのは、ミマも一緒なのであった。

 

「……まぁ、明らかに面倒事だけど。やるしかないんだろうねえ……」

 


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