東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 神主にとって、玉緒は実に教え甲斐のある弟子であった。

 

「浮遊を維持しろ! わずかでもいい、動き続けるのだ! 非力な人が地に足つけては、妖怪を相手取ることなどできんぞ!」

「はいっ!」

「そうだ、そう避けるのだ! 急激に進路を変える必要はない! 身を捩り、躱せば良い!」

 

 教えれば教えただけ吸収する。

 語りかければ語りかけただけ理解し、飲み込む。

 魔法や総合的な戦力でいえばまだまだミマに遠く及ばないが、成長速度が凄まじい。霊術の潜在能力で言えば、自分に比肩するのではないかと思うことも多い。近頃は、確信に変わりつつすらある。

 

「あうっ……!」

「背後にも気を配れ! 常に誰かが守ってくれるとは限らん!」

「は、はいっ!」

 

 札をばらまき、操り、回避させる。

 妖怪とは高位のものになればなるほど、理不尽な攻撃を繰り出してくるものだ。

 それは以前闘った宵闇の妖怪ルーミアの時にも学んだことだろう。

 人は妖怪の攻撃一発であえなく沈む。であれば、まずは徹底して避けを学ばせるべきだと神主は思ったのだった。

 

 命あっての物種だ。生きてさえいれば機会は作り出せる。

 少なくとも、強大な敵から逃げられるまでは伸ばしてやりたい――。

 

「よし、反撃!」

「……! えいっ!」

「良いぞ! 悪くない……が、避けを忘れるなッ!」

「あうっ」

 

 かつて神主は、弟子を持っていた。

 よく出来た弟子だ。まだ年若く、将来のある若者であった。

 ちゃらんぽらんな自分を慕ってくれて、純粋に技術を認めてくれた男だ。

 

 だが彼は自分の謀殺に巻き込まれ、死んでしまった。

 彼の死に名誉が残ったのかは、今では神主にはわからない。しかし少なくとも、死ぬ意義も意味もなかったことだけは確かだ。

 あの子のために変わってやりたかった。夜ごとに何度悔いたのか、もはや数えることも億劫になる。

 

 玉緒を陰陽術の弟子と受け入れてから、あの頃の気持ちが蘇ってきたように思える。

 失ったはずの大切なものが、再び手元に帰ったかのような。

 

 いや、失われた命は戻ることはない。戻ったとしても、きっとそれは歪んだものになるのだろう。玉緒をかつての弟子と重ね合わせるべきではない。神主もそれはわかっていた。

 

 だからこれは、新たな一歩なのだ。

 あの頃より囚われ続けていた、鬱屈した己を再び奮い立たせるための一歩。

 玉緒を一廉の陰陽術士として育て上げることで、未来へと進んでゆく。

 彼女とならば、過去を振り払い、その先の人生へと向かってゆけるはずだ。

 

「はあ、はあ……えへへ、神主様。どうでしたか?」

「! ……ああ、良かった。腕をあげたな……玉緒」

「はいっ! ありがとうございます!」

 

 だが、それはそれとして。

 神主は年甲斐もなく、まだ若々しい彼女の純朴な笑みに見惚れることが多くなっていた。

 

 

 

 玉緒と神主の出会いは最悪に近いものだった。

 人と半妖。退治屋とその対象。大人と子供。

 年齢だけは神主の勘違いで低く見積もられていたが、それ以外ではなかなか噛み合うことのない二人だった。

 

「玉緒。それは栗かね」

「はい。今の時期は、ごちそうですからね」

「……どれ、私も手伝おうか。そら、籠を貸しなさい」

「あっ……はい。ありがとうございます……」

「……気にするな」

 

 しかしどうだろうか。今の二人には、かつての啀み合う空気は微塵もない。

 ミマは多忙故に顔を合わせる機会も減っていて、まだ二人が仲直りの最中にあるものと考えているようだが、それは違う。

 既に二人は仲違いなど遠い過去のように忘れ、急速に惹かれつつあった。

 

 玉緒は半妖である。髪は赤く、側頭部には異形の角を生やしている。

 見た目の年齢と実年齢も合致しない。

 だが角を含めたとして、見てくれは美しい少女そのものであり、何よりこの時代において、彼女の見た目年齢は決して倫理に反するものでもなく、至って普通のものだった。

 

「神主様」

「ん、なんだ?」

「……いいえ、なんでもございません」

「……ふ。なんだなんだ」

「うふふ、なんでもございませんよ」

 

 神主は年齢こそ少々行き過ぎた感こそあるが、長年霊力の修行を続けてきた彼の見た目は若々しい。

 元より顔立ちも端正で、都育ちであるが故に村の誰よりも垢抜けていた。

 

 両者とも人間的にも魅力的だった。

 神主はユーモラスで、玉緒は奥ゆかしい。両者にとって、互いに好ましいタイプだったのかもしれない。

 

 魅力的な者同士、惹かれ合うのは必然だったのだ。

 

「玉緒。ミマ様と明羅殿とは、仲良くやれているか?」

「はいっ。お二人共、優しくて。ミマさまは魔法についても教えてくださって。とてもとても、素晴らしい方々です!」

「うむ。それは良かった。ミマ様は私の師でもあるからな。ここでの修行に力を尽くすのもいいが、失礼の無いよう、向こうでもしっかり手伝うのだぞ」

「もちろんです。ミマ様のお役に立てるよう、精一杯頑張ります!」

 

 純粋な笑顔が、眩しい。

 

 愛らしい女性だ。

 半妖であることなど抜きに、掛け値なく。

 

「……で、ですが」

「ん? な、なんだ玉緒」

 

 玉緒は頬を染め、もじもじと指先を捏ねた。

 

「……いつかは、神主様のお役にも立ちたいです……」

「……」

「で、ではっ! ありがとうございましたっ!」

 

 言うだけ言って、玉緒は忙しなく階段を駆け下りていった。

 

 残された神主は未だに呆然と、先程投げかけられた言葉が頭の中に響いているようだ。

 いや、言葉だけではない。言葉だけではなく、あの恥じらいのある表情。声色。

 

「……いかんな」

 

 顔を見られなくて良かった。玉緒がすぐに帰ってくれて助かった。

 もしもそのままじっと見つめられていたならば、この紅潮を隠し通すことなどできなかっただろう。

 

「ああ、いかん。いかんなー……ほんとに……」

 

 紅に色づいた葉が、ひらりと境内に舞い落ちる。

 

 それは、神主の初恋だった。

 

 


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