東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 儀式はつつがなく進行し、無事に終わった。

 舞い、儀礼。あらゆるものに不慣れではあったが、ミマは立派にやり遂げたのである。

 

「綺麗……」

 

 その姿は、離れた場所で見守る玉緒の目にも美しかった。

 出会った最初の頃よりずっと尊敬し続けていたミマが、今日はより一層、自分よりも大人に見える。

 いつもは薄汚れた烏帽子を被っていた神主も、儀式の最中は神妙な顔を保っていたし、服もありあわせのものを組み合わせて仕上げた急造品ではあったが、地位の高い人間のように雅であった。

 

「ああ、立派なものだ」

 

 二人を長年見守ってきた村の人々も、今日の光景には涙ぐむ者が多い。

 どこか捨て鉢で、矜持を持ちきれなかったミマや神主が、己の職務と役目を得る。 

 小さく閉鎖的な村の中では、この儀式は特別な意味を持っていたのだ。

 

「なあ、聞いたかい? この神社の名前」

「ああ、おう。神主さんから聞いたよ」

「“博麗(はくれい)神社”って名前になるんだってな」

(ふもと)だからレイなのかい?」

「違う違う。字がちげえよ。まあ、どうだかなぁ。俺にはわかんねえや」

「案外麓だからって、似たような漢字使っただけかもしんねえぞ。神主さんだしなあ」

「くくっ……今日くらいやめてやれよう。晴れ舞台なんだから」

 

 無名だった神社の名は、博麗神社と名付けられた。

 村人の中には麓だったり白だったりと様々な誤字が早くも飛び交っていたが、やがて正しく定着する日も来るだろう。

 

 儀式が終わると、二人は村総出で暖かく迎えられ、祝福された。

 神主は大層疲れたように、ミマは気恥ずかしくも誇らしげである。

 

「とても素敵でした! ミマ様!」

「おお、玉緒! ありがとう!」

 

 頬を赤くして興奮する玉緒の頭を優しく撫で、ミマはニカリと笑った。

 

「よし、これで堅苦しい儀式はおしまいだ! みんなも待っているし……夕餉、一緒に行きましょうよ」

「はい!」

 

 そう、祭りの宴はこれからだ。

 むしろ、村人の多くは主にこの日を待っていたのかもしれない。

 

 なにせ今日振る舞われるものは、今の時代では到底味わうことのできないご馳走ばかりが出揃うのだから。

 

 

 

「ほい、おまちどおさま」

 

 時は夕暮れ前。

 篝火に照らされた境内には、大勢の人が寄り集まっている。

 宴は始まる前より賑やかな話し声で盛り上がっていたが、ある一人の者がやってくると、それも止んだ。

 

「お酒の樽を持ってきました。私からの贈答品です」

「「「おおおー!!」」」

 

 静木が用意した酒は、前の宴よりずっと話題になっていた。

 澄み切ったそれを一度口にすれば、もうにごり酒を酒とは思えない。飲んだことのあるものは熱狂し、以前に機会を逸した者もついにこの日をと、雄叫びを上げる者までいる。

 ミマは自分の儀式の時以上の盛り上がりっぷりに、思わず苦笑した。

 

「いや、すごいねぇ……わかっちゃいたけどさ……」

「今日ばかりは、仕方ないでしょう。村の者は皆、待ちわびていましたから」

「んだね……明羅も今日は、周りを気にせず飲んだらどう?」

「……私は、皆が飲んでいる時の警護が……」

「神社一帯に結界を巡らせてあるから大丈夫よ。今日のために、全力出したもんね」

 

 そう言われると、明羅も思わず唇を変な形に歪めてしまう。

 彼女も自制してはいるが、酒が嫌いというわけではない。むしろ好物の部類であった。

 

「で、では。……今日は、少しだけ」

「遠慮しなくていいからね?」

 

 なんとなくミマは、今日の明羅は酔いつぶれそうな予感がした。

 

「あ、もう一個樽持ってきたので、こちらもどうぞ」

「まだあるのかい!?」

「あるんだなこれが」

 

 今日は誰もが酒を堪能できそうであった。

 

 

 

 酒が各々の手に行き渡り、けたたましい唱和の声が上がると、多くの者がそれを待っていたと言わんばかりに中身を呷った。

 磨いた米より生まれた濁り無き水のような酒。

 だが喉を通り抜ける熱い感覚は、彼らが今まで呑んできたいずれの酒よりもずっと、酒であった。

 

「うっめ……」

「甘い……」

「おお、こいつは、香りが……」

 

 初めて呑んだ者の反応は、予想されていたよりも静かだった。

 味覚と嗅覚を襲った感覚は、酒を飲もうとした者にとっては未知の体験であったのかもしれない。

 

「もういっぱい!」

「なみなみついでくれ!」

 

 が、二杯目からはそんなものである。

 美味い酒による心地よい酩酊は、夕闇に沈み始めた境内の恐ろしさをも振り払ってしまう。

 

「とりあえずおつまみ用意しました」

「おお! 静木殿の料理か!」

「ありがてえ! 静木さん、あんたのお酒美味しいよ!」

「おお、だったら嬉しいよ。自信作だからね」

 

 静木の作った料理が大皿で運ばれると、村人たちはそれを食べて、また同じように感激する。

 酒と食事が現代を凌駕する美食ともあれば、それは決して演技ではないし、静木はそれを疑ってはいない。

 

 

 

 しかし今日この日、ミマはちょっとした悪戯というべきか、思いつきの悪ふざけを計画していた。

 いいや、悪ふざけというには邪気もないだろう。

 それは、宴に出される静木のものを、とことん褒めそやすということだ。

 この褒め殺し計画は何人かのノリの良い村人たちにも周知してあり、ミマが動けば同じように、不自然のないように同調する手はずになっている。

 なんとなく、“静木は褒めれば色々やってくれるんじゃないか”と思ってのことだった。

 結論から言えば、それはまさに完璧かつ優れた計画であったと言えるだろう。

 

「美味い! いやこれ本当に美味い……何の肉だ……?」

「なぜ猪がこんなに柔らかくなる……!?」

 

 いや、そもそも食事に関しては無理に演技するまでもない。美味いのは事実だし、驚きも素から出たものばかりだ。

 

「そうかそうか。たんとお食べ」

 

 静木は普段からそっけない態度を取っていたが、今日の料理は力を入れて作ったためか、どことなく嬉しそうである。

 ミマの脳裏に、今日の機会を逃す手はないという閃きが走った。

 

「やあ、静木。ありがとうね、今日は素敵なものたくさん作ってもらっちゃってさ。まま、アンタも座りなさいよ」

「おお、ミマ。そうだね、ひとまず配膳は一休みしようかな」

 

 なんだかんだと、ミマも酒を呑んで酔っている。

 前の小さめの瓶とは違い、今日は樽が二つだ。やるべきことは全てやったり、セーブする理由もない。

 

「ほらみんな! 静木にお礼言いなさい! あんたらが呑んでる間、この人は黙々と調理したり配膳したり、頑張ってくれてたんだからね!」

「確かにそうだが、ミマ様も飲んぶぎゃっ」

「ああっ! 顔に木皿がめり込んでる!?」

「あんたらはわかってないわね! 静木はなんだって作れるお人だよ! あの樽だってそうだし、大抵のものは何でもこしらえてしまうんだ。村にあるこまい道具の多くだってそうだ。でしょ? 静木」

「え、ああうん……まあね。私もこういうのやって、長いから」

 

 そうこうするうちに、話は静木中心のものへと変わっていった。

 ムードメーカーのミマが主導すれば容易いものである。流れを阻害する者は顔面に皿がめり込むかもしれないともなれば、好んで逆らう者もいなかった。

 

「わ、私も静木様の作られる小物……とても繊細で、素晴らしいと思っていました。子どもたちが触っていた竹細工も、本当に……まるで魔法で飛んでいるかのようで……」

 

 玉緒も酒のためか、日頃より饒舌だ。内気さは残っているが、進んで気持ちを吐露するくらいには軽くなっている。

 

「うむ、そうだな。私もよくこの神社では静木殿や命之助を交えて妖怪談義をするが、静木殿は書き記す文字も上手い。いくら年月を積めば、それほどまでになれるのか……都でも、静木ほどの書き手はいないのではないか」

「ンッフ……そうだろうか? まあ、年季が違うからね、年季が……」

 

 年季。年月。

 ひっそりと暮らしているようでいて、さすがに積み重ねてきた努力に誇りはある。

 つついてみるならここだろうか? ミマは静木の死角で、目を光らせた。

 

「いやぁ。きっと静木だったら、作れないものはなんにもないんだろうねぇー」

 

 ピクリ。わずかに静木の肩が震えたのを、ミマは見逃さなかった。

 

「うむうむ。静木殿は、なんでもできるからな」

「手が器用だしな。逆に何ができないのだろう? 日頃からそう思っとるよ、俺は」

「わかるわぁ。うちの壊れたものだって、綺麗に直してくれたしねぇ……」

 

 村人(サクラ)がちやほやと褒めそやす度に、静木が僅かに反応する。

 間違いない。これだ。ミマは心地よい気分もあって、にんまりと笑った。

 

「実際のとこどうなのよ、静木。苦手なものとか、あるんじゃない?」

「いや……無い」

「えー? そうなのー? まあ確かに、静木が色々作ってるのは知ってるけどさー……」

「いやいや、そんなことはない。私は何だって作れるとも。創ってみせるとも」

 

 良い感じに乗ってきたものだ。思いの外簡単なものである。

 

「むむ、では静木殿。あれはどうだ? 仏様など」

「問題ない。簡単だとも、木でも石でも金属でも」

「こらお前、境内で仏様の話などするものではないだろ。……じゃあ、金物もか? 剣とか、そういう刃物は」

「ふっふん。そちらの方面も数億年前に履修済みだとも……この国の宝剣を上回るものだって打ってみせる。いや。私ならばうどんのように捏ねて叩きつけるだけでも作れるね……」

「船!」

「あくびが出そうだ」

「屋敷!」

「軌道エレベーターでもなんでも作れるさ」

「なんじゃそれ。では、この世で最も大きな牛車もか?」

「どうしてレベルが下がるのか……全部できるよ。私に作れないものはない」

「だったら、魔道具は?」

 

 ミマが言葉を挟み込むと、静木はより一層強く反応したように見えた。

 

「それは……私の大得意な分野だよ、ミマ」

「そうなのかい? 初めて知った……みんな、知ってた?」

「知らんなあ。魔道具ってのはあれだろう。ミマ様がたまに作るような」

「聞いたことなかった。そうなんか」

「うむうむ」

 

 静木が仮面の奥で、低い声で“ぐぬぬ”と唸っている。わかりやすい反応だった。

 

「そういや、静木は前に何か贈り物してくれるって話だったけど……それってお酒のこと?」

「いや……お酒はあくまで、私が持ってきただけのものだが」

「じゃあ、魔道具を作ってみせてよ。静木が作れる、とびっきりの奴をさ。お祝いなんだし、神社への贈答品ってことで!」

 

 ピクリと、再び肩が揺れる。

 

「なんでも作れるなら……そりゃ、とびっきりのものができるんだよね?」

「もちろんだ。私は偉大……な魔道具職人でもあるのだから」

 

 仮面の奥で、青白い眼光が輝いている。

 垣間見えたそれに、ミマは自分のいたずらが上手く成功したことを悟った。

 

「それじゃあ……頼んでもいいかな? 静木」

「……じゃあ……」

 

 静木は思わせぶりに腕を組み、暫し背筋を伸ばして、天を見上げた。

 

「……やっちゃう?」

 

 出てきたのは軽い言葉だった。

 

「やってくれるかい? 魔道具職人、静木さん」

「……ああ、もちろんだとも! 良いだろう、私の全力を見せてやろうとも!」

 

 そして知るが良い! 私に並び立つ魔道具職人などいないということを! とかなんとか一人で持ち上がりかけていたところだが、その流れはミマによって遮られた。

 

「よっし! じゃあみんな、静木に作ってもらう魔道具を考えようじゃないのさ!」

「おーっ!」

「おおう、そういう流れか! いいのぅ、酒飲みながら考えるには実に愉快じゃ!」

「魔道具ってなんだ? なにする、ていうかどんなものなんだ?」

「なんだっていいのよ、こんなのは!」

「ええ、いきなり言われましても……私、どう考えれば……?」

「何でもいいのよ玉緒! うっふふ、静木が言ったんだから、せいぜい無理難題でもふっかけてやりなさいっ」

 

 ミマはいたずらっぽく、静木に笑いかけた。

 すると静木は、その流れがミマによって作られたものであると今更に察したのか、“ぬーん”とよくわからないうめき声を出している。

 しかし。

 

「……いいや。私は作ると言ったら創る!」

「おお! 本気だぞ!」

「大丈夫か静木殿!? 酒を飲んだ連中の言うことだぞ!?」

「私に不可能などない!」

「こっちもムキになってる!」

「あっはっはっは! こりゃ面白い!」

 

 やがて熱狂と悪ふざけは加熱し続け、尽きぬことのない酒と美食も相まって、よくわからない方向へと突き進んでゆく。

 

「私は甘いものを食べても太らなくなるような……」

「やっぱ妖怪退治に使えないとな! 妖怪にきくものがいい!」

「ならば持ち運びに不便なものでは困るな。小さくなってくれたら便利そうだ」

「うむ。ではでかくなるようにもしてもらおう」

「なぜ……」

「なんとなくだ!」

「そうか……」

「いっそ浮けば良いのでは?」

「それだ!」

「ならば重くなるようにもしよう」

「いやだからどうして……」

「色々なお香を楽しめるようにしてほしいわねぇ……前に使ったことのあるもの、もう一度楽しみたいわ……」

「都にいた猫とやらが可愛かったなぁ。奴を再び可愛がりたいものだ」

「獣か? 危ないのでは困るぞ」

「では無害なもので。子猫ならばいいだろ?」

「適当だ……」

「一つじゃ足りんな。二つになってくれると便利そうだ」

「二つとは言わずもっと増えてもいいのではないか?」

「それもそうじゃな……いやぁ、しかし酒が美味い……」

「しかし、結局これは何になるのだろうな?」

「わからん! だが神社に贈られるのだろう? 何か、神事に使うものとか……そういう類のものになるのではないか」

「仏様のような?」

「そいつは違うだろう。陰陽玉……とか?」

「それもどうなのだ?」

「俺も詳しくはないのだ」

「うーむ……せっかく神社に奉納されるのであれば、もっと神社に有益な力もほしいものだ」

「魔除け」

「厄除け!」

「似たようなものはすでにあるだろう。だから……なんだ?」

「悪用されても困る。神社の者にしか使えないようにするべきでは」

「一人だけのほうが良さそうだな。便利なものを共用にすると、争いになるやもしれん」

「道理だ。うーむ……となると、巫女とか、そういった者を一人選んで、その人の所有物になる、とか」

「霊力を扱えない者に持たせても不便そうだから、最も霊力の才に長けた者が扱えた方が良いかのぅ」

「だな」

「待て、中に何かしまっておけるようにした方が便利だぞ」

「お前はこれをどうしたいんだ?」

「わからん! だが、酒が美味い!」

「おう、それは確かだ!」

「いよっし! 器が空いたぞぉー! 酒もってこーい!」

 

 のんべんだらりと好き勝手に楽しそうに語らう彼らは、弛緩した酒の席にあって気づいていない。

 

 彼らが思いつきで語っていた機能を、アイデアともいえないようなアイデアまでをも、一言一句を忘れることなく一枚の紙に筆記し続ける静木が、いつも以上の気迫でもってそこに座っていたことを。

 

 


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