「やあ、ミマ。大丈夫かい」
「んぁー……?」
ミマはすでに出来上がっているようだ。随分と飲んでいたからね、仕方ない。
けどまぁそこら中に酔っ払いの行き倒れがいるし、彼女はむしろ堪えた方なのかもしれない。
ともあれ、起きてるなら好都合である。
「ちょっとこの仕様書を見て欲しいんだ」
「ぁーもう……何ぃ……? お酒美味しかったよ……あの、なに? あれ……あれ良かった……甘いの……」
「甘いのはいくつかあったからどれだかわからないなぁ。とりあえずこれ見て欲しいんだ、これ」
私が広げてみせたのは大判の仕様書である。
そこには村の人々があげつらった様々な機能が網羅されており、一応機能をカテゴリーごとに分けてあった。
「ここの項目を見てほしいんだけど。霊力のっていうところ」
「おー……」
「これはそのまま実装してもいいってことかな。一応、企画自体はミマの発案だから確認なんだけど」
「いーよぅ……大丈夫……静木ぅ」
「うん?」
「あたしのこと、なーんもわかっちゃいないでしょうが……あたしゃね、この村さえ守っていけりゃあねぇ……それだけで充分なのぉ……」
おお……それは、また……。
「それがミマ、貴女の望みなんだね」
「あったりまえよ、あたしゃね、ここにいるよ……ずっとねぇ……」
「……素晴らしい」
本当ならこの仕様書を手放し、そのまま拍手を贈りたい気分だ。
生憎と時間も押しているので、省略させてもらうけれども。
「やはりミマ、貴女は魔法使いになるべくして生まれてきた人間なのかもしれないね」
「んぇー……?」
ああ、まだ酔いが回っているのか。
けど大丈夫。今日は宴。今日は良い日だ。そのくらいがきっと丁度いいのだろう。
「魔法使いミマ。私は正体を明かすと、あまり貴女がたにとって良いことにはならないと知っている。だから、きっと明日には消えていることだろう」
「……?」
「だけどこれだけは覚えておくと良い。ライオネル・ブラックモアは、貴女の生き様を祝福しているのだと」
私はそれだけ言って、ミマの乱れた髪を直すように撫でてやる。
すると彼女はくすぐったそうにうっとりと微笑んで、再び酔いと微睡みの中に戻っていった。
「……さて。作業を始めなければ」
依頼は魔道具作成。発案はミマである。
とびっきりの良いものを作れという要望があり、村人から様々な注文をつけられた。
まんまと乗せられた私もどうかと思うのだが……いや、だがそうだとしても、私に不可能がないのは事実である。挑発だとわかっていようとも、いや、挑発だからこそ乗らねばならない時というものがあるのだ。
偉大なる魔法使いに不可能はない。それを後進の有望な魔法使いにも、見せてやらなくてはならないだろう。
「しかし……いや良いんだけど。随分派手にやってくれたなこれ……」
リストは凄いことになっている。一体何個あるのだろうと数えてみると、数えることさえ億劫になるほどびっしりだ。悲しいことに律儀に数えてみると四十個もリストアップされている。
そして内容の殆どがバラバラで、能力にまとまりがない。平から部長を集めたブレインストーミングだってもうちょっと纏まりが出るものだが……。
……まあそれでもいくらか統合できる機能はある。浮遊系なんかが特にそうだ。
しかし、ちょっと複雑な機能もある。方向性がとっ散らかり過ぎているし、なんなら単体で立派な作品になりそうなものまで……いや、弱音は吐かないぞ。吐かないが……。
「わかってはいたけど、それなりの素材が必要だ」
さすがの私でも、適当な木片や石ころからこれを作るのは難しい。
いや作れないことはないのだが、相当に無様なことになる。物質を使わずに魔力単体で永続機能する呪いの方がまだマシだ。
魔道具というからには、道具にもこだわる必要がある。それが今日この日、祝いの日、期待された日ともなれば手を抜くわけにはいかない。
と、なれば……ふむ。
「万能素材、そして退魔となればこれは外せないな」
私は何重にも重ねられた茣蓙の上で猫のように丸まって眠りこける玉緒の前にやってきた。
彼女の傍らにごろりと転がっているのは、赤い球体。
私が赤化水銀と呼んで重宝している、非常に便利な魔法素材だ。
形や大きさからして、この赤化水銀は以前私が日本へやってきた時、どこぞの漁村の男に渡してやったものであろう。
それが脈々と受け継がれてきたのかどうかは知らないが、今はこの玉緒が持っている。なんとも運命的な話ではないか。
私は彼女のそばにあった球体を拾い上げた。
まぁなに、どうせきっと……私の見立てではだけれども、朝には戻るのだ。少しくらい借りていても問題にはならないだろう
「赤化水銀さえあれば半分くらいはなんとかなる。あとは……うーん」
まとまりのないとっ散らかった要望の数々が問題だ。
そもそもあれは本当に必要な機能なのか? という素朴な疑問も浮かんでくるが、それを言い出してはきりがない。なによりその姿勢は逃げだ。私に不可能はない……不可能はないんだ……。
「まぁ……願い事を叶えるといったら、アレだなぁ」
少し悩んでしまったが、答えは既に出されている。
いや、むしろそれしかないと言うべきか。
「なんだか、柄にもなくワクワクしてくるな」
私は酔っ払いたちの巣窟をそそくさと離れ、一人神社の本殿へと歩いていった。
本殿。
今宵、そこに人はおらず、気配もない。
あるのは奥底に眠る竜骨の幽かな気配のみ。
「さて、アマノ。今日は復活祭だ。貴女も機能のないまま祝福されるのは、ちょっと落ち着かないだろう?」
木組みの本殿を開き、パズルを解くように奥へ奥へと開いてゆく。
最後の扉を開放し、露出した小さな石壇の上には――竜骨によって造られた白い球体が鎮座している。
竜骨は、遥か古代より便利な材料のひとつだった。
時に建材となり、時に家具となり、万能な魔法素材の一種として、長きに渡って活用され続けた。
私はかつて、名もなき女神の遺体から抜き出した骨を用いて杖を作り上げた。
それには神が元来持ち合わせている“願いを叶える力”が宿っており、それによってようやく、孤独から救われたのである。
アマノの骨もまた、例外ではない。
リストにあげられたいくつかの荒唐無稽な要望や、そのまま“願望を叶える”力もまた、神にしか成し得ないものとなるだろう。
「赤化水銀とアマノの骨……この二種類を用いて、私は魔道具を製作する。異論は……ないだろうか?」
『ないわよ』
何気なく尋ねたつもりであったが、返答があった。
背後だ。
「……やあ。ようやく……戻ってきたんだね」
そこには、白く幻想的に発光する少女が立っていた。
輪郭は定かでない。だが、少女だ。
袖がセパレートになっている変わった巫女服を着ている……両目が金と銀に輝く、少女。
『久しぶりね、ライオネル』
彼女は慈しむように、懐かしむように、私のことを眺めていた。
『まあ、居たといえば、ずっと居たんだけどね。希薄だっただけで』
「酷いじゃないか、アマノ。せっかく私が魔界の門を広げていたというのに。突き放す神力を骨に込めるだなんて……」
『やめてよ、せっかく話せるようになったのに。こうして幻像を保っているだけでも、結構力を使うのよ? 僅かな時間しかないのだから、手短にお願いしてほしいわ』
彼女はうんざりしたようにヒラヒラと手を振った。
ああ、まったく……そうした人のような姿を見たことはなかったけれど……彼女らしい。
「……その姿は? 巫女?」
『お気に入りよ。でも秘密。すぐにわかるわ』
「…………西暦何年?」
『あら、つまらない。かなり時間が経っているはずなのに、そういうところは相変わらずなのね』
なんか文句を言われてしまった。……ああ、懐かしい。以前もよく、こうしていたものだ。
『ああ、ごめんなさいライオネル。本当にこれ、幻像を保つのが辛いわ。少し侮っていたかも』
「また会えるかな」
『あなたなら待ってればいつか会えるでしょ』
「……まあそうだけど。適当だ……」
『そうそう、本題よ。魔道具でしょう? 作るなら、美しく作り上げなさい。いいえ、あなたが美しく作り上げるのは知っているけど、そうする努力は抜かり無くやりなさいってこと。時間に追われていてもよ? いいわね?』
「はいはい……言われなくても、私はそのつもりだよ」
そうしてる間に、巫女姿のアマノの身体は粒子になってほどけはじめた。
何日か、何年か。どれくらいかはわからないが、暫しのお別れとなるのだろう。
「……また会えて嬉しかったよ、アマノ」
『ええ、そうね。あ、次会った時に時間があったら旅行の話、訊かせてちょうだいね。じゃ』
しんみりとお別れしたかったのに、最後の一言がこれである。
土産話か。……ふふん、いいとも。時間があればその時は訊かせてやろうとも。
貴女とは話せなかったことがあまりにも沢山あるのだからね。
「……さて、本人の許可は得たし」
宙に赤い玉と白い玉を浮かべ、魔力を込める。
「夜が明ける前に、速く……そして美しくだ」
創るものは……陰陽玉がいいだろうか。
うむ、そうしよう。
紅白の陰陽玉。これでいってみようじゃないか。