東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

502 / 534
選ばれた博麗の巫女

 

「この陰陽玉は……」

 

 顔を陰陽玉の高さに合わせ、じっと見る。

 ……滑らかな白と、朱。幽かな艶は程よく磨いた石のよう。

 そして感じるのは……魔力。私の目の前にあるこの玉は、私が持ち合わせるどんな魔道具よりもずっと、強大な力を秘めているように見えた。

 

「み、ミマ様、これは……」

 

 隣で玉緒が恐恐と縮こまっている。

 この子は私ほど魔法に詳しくないけれど、得体の知れない力を発している物であることは理解できるのだろう。

 

 ……ああ、いや?

 

 まてよ、この陰陽玉……もしかして。

 

「……まさかこれ。静木の作った魔道具か……?」

「え?」

「静木さんですかい?」

「静木さんの魔道具っていうと……ああ昨日、そうだ、そんな話をしてたなぁ!」

 

 うん……そうだ、そうだった。

 私は昨日、まんまと静木をその気にさせて、それで……作らせようってことになったんだ。魔道具を……。

 でも魔道具って、どういうものだったかしら……。

 

 いや、そもそも昨日の今日よ?

 だってのに、ここに完成品があるってのはおかしな話だ。

 ああけど、物によっては作れるのかもしれないか……それでも、たった一晩でこれほど見事な、曲面ばかりの精巧な品を作れるもの……?

 

「こっちだ、何かあるって」

「うう、飲みすぎたってのに……何があったんだよぉ」

「さあさ、神主様、こっちですぞ」

「ああ、わかっている」

 

 考え込んでいるうちに、野次馬たちに連れられて神主もやってきた。

 神社の中でのことだ。既に彼は博麗神社の主。私は魔道具の専門家でもあるけれど、神主に判断を委ねるのもひとつの筋ってものだろう。

 

「おお、ミマ様。どうした?」

「……よだれ」

「おっと」

 

 口元を指差してやると、神主は乱雑に顔を拭った。

 せっかくの男前が台無しだ。朝くらいしゃきっとしてほしい。

 

「ん? これは……」

「あ、神主様、それに触れると……」

「おうッと」

 

 神主は軽率に陰陽玉に触れようとし、そして弾かれた。

 さっきまで野次馬の一人だった男と同じ。触ることを許されないのか、刺激を無作為に放出しているのか。

 

「……害はなさそうだ」

「で、でもぴりってするって言ってましたよ……?」

「いや、この程度の刺激であれば害とは言えん、どちらかといえば……」

「保護、ってことになるわね」

「うむ」

 

 触れさせないようにする仕掛けとしては、これは随分と穏当な措置だ。

 派手にやろうとすれば、触れたものを一瞬で炎上させるなり、呪うなりといくらでも方法はある。弾かれるだけで済むのには、なんというか仕掛けた者の良心を感じる。

 

 ……良心、で連想したわけではないけれど。

 不意に、紫の顔を思い浮かべてしまった。

 あいつなら、こんな珍妙な魔道具を用意できそうな気もするから。

 

 けど、昨日のこともある。やはり一番あり得るのは……。

 

「ごめん、ちょっと静木を探してみてくれない? 近くにいればだけど」

「ええ、ミマ様。静木さんをですかい」

「まあね。この陰陽玉、静木の作ったものじゃないかと思うからさ」

「静木さんがですか?」

「ええ」

 

 なんとなくだけど……酒を浴びるように飲んだせいで、薄れてはいるけれど、断片的に覚えてはいるんだ。

 

「覚えてない? 昨日、宴でさ。静木が魔道具を作るって言って」

「あー……何か、退魔に使えるとか!」

「増えるとか大きくなるとか?」

「宙に浮かぶとか」

「……酔った勢いに任せて、俺もみんなもあることないこと色々言ってた気がするな」

「ふーうむ……じゃあ静木さんは、一体何を作ったんだろうな?」

 

 皆の目が、一斉に陰陽玉に向けられる。

 そうさね。この玉……これが一体何なのか。それが謎なのよね。

 

「ということは……ミマ様、私の宝玉って、もしかして……この陰陽玉の材料になったのでしょうか……」

「あー……」

 

 玉緒が泣きそうな目をしている。

 ……うん、陰陽玉の朱いところ……この材質は、確かにそうだ……間違いない。

 静木め、あの骸骨野郎。玉緒の断りも無しに、勝手に宝玉を使ったのか。

 

「おーいミマ様ー! 静木さんはいなかったが、こんなものを見つけたぞー!」

「ん、おかえり……それは?」

 

 ほどなくして、男が本殿前に戻ってきた。

 すぐに何かを見つけたようで、その手には大きな紙のようなものが握られている。

 

「はあ、はあ……いや、静木さんはいないけどな。すぐ向こうに、静木さんが書いたような、これがあったから……」

「……ありがとう。見せてちょうだい」

「私にも見せてくれ、ミマ様」

「あ、わ、私も……」

 

 紙はどこで作られたかもわからないほど上質で、地図でも作れそうなほどに大きかった。

 そしてそんな紙には……びっしりと、静木が認めたであろう美麗な文字が躍っている。

 

「……これ、は」

 

 文字を読める私達は、思わず押し黙った。

 それは文章ではない。繋がりのある文言ではなく、単語や短い言葉の箇条書きに過ぎなかった。

 

 だからこそ、少し目を走らせれば意味はすぐに理解できた。

 

 

・巨大化

・縮小化

・自動散歩機能

・高霊力保持者認識機能

・分裂

・浮遊

・収納機能(専用異界)

・退魔

・封印(地獄)

・封印(魔界)

・封印(法界)

・封印(専用異界)

・変身能力(猫)

・変身能力(擬似妖精)

・広域破壊

・香炉(任意)

・不壊

・霊魂の霊力への変換

・霊力の認証

・個人認証

・反射

・代謝促進

・願望の成就(要霊力充填)

 

 

 ……他にもたくさんある。

 どれもまとまりがなく、無闇矢鱈に多く……けれど、そのどれもが、誰かしらの頭の片隅に残っているもの。

 

 昨夜の酒飲みによるバカ話の全てが、この紙の上に書き記されていたのだった。

 

「こりゃあ……」

「思い出したぞ……ああ、こんなこと言ったっけなぁ……」

「すごいな、言った覚えもあれば、聞いた覚えも……全部書き留めたのかい、あのお人は……」

 

 酔っ払いの言葉をただ全て書き記すだけ。

 ただそれだけでも、数は膨大だ。同時に喋ったものもあるだろう。しかし、それらも全て、この紙は網羅している。

 大判の紙を覗き込む村の衆たちは、ここにきてようやく薄ら寒い畏怖を覚えたらしい。

 ……もちろん、私達も。

 

「……ミマ様。あの、これ……上に、仕様書と書いてありますが……」

「ああ……陰陽玉の説明書き、ってわけかね」

「……無理だ。ミマ様、それは無理ではないか? 昨日の今日、いや、昨晩のことであろう」

 

 神主は真面目くさった顔で言う。その通りだ。

 だけどね……予感がするのよ、私は。

 

 私たちは静木の何を知っている?

 奴を、仮面の下に骸骨を隠したあの謎多き老人の、どこからどこまでを知っている?

 

 ……只者ではないことは、気付いていた。

 けど、それには際限があるだろうと踏んでいた。だから昨日は、あいつを盛大に煽ってやったのだ。

 できもしないだろうと思ったから。やれるだけやってやろうと、そんな……ただの小さな悪ふざけだった。

 

 

 ……けど、もし……これが、この仕様書とやらに書かれている無数の項目が、目の前にあるたったひとつのこの陰陽玉によって成し得るのならば。

 それはもう、魔道具なんて言葉では生ぬるい。

 神器と呼ぶに相応しいものじゃあないのだろうか。

 

「……ともかく、検証する必要があるな」

 

 神主もいよいよ、私と同じ考えに思い当たったようだ。

 そう、この仕様書にあるものが全て実現するのであれば、大事だ。私達は確かめなくてはならない。

 

「で、ですが神主様。検証しようにも、この宝玉は触れないのですよね?」

「む……少し、試してみるか」

 

 神主は差し伸べた右手に霊力を込め、再び陰陽玉へと近づけた。

 

 ……が、駄目。

 彼の手は再び不可視の力に弾かれた。

 

 ……今の一瞬、力が少しだけ見えた気がする。

 陰陽玉の中に蓄積した霊力……によるものかしら。それが反発力を出した……のか。まだ詳しく調べないとなんとも言えないけれど。

 

「むむ、それはこいつじゃねえんですかい。“防犯(接触)”ってやつが書いてありますぜ」

「ぬ? むぅ……私は盗人ではないのだがなぁ……」

「神主様が触れないとなると、んじゃあ一体誰がこれに触れるっていうんですかねぇ?」

 

 ……ああ、昨日話していた気がする。

 そうだ、思い出したわ。

 

 

 ――悪用されても困る。神社の者にしか使えないようにするべきでは

 

 ――……一人だけのほうが良さそうだな。便利なものを共用にすると、争いになるやもしれん

 

 ――道理だ。うーむ……となると、巫女とか、そういった者を一人選んで、その人の所有物になる、とか

 

 ――霊力を扱えない者に持たせても不便そうだから、最も霊力の才に長けた者が扱えた方が良いかのぅ

 

 

「巫女にしか扱えない」

「ミマ様?」

「いや、誰が言ったんだかは忘れたんだけどね? 誰かが酒の席で、そんなこと言ってたでしょ。それも訊かれてたんじゃないのかって」

「……あっ、ありました! ここに!」

 

 玉緒が指し示した場所にもそれは書いてあった。

 いくつかの場所に散らばってはいたけれど、なるほど。

 

 霊力に長けた者を選び、巫女とする。陰陽玉を操れるのは一人だけ。

 

「なぁんだい、じゃあこれ、神主様には絶対に操れないってことかい?」

「神主様になったってのに、残念だなぁ」

「おいおい……いや、私は巫女にはなれないからな。構わぬよ……」

「うげえ、巫女になった神主様想像しちまった」

「あっはっはっは」

 

 ……やれやれ。

 危ないもんじゃないってことがわかった途端にこれだ。

 

 ま、馬鹿騒ぎしてるのが村には似合ってるけどさ。

 

「はーやれやれ……だ、そうだぞ。ミマ様」

「ん」

 

 博麗の巫女にしか扱えない陰陽玉、ね。

 ……巫女か。歩き巫女の私が、ついに……地に根ざすわけか。

 

「物騒な文言が色々書いてあるからな。最初は陰陽玉を浮かせるだけにしてくれぬか」

「わかってるって」

 

 言われずとも、わかってるさ、神主。

 

 ああ、私はあんたの良い女にはなれないけれど……これなら、これこそが、私にとってのお似合いってやつだろうさ。

 巫女は神に身を捧げるもの。……色恋とは無縁、それでいい。それで構わない。

 

 今まで、どこにだってはっきりとは属さずにいた。

 私も、神主も。

 だけど今日、それが変わる。

 

 神主は昨日、変わった。名前の通り、本当に神主になった。

 だから今日は私の番だ。

 ただの歩き巫女だった私が……ついに……。

 

 

 

 ――ばちっ

 

 

「……え?」

 

 手に、痛みが走った。

 陰陽玉に伸ばした私の手に。弾かれるような痛みが。

 

「……なんだ?」

「どうした? ミマ様?」

「どうなったんだい、なにか……」

 

 もう一度手を伸ばす。何が起きたのか、わからなかったから。

 

「痛っ……」

 

 でも結果は同じだった。

 不用心に伸ばした私の指先は見えない力に弾かれて、駄目だった。

 陰陽玉に触れることは許されなかった。

 

 ……何故?

 何の機能が働いているの?

 結界? 退魔? 何か……既に仕掛けられている、とか……。

 

「……まさか」

 

 か細い声が隣から聞こえた。

 

 私の一歩後ろで縮こまっていた玉緒が、前に踏み出したのだ。

 

 彼女はそのまま、おそるおそる陰陽玉へと手を差し伸べて……。

 

 

 ――もしかして、そんな

 

 ――やめて!

 

 ――おねがい、やめて!

 

 

 私の心のどこかで、私らしき声が、無意識に叫んでいる。

 

 

「……さわ、れた」

 

 玉緒は手を弾かれること無く、紅白の陰陽玉をその両手に取ってみせた。

 

 周囲から困惑のどよめきと、感嘆の息遣いが聞こえてくる。

 

 

 ――最も霊力の才に長けた者が

 

 ――ひとりだけのほうが良さそうだな

 

 

「玉緒ちゃんが触れたってこたぁつまり……」

「彼女が、博麗神社の巫女……?」

「博麗の巫女っていうことなのかい……?」

 

 陰陽玉を手にした玉緒が、震える手でそれを離した。

 

 陰陽玉は……かつての宝玉と同じように、ふわりと空中に浮かんでいる。

 

「み……ミマ様……私、私……」

「……」

 

 玉緒が手を震わせている。

 縋るような目で私を見ている。

 

 

 ――どうしてあなたが、そんな目で私を見ているの?

 

 

「ミマ様……」

 

 神主が玉緒の隣で、あの子の隣で、気遣うように私を見ている。

 

 選ばれなかった私を。

 

 

 

 ――ここの項目を見てほしいんだけど。霊力のっていうところ

 

 ――おー……

 

 ――これはそのまま実装してもいいってことかな。一応、企画自体はミマの発案だから確認なんだけど

 

 ――“霊力の認証”

 

 ――“個人認証”

 

 ――“高霊力保持者認識機能”

 

 ――いーよぅ……大丈夫……静木ぅ

 

 ――あたしゃね、この村さえ守っていけりゃあねぇ……それだけで充分なのぉ……

 

 

 ――それがミマ、貴女の望みなんだね

 

 ――……素晴らしい

 

 ――やはりミマ、貴女は……――

 

 

 ――魔法使いになるべくして生まれてきた人間なのかもしれないね

 

 

 

「そんな……」

 

 

 私は……いったい、なんだっていうの……?

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。