東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 玉緒にとって、人生とは苦難ばかりのものであった。

 

 彼女は半妖である。半妖とは人と妖との間に生まれた子であり、大抵はどちらからも冷遇される存在である。

 玉緒自身もその出自によって少なからず煽りは受けていたが、彼女に関しては元々の素質が幸いし、半妖の中でも恵まれた部類に入るだろう。

 

 

 

 彼女の生まれはとある寂れた漁村である。

 人と妖怪が情を交わすことは特別珍しいことではない。

 それでも了見の狭い村人は玉緒の両親を迫害し、玉緒本人をも遺棄すべきだと息巻いた。

 

 当時まだ自我の芽生えもなかった彼女に与えられたのは、幸運だった。

 玉緒の生まれた漁村には代々伝わる宝玉があり、玉緒はそれを操る術に長ける子供であると、当時の村の巫女であった女が遺棄を止めたのである。

 それが幼子を儚んだ方便であったのか、事実であったのかはわからない。

 だが玉緒は幸いにも村の一員として生きることを許され、ひとまずは最初の苦難を乗り切った。

 

 しかし彼女の次なる苦難は時を待たずにやってくる。

 彼女を庇護した巫女が、一年後には亡くなったのである。

 巫女は我が子のように玉緒を可愛がり、彼女の世話を受け持っていたのだが、それが急病によって亡くなってしまう。

 巫女もまた、まだわずかに残っていた疱瘡による犠牲者の一人であったのだ。

 

 玉緒が物心つく前に、最も愛してくれた庇護者を失った。

 だが不幸中の幸いと言うべきか、玉緒がそれによって害されることもなかった。

 巫女の力は死して尚も強く、発言力もあったのである。

 

 玉緒が力ある巫女の素質があるという話は死後も影響力を保ったまま、玉緒の扱いをぞんざいにさせることはなかった。

 当時村で疫病が蔓延し始めたこともあり、半妖とはいえまだ健康で幼い女児たる玉緒は蔑ろにされることなく、数年を過ごした。

 

 だが、人は己と異なる存在に対してはどうしても排他的になるものだ。

 村は玉緒を害さなかったが、側頭部から伸びる二本の角はどうしようもなくわかりやすい妖のそれであった。

 玉緒を護る理屈は多くあったが、半妖であるという出自を前にして、極々単純な差別が消えることはない。

 結局彼女は村の巫女候補であると同時に、厄介者としても扱われることになる。

 

 霊力の扱いについて手厚く指導する先代の巫女には恵まれたものの、親や友はなく、孤独な日々。

 裕福とは言えない漁村は日々訪れる外からの災厄に対処するので精一杯で、玉緒を育むことも、護ることもしなかった。

 

 それでも彼女が善き人間として育ったのは、村に仕える代々の巫女たちによる力が大きいだろう。

 漁村に伝わる赤い宝玉には確かな力があり、操る巫女は珍重された。

 妖怪を始めとする災厄は小さな村にとって死活問題だ。それを防ぐための巫女には己の意見を通すだけの権力があり、玉緒は巫女たちの善良な意識によって、細々とではあるが助けられてきたのである。

 

 村が大いなる災厄に飲み込まれるその日まで。

 

 

 

「うそ……そんな……」

 

 燃え上がる緑の炎。

 魂の奥底を震え上がらせる悪寒。

 記憶に刻まれた深い傷が、遠くに見える業火の正体を囁いている。

 

「あれは、退治されたはずじゃ……!」

 

 玉緒はあの日、ミマと共に緑の膿妖怪を撃退したはずであった。

 村を焼いた怨敵である。確かに無力化するまで闘ったし、その後相手が起き上がることもなかったはずだ。

 

 はず、である。玉緒はそれを確かめる術を持たない。

 だが彼女の目には現実として、その時と同じ炎が立ち上っている。

 

「見えるか、玉緒」

「……! 神主様!」

 

 震える玉緒の肩に手を置いたのは、神主であった。

 

「あれはミマ様の火だ」

「え……なぜ、ミマ様……」

「ミマ様は悪霊に呑まれ、変じたという。……私も、聞いた話ではあるがな」

「そんな……そんなこと、嘘です。ミマ様は……」

「ミマ様は死んだ。ミマ様は……一人、ひっそりと……死んだ」

 

 玉緒は膝から崩れ落ちた。

 それでも神主は彼女の肩を抑え、語るのをやめない。

 

「悪霊は払わなければならない。……わかるな、玉緒」

「……ミマ様……いやぁ……私のせいだ、私のせいで……」

「……自分を責めたいか? 玉緒よ」

「私のせいなのです……私が、陰陽玉を、陰陽玉を取ってしまったから……! きっとミマ様は、そのせいで……!」

 

 彼女の足元には無傷の陰陽玉が転がっている。

 

 博麗の巫女たる証、紅白の陰陽玉。

 それは村人の総意によって生み出されたものだが、玉緒は未だその宿命を受け入れてはいない。

 

「お前は間違いなく、紛れもなく巫女だ。玉緒よ」

「違うんです……」

「いいや。私にはわかる。陰陽玉が選んだからではない。私の目から見ても、確かに……陰陽術の才は、玉緒。お前に備わっているものだよ」

「違う……」

「泣くな。それでもお前は、大宿直の巫女か」

 

 神主の言葉に、玉緒がハッと顔を上げる。

 神主はいつになく真面目で、真剣な眼差しで彼女を見ていた。

 

「お前も、そして私も、この村に受け入れられ、村の一部として認められた訳有り者だ。村には恩があるだろう。返したい者が、いるだろう。なあ、玉緒よ」

「……」

 

 玉緒は涙に濡れながら、無言で頷いた。

 

「我々はやらねばならぬ。これまでに支えてくれたものに、返さねばならぬ。努めを果たさなくてはならぬ。それが……仮にも博麗の神主である私と、そして巫女たる玉緒。お前の努めではないのか」

「……はい」

「ならば、すべきことはわかっているな」

「……」

 

 玉緒は立ち上がった。

 立ち上がり、そばに転がる紅白の陰陽玉を浮かせ、胸の前に掻き抱いた。

 

「……ミマ様をお助けしましょう」

「ほう?」

「私には、今ミマ様がどうなっているのか、どうしているのか……生きているのか、死んでいるのかもわかりません。ですが……ですが、私は今まで、ミマ様から返しきれないほど沢山の恩を、それに、様々な温かいものをいただきました。私は……それを返すまで、あの方を諦めることなどできません」

「……ああ、そうさ。その通りだ、玉緒」

 

 緑の火焔。不吉な気配。そして八雲紫が語った、おそらくは真実であろう残酷なそれ。

 ミマは死んだ。だが神主は直に見たわけでも、確かめたわけでもない。

 悪霊化した。妖怪や神の手にも負えないほどに祟られてしまった。裏付けるだけの悪寒は感じるが、全ては聞いた話でしかない。

 

 確かに、諦めるには早い。

 玉緒の強い意志が秘められた目に、神主は勇気づけられた。

 

「共に助けるか、ミマ様を」

「はい!」

「ならば支度だ。博麗の巫女、玉緒よ。村の退治屋総出で、あのお方を救い出そうじゃないか」

「ええ、もちろんです!」

 

 博麗の神主と博麗の巫女。

 二人は村の手練と共に、かつてない規模の災厄へと立ち向かう。

 

 


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