東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 雷撃が迸り、通り過ぎる余波は木の葉を炭化させる。

 妖力を開放した明羅の術はその感電を誘発する妖気だけでも脅威であったが、何よりも厄介なのは明羅自身の速度にあった。

 

「遅いッ!」

「!」

 

 納刀。同時に雷光が閃き、刀が目にも留まらぬ速さで振り抜かれる。

 破裂音と共に抜刀される刃は音にも負けず、それを操れるだけの半妖の腕力も相まって、一太刀で大きな樹木さえ破断できる力が込められていた。

 

 玉緒は防御に回るが、一撃を受け止めようともその余波までは防ぎきれない。

 神速で振るわれる刀が陰陽玉に阻まれ衝突するごとに、刀が纏う雷光は幾条もの蛇となって多方向より襲いかかってくる。

 

「くっ……これほどの力を隠しておったとは」

 

 一太刀でも受ければ戦闘不能は免れない剛の剣術。

 防御を展開しようともすり抜けて襲いかかる細い雷撃。

 玉緒は剣を、神主は雷撃を防ぐので精一杯だった。

 

「どうした、大口を叩いておきながらその程度か。私如きを相手にこの体たらく、それでよくミマ様に立ち向かおうなどと言えたものだな!?」

「きゃ……!?」

 

 高くから振り下ろされた一撃が、玉緒の頭上で受け止められる。

 しかし刀を防ぎ続けながらすり抜けて放射される雷撃をも同時に守ることはできず、玉緒に雷撃が降り注ぐ。

 

「玉緒!」

「くっ……えいっ!」

「!」

 

 しかし傷は浅い。玉緒は陰陽玉と同時に身体の周囲に霊力を巡らせ、即席の鎧として扱っていた。

 相手の攻撃を受けた霊力の渦は自ずと弾け、奔流となって押し寄せる。

 それは明羅の雷撃を相殺して余りあるものであった。

 

「くっ……原始的だが、玉緒。お前の莫大な霊力ならば有用な結界だ……」

 

 明羅は半妖だが、妖としての比重が大きいタイプの個体だ。

 玉緒の清らかに練られた霊力を受けると、自然と力が削がれてゆく。

 刀に雷気を込め直すためにも、一度距離を置かねばならなかった。

 

「なるほど、それが弱点か!」

「!?」

 

 だが彼女にとって必須であるが故に無警戒で行われたその動きは、神主によって一目で看破された。

 神速の抜刀。連撃。付随する雷撃。それぞれが非常に厄介で全く攻めに転ずることができなかったが、つけ入る隙は存在したのだ。

 

「玉緒、妖力を削るぞ! 刀と鞘だ! 私は鞘を狙う!」

「! はいっ!」

「……敵に回すと、なんと厄介な!」

 

 雷を纏った神速の剣技。その妙技の真髄が鉄製の鞘にあることを看破された。

 神主の言う通り、鞘を封じられると明羅は苦境に立たされるだろう。刀単体でも雷を操ることはできるが、抜刀速度も雷撃の照射にも難が出る。

 

 相手は凄腕の退魔師。大宿直村でも指折りの二人組だ。思うように戦いを運ぶのは至難だろう。

 しかし手の内で言うならば、明羅も向こうの手札はわかっている。

 神主はミマと何度も訓練していたし、玉緒の霊術の進捗もほとんどお見通しだ。

 

「やり辛さは認めざるを得ないが、負けはせんさ」

 

 同業者としてやり口はわかっている。

 明羅は鞘に納刀し、腰だめに深く構えた。

 

 神速の居合。二段目の雷撃。

 それを一度に最大の力で吐き出せば、玉緒が身にまとう原始的な結界を破壊できるだけの雷撃を放つことは可能だ。

 神主によって鞘が封じられるのを覚悟でやれば良い。後は刀一本で神主を無力化する。雷を使い果たした直後では苦戦も必死だろうが、玉緒の堅牢極まる守りさえ突き崩すことができれば充分に望みはあった。

 

 

 ――いや、まて。刀で……無力化する?

 

 ――違う。手加減などはしない。

 

 

 明羅は刹那の内に思考を冷徹なものへと切り替え、未だ祈るように霊力を練っている玉緒のもとへと踏み込んだ。

 

 鍛え抜かれた半妖の極限の足運び。目標は目の前。

 最大まで妖力を込めた刀は今にも鞘から弾け出さんと低く唸り声を上げている。

 

「玉緒よ! いざ尋常に――」

「――陰陽玉よ“分裂せよ”」

 

 抜刀。刀が防がれることは織り込み済み。本命はそこから放たれる雷撃だ。

 しかし。

 

 

 ――なんだ、それは

 

 

 玉緒が操る紅白の陰陽玉は、一瞬の内に複数の玉へと分かたれていた。

 その数、四つ。

 一つの陰陽玉は刀の直撃を難なく防御し、残る三つが後方に展開し雷撃を受け止める。

 

 明羅の全力を注いだ技の全てが、玉緒の陰陽玉のみで封じられた。

 

「明羅殿」

「まず――」

「痛むぞ」

 

 一瞬の放心。僅かな戸惑いを縫うように、神主の札が飛来する。

 空を切る一枚目が鞘に取り付いて妖力を絡め取り、二枚目が刀の柄に巻き付いて妖力の伝達を阻害する。

 

 鞘と刀の二つに対する軽度の封印。明羅ならば多少の力を込めるだけですぐに燃やせる程度の札である。

 

「くっ、このっ」

「無駄だ」

 

 だが神主は解除を許さない。飛び上がった空中から絶やすこと無く札を射出し、次々に封印の構成を組み替えてゆく。

 次第に札は鞘と刀を覆い尽くし、堅牢な霊力はやがて持ち主の明羅の手をも弾くほどにまで凝り固まった。

 

「“条縛”!」

「ぐああっ!?」

 

 慌てて肉弾戦に移行しようとするも、やり手の神主にその手は通じない。

 すぐさま結界術によって捕縛され、明羅自身の妖力は完全に封じられた。

 

 勝敗は決した。

 玉緒は新たな陰陽玉を辿々しくもどうにか使いこなし、神主は絶やすこと無く好機を繋ぎ続けた。

 明羅の完敗である。

 

「ハァ、ハァ……」

 

 闘いに区切りがつき、ふと横を見やれば、他の退治人達は黙ってその戦いを見守り続けていた。

 実力差はある。だが彼らは明羅との戦いを恐れているわけではない。

 純粋に、見守っていたのだ。たとえ己の助力が神主たちを助けることになろうとも、横槍を入れてはならぬものだと分かっていたから。

 

「……お前たちは」

「明羅殿……」

「お前たちはどうして……どうしてそんなにも義理堅く……甘く……優しいのに……なんで、ミマ様を……」

 

 明羅は小さな結界の中で身をこわばらせたまま、土に涙を落とす。

 

「ミマ様のことだけは、助けてあげられないのよ……!」

「明羅様……」

 

 いつでも怜悧で、毅然とした男装を貫いてきた明羅。

 そんな彼女が今は弱々しく、年頃の女のような涙を晒したまま、嘆いている。

 見たことのない痛々しい姿を目にして玉緒は同情しかけた。

 

 しかし。

 

「明羅様……私は、それでも。ミマ様のためにも、勤めを果たさなければなりません」

「……勤め。博麗の巫女としてか。ミマ様を、殺すというのが……」

「それは……わかりません。ミマ様を助けられるのか、それとも……」

 

 殺すのか。それは明羅にとって助けるということにはならないのだろう。

 

「だが、どちらにせよそれは我々にしかできんのだ。都の陰陽寮でもなく、大宿直村の退治人たる、我々でなくては」

 

 神主の意志は変わらない。

 むしろこうして明羅と対峙してより深く固まったのか、毅然とした様子で札の枚数を数えていた。

 

「いかにも。神主の言うとおりじゃな。たまにはこやつも良い事を言う」

「ぬ……長老殿、たまにとは……」

「明羅殿。確かに我々は……そうだな。過ちを犯したかもしれん。取り返すことはできないのかもしれん。酷い連中だと思われるのも、当然よな」

 

 年老いた老人は疲れたように笑いつつも、目の奥に潜む鈍い輝きは曇っていなかった。

 

「しかし、それでも我々は続けねばならぬ。何度(あやま)っても、何度悔いても、立ち上がっては正しい方を目指して、進まねばならんのよ。……まだ村に女子供がいる限り。根無し草だった我々に、なけなしの意地と誇りが残っている限りにはな」

 

 都を追われた者。

 外法と罵られ排斥された者。

 半妖であると迫害された者。

 邪悪な妖怪によって故郷そのものを滅ぼされた者。

 人の世の中に嫌気が指した者。

 

 誰もが何らかの理由を抱えて、大宿直村までやってきた。

 だがここにいる者の十人十色であっても、心の善良さだけは確かに共通するものだ。

 

 だから彼らは今夜奮起して、立ち上がったのだ。

 

「人のために働くのだ。救うか、滅ぼすか……いずれにせよ、立ち向かうことこそが我々にできる唯一のこと」

「……」

「それこそが我々の求めていた、我々の力の使い道。我々の本懐だ」

 

 沈黙が降りる中、村長は長い杖を突きながら、再び歩みを再開した。

 

「さあ、征くぞ」

「……ええ」

「ああ、行きましょう」

「うむ、仕事だ」

 

 一人、もう一人と歩みを再開する。

 

 明羅を目の前にしては葛藤や感傷はあるだろう。それでも目的のために歩みを止めないのは、彼らが長年磨き続けてきた強さだった。

 

「……私は」

「明羅様……」

 

 玉緒はそこまで強くはなりきれない。それでも彼女にだって、今この時、何を一番しなければならないのかはわかっている。

 

「私は、いきます。……ミマ様に、お会いしなければ」

 

 玉緒も皆の後を追い、走り去ってゆく。

 残るは明羅と、それを見下ろす神主のみ。

 

「……“解”」

 

 何の光も瞬かなくなった暗い山道で、神主は一度だけ指先を光らせた。

 それは明羅の刀と鞘に絡みついた封印の札を無効化する簡単な術。

 しかし交戦の意志さえあれば、すぐさま身を危険に晒す術でもあった。

 

「昔だったら、絶対にやらなかったことだが。……私も、甘くなったのかもしれんな」

 

 明羅は封印の解かれた武器を目の当たりにしても、顔を伏せたまま動かない。

 神主はそんな彼女の様子を見て小さく息を吐き、玉緒の後を追っていった。

 

 

 

「……ミマ様。ミマ様、私は……」

 

 涙に汚れた顔と、雷光に煤けた刀と、土にまみれた袴。

 

「……清廉な貴女ならば、きっと……立ち向かうのでしょうか。彼らと同じように……」

 

 明羅もまた、のろのろと動き出す。

 おそらくは正しい方角へと。

 


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