東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「玉緒殿、足場はこちらにおまかせを。陰陽玉を操ることに注力してくだされ」

「は、はい!」

 

 海亀の玄爺の背に乗って、玉緒は宙を飛ぶ。

 飛行を他者に任せながらであれば、陰陽玉の操作に集中できる。彼女と玄爺とはまだ深い絆が構築されていなかったが、それでも玉緒は足元の堅い甲羅を信じることにした。

 

「殺すだけ殺し、祓うだけ祓う。博麗よ……貴様らは祟られるべくして祟られる存在だ」

 

 魅魔の周囲を星魔法の青白い輝きが旋回し、明羅の斬り放つ雷撃を相殺する。

 神主の札は死角を狙って迂回するように飛び回るが、好機を狙い定めている内に“魔素の地平面”の収奪効果によって遠隔操作が途絶する。

 

「我らの祟り(総意)を受け止めてみろ!」

「!」

 

 星魔法だけで戦っていた魅魔が、不意を突いて怨念を噴出させる。

 禍々しい力は右掌に凝集され、それは既に明羅の頭上に掲げられていた。

 

「くっ……!」

 

 雷光を帯びた刀は素早く念塊を切り裂いたが、清浄な術でなければ負の飛沫の全てを消し去ることはできない。

 結果として明羅は大きく退いて、空中で体勢を立て直した。

 

「……!」

 

 身に降り注いだ怨念を振り払ってすぐに気付く。

 自分の内から、何か思いがけない感情が湧き出して来ていると。

 驚いた明羅の表情を見て、魅魔はくつくつと笑う。

 

「他者の心に依存する妖魔の類は、怨霊にとって格好の容れ物さ。明羅、アンタは今、己の中に怨霊の欠片を招いてしまった。わかるだろう? 半妖とてその理から逃れることなどできない……」

 

 語る間にも神主の針や陰陽玉が襲い来る。決して楽ではない戦況ではあったが、それでも魅魔は愉快そうに口の端を歪めていた。

 

「怨霊に取り憑かれた妖怪は、その魂を作り換えられ、乗っ取られる! ざまぁないねぇ!? 明羅……このまま続けていれば、アンタは更に魂を変質させるだろう!」

「だから……どうしたッ!」

「うおっと」

 

 先程よりも遥かに強い怒りによって、力強く刃が振るわれる。

 感情に任せた一撃。そしてより強さを増した妖力。それは、僅かな怨霊を浴びたことによって明羅が変質したという確かな証明だった。

 

「そうだとして、私はもう己の役目を見誤ることはない!」

 

 怨霊術を斬る。不吉な飛沫が顔にかかる。

 その都度、明羅の半妖としての魂はより“妖”側へと傾いてゆき、雷光が力を増してゆく。

 

「くッ……」

「私は明羅! ミマ様の侍従!」

 

 本来ならば、それはあり得なかった。

 魂を変質させられた者はかつての自分を見失う。少なくとも、何の迷いもなく一貫した戦闘行動を続けられるはずはない。それが魅魔の中にある常識だ。

 

「この心にどれほどの悪意や害意が植え付けられようとも、それだけは譲らん! それだけは何者にも舵を取らせん!」

「貴様……! うわっ!?」

 

 群れをなす陰陽玉が光を放ち、魅魔の周囲に立ち込めていた怨念を薙ぎ払う。

 

「使い方、わかってきました……!」

「良くやった、玉緒! そして明羅殿!」

 

 その隙を縫うようにして、神主の力を帯びた針が飛来する。

 

「……!」

 

 魅魔はそれを咄嗟に素手で掴んだが、力及ばずすり抜けて、深々と腹に突き刺さった。

 

「ご……フッ……神主、貴様……!」

「“塞”」

 

 神主は無駄口を叩かない。好機があるならば粛々とそれに手を伸ばす。

 かつてのミマとしての人格が多く残っていたならば咄嗟に動きようもあっただろうが、魅魔は致命的な遅れを取った。

 

 突き刺さった針が輝きを増し、白熱は炎となって魅魔を焼く。

 

「グァアアアアッ……!」

 

 怨霊に対して強い封印力を誇る“塞”。霊体の活性化を封じ、無害な状態でその場に押し留める高等術だった。

 

「今だ!」

「玉緒殿! 好機ですぞ!」

「はいっ!」

「魅魔、覚悟!」

 

 陰陽玉の衝突が魅魔の力を大きく消し崩し、明羅の雷刀が霊体化した下半身を切り裂く。

 魅魔は無防備なまま、力を失っていった。拮抗していた戦況は瞬く間に退魔師側へと揺らいだ。

 

「ぐ、アァッ! 調子に、乗るなよ……明羅……!」

「うっ……!?」

 

 しかし、魅魔は自力で腹部を貫く“塞”の針を引き抜いた。

 そればかりか同時に斬りつけていた明羅の細い首を掴み、ぎりぎりと締め上げている。

 攻勢に出た明羅の不覚であった。

 

「明羅さま!」

「半妖ごときが、このあたしに楯突くんじゃないッ!」

 

 魅魔は己の内から無理矢理に怨霊を引き出して、明羅に叩きつけながら放り投げた。

 投げた先は玄爺に乗って飛んでいる玉緒の元。

 

「わわっ……!」

 

 やってきた味方のために、玉緒は咄嗟に彼女を受け止める他なかった。

 そしてそれは魅魔にとって切望していた猶予でもあった。

 

「ハァ、ハァ……効いた……! かなり“削れた”ぞ……私の力……!」

 

 腹部の傷を塞ぎ、斬られた霊体の脚部を修復する。

 今の魅魔は半分以上は霊体だったので、それは封印下になければ一瞬で完了した。

 しかし失われた力はそうはいかない。それを取り戻すためには長い時間が必要になるだろう。少なくとも、この目まぐるしい戦闘中には不可能だ。

 

「明羅様! 大丈夫ですか……!?」

「離せッ!」

「きゃっ!」

 

 しかし、魅魔は咄嗟の反撃で得難い戦果を手に入れた。

 明羅の隙を突いて、彼女に莫大な怨念を浴びせることに成功したのである。

 

「明羅様……!?」

 

 抱きとめた玉緒を煩わしげに振りほどき、明羅が睨みつける。

 その目は先程まで共闘していた明羅とは、ひと目見て異なる“殺意”を湛えていた。

 

「私を助けたつもりか? 博麗の巫女……!」

「え、……いや、そんな……!」

 

 明羅が魅魔に背を向けたまま、玉緒に切っ先を向ける。

 魅魔はその無防備な背に攻撃しようとはしない。彼女はわかっているのだ。今の明羅がどのような状態にあるのかを。

 

「玉緒! 近づいてはならん! 彼女はもう、普通の明羅ではない!」

「私は魅魔様を守る……守るために、斬らねばならん! そう……魅魔、様を……? いいや……いいや! 否! 博麗の巫女! 神主! 貴様らをッ!」

 

 ただの一瞬の攻防。怨霊を込めたただの一撃。

 たったのそれだけで、明羅の心は反転した。

 

 それこそが怨霊の為せる悪意の伝播。総意による魂の冒涜。

 明羅の魂は怨霊に染められ、敵に回ったのだ。

 

「ははは、アハハハハ! そうだ明羅、それでいい! それこそがアンタのあるべき姿だ! アンタは私の手駒として……ッ!」

 

 高笑いしていた魅魔が、立ちくらみにも似た目眩を覚えた。

 そして鋭い頭痛。己の魂に傷がつくような、妖魔にとっては恐ろしい悪寒。

 

「ま、た……あの術に、引っ張られている……?」

 

 自身が身に纏う怨念が引き剥がされる感覚。全てを塗り替える大悪霊としての己さえも削り、表面からこそぎ取ろうとする力。

 

 魅魔が振り向けば、そこには未だ膨張と吸収を続ける“魔素の地平面”が稼働し続けている。

 

「これは……制御、しなければ。あたしに牙を剥くか……? だが、いや……あの術を消すわけにはいかない。あれは守らなくてはいけない術だ。何に変えても守るべき……いや、何故? どうしてそんなことを考える?」

 

 “魔素の地平面”は強力極まりない魔法だ。

 円環は物理的にあらゆるものを切断し、全ての術を魔素と星魔力に変換し続ける……。

 

「……私は何を考えていた?(どうしてこの術を消せない?)

 

 本来ならばすぐに思い当たるべき思考。

 大悪霊であるならばするべき決断。それが無意識の内に阻害されている。

 

これはなんだ?(思い至れない)

 

 自らの内に芽生えた違和感を追うも、それはすぐさま消え失せる。

 

「いや……考えるだけ無駄か(星魔法“極星”)

 

 “魔素の地平面”から供給され続ける星魔力は、魅魔の魂に植え付けられたその“呪い”を永続させる。

 

 星界の書、上級魔法“極星”。

 精神の内に強い輝きを宿す呪いであり、かけられた者の行動をある程度まで誘導できる魔法。

 

この魔法を消す必要はないね(この魔法を消す必要はないね)

 

 それはミマが魅魔となる直前、己にかけた最後の魔法。

 

この術ならあんたらを殺せるんだから(この術ならあたしを殺せるんだから)

 

 

 

 


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