東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 狂化した明羅を味方に従え、より苛烈さを増した魅魔の攻撃。

 洗練された星魔法は空を駆け、地を抉り、神主と玉緒を追い詰めてゆく。

 

「“防げ”! “凝集し”……あれ、思っただけでも動く……!? それなら……!」

 

 しかし玉緒の陰陽玉操作技術は、戦闘の最中に刻一刻と洗練されてゆく。

 元より高性能な魔道具であるこの陰陽玉は、使用者の意思によって自在な操作が可能だ。それに気づけば、あとは玉緒の直感次第。

 

「これは……!?」

 

 始動に言葉を必要としていたはずの陰陽玉が、指示無しで自在に動く。

 その鋭い切り替えは声の予兆に慣れきった魅魔にとって、強烈な不意打ちであった。

 

「いきなり、何……!」

 

 攻撃と防御を杓子定規に繰り返していた陰陽玉が突如として攻防一体の流動的な陣形を取り、魅魔を襲う。

 淡い輝きを放つ陰陽玉の群れを避けることは難しく、魅魔の纏う怨念は瞬く間に削られてゆく。

 

「良いですぞ! そのまま攻撃をしてくだされ!」

「はいっ!」

 

 回避に集中する玄爺と一緒に組めば、難しいことは何もない。

 玉緒は全力で陰陽玉の操作に集中することができた。

 

「おのれ、玉緒!」

「させるか!」

 

 陰陽玉が本領を発揮し始めてからは神主の動きも精彩を取り戻しつつある。

 明羅の斬撃を結界でいなし、場を整えるだけの余力が生まれ始めていた。

 

「好転している……いや、向こうが疲弊している……?」

 

 複数人が入り乱れる目まぐるしい攻防の中で、神主だけは相手方の戦力の歪さに気がつけた。

 一見すると怨霊としての力を全開にして暴れている魅魔だが、その力は時間の経過と共に減退しているように感じたのだ。

 

「力が奪われる……陰陽玉か……!?」

 

 魅魔自身は気づいていない。自身の疲弊に関してはほとんど無自覚で闘い続けている。それが戦局の好転に寄与していた。

 魅魔の疲弊は類稀なる退魔能力を備えた陰陽玉の性能なのか、それとも……。

 

「くっ……魅魔様! 連中、何かおかしいです!」

 

 最初に気付けたのは、目の中に狂気を宿した明羅だった。

 怨霊化によって留まることのない憎悪を噴出させていた彼女ですら感付き、一歩退くほどの異常。

 だというのに、未だ魅魔にはその答えが見えていない。

 

「何を言っている!? ぁあ、私の力が……! 明羅! 早く殺さなければ(止めなければ)! あの連中(魔法)を!」

「おかしいです! 魅魔様、これは……この力の失われようは、明らかに不自然……!?」

 

 怨霊に取り憑かれて変質した明羅は、己を苛む変化に敏感だ。

 魅魔自身は己の魂にかけられた“極星”によって思い至ることを困難にしているが、代わりに明羅が発見できた。

 

「魅魔様! あの魔法です! 魅魔様の魔法によって、怨念が吸い込まれ続けていますッ!」

 

 戦場の中心で魔力を引き込み、回転と膨張を続ける“魔素の地平面”。

 明羅は魅魔が生み出したその魔法こそが弱体化の原因であると看破した。

 

「な……に? それは……何故、くッ……!?」

 

 だが言い当てても尚、魅魔はその結論を飲み込むのにさえ苦痛を伴っていた。

 全ての雑多な魔力を星魔力として排出する“魔素の地平面”は常に魅魔の思考を苛む“極星”を増強し、衰えることがない。

 明らかな異常を見せる魅魔に、明羅や博麗の二人も事態の複雑さに気がついた。

 

 魔力を飲み込み続け成長し続ける“魔素の地平面”。

 破壊の天球儀は既に小山の一帯を微塵にスライスし続け、犠牲となった小動物が垂れ流す魔力によって成長速度は衰える様子もない。

 

「好都合、だが……このままあの魔法を放置しては、とてつもない被害が出るぞ……!」

 

 星魔法“魔素の地平面”。

 周囲に放射される星魔力は副産物でしかない。

 その中心部にあるのは極限まで圧縮を続ける純粋な星魔力の塊。

 凝集される特異点は極小化された魔界への扉であり、より深くへと穿孔し続ける魔力のブラックホールだ。

 

 もしもこの魔法が術者を失うことによって不安定に解除された場合、周囲に及ぼす影響は計り知れないものとなるだろう。

 仮に術者がこの魔法を放置したとしても、訪れる未来は同じだ。

 

 この魔法の崩壊は物質の直接的な崩壊や大爆発を意味しない。

 凝集された魔力が一瞬で拡散することによって引き起こされる災いは、霊的なもの。周辺において全ての霊魂が消し飛ばされ、唐突な死を迎えるのだ。

 一部の物質は星魔力によって魔法金属と化し、それらの膨張や収縮が異音とともに著しく景色を歪め、有り様を変質させる。

 

 最後に残るものは星化によって白、あるいは珪化し、神々しく静止した景色。

 この場所にはその被害状況を類推できる者はいないが、もしもここにこの世で最も偉大な魔法使いがいたとすれば、その範囲は半径一キロメートルに及ぶとの試算を出していただろう。

 

「止めなくてはッ……!」

 

 人的被害などは眼中にない。

 明羅はただ、この術の継続が魅魔を確実に滅ぼし得るという一点において、危険だと判断した。

 刀を手に、術の中心部へと急行する明羅。危機感を持ったのは神主だ。

 

「まずい! 玉緒、明羅殿を止めるぞ!」

「は、はい! しかし、あの術は……!? 魅魔様も……!」

 

 博麗の二人も“魔素の地平面”の危険さにはとっくに気づいている。

 現在、魅魔は頭を抱えて苦悶しており、完全に無力化されている。それが“魔素の地平面”と、他の何かによるものだという推察はある。そういった点において“魔素の地平面”は博麗の二人にとって強い味方だったが、同時に危険な爆弾でもある。

 だが今は、どうにか上手く魅魔の力を奪えている今だけは、好都合だ。

 

「明羅殿を止める! 術の停止や魅魔様は……後だ!」

「……はい!」

 

 幻想的な輝きを放つ天球儀の中で、神主と玉緒は明羅を追った。

 目指すは術の中心部。

 

 暴力的な煌めきに満ちるその場所こそが、決戦の舞台となるだろう。

 

「……っ!」

 

 玉緒は、中心部に近づくにつれて強くなる身を裂くような痛みを、ひたすらに堪えていた。

 

 


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