東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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あの日あの時の残滓

 

 初めての出会いは山の中。

 あいつは茂みに背を預け、熱病に浮かされていたかのような顔で眠りこけていた。

 

 何日も彷徨ったのだろう。身なりは薄汚れていたけれど、上等な生地はその程度のことじゃ気品までほつれさせることはない。

 その男が止ん事無い程度の厄介者だということは、すぐにわかった。

 

『……巫女、か』

 

 あたしを見ての第一声はそれだった。

 警戒心を振りまきながらの言葉だ。友好的なもんじゃあない。

 けど渡りのあたしにとって、一目見て巫女扱いしてくれる奴ってのはそこそこ貴重で、なんというか……そう悪い気はしなかったんだ。

 

『そうだよ。あたしは巫女。歩き巫女のミマ。そういうあんたは、神主さんかい?』

 

 冗談めかして言ってやれば、男は嘲るように笑う。

 これをどう見間違えたら神主になるのかと。そんな笑み。

 だけど男は頷いた。

 

『ああ、そうさ。私は……通りすがりの、ただの神主だとも』

 

 その時のあいつはまだ、無人の神社に住み着くことになるなんてこれっぽっちも思っていなかったに違いない。

 しかし彼は奇しくも、最初に神主と名乗った。やがて村に馴染み、本物の神主となるなど、想像していなかっただろうけど。

 

『神職のモンが行き倒れるなんて、まさに世も末ってやつだね』

『はは……なに、珍しいことでもあるまい……世の中、見えぬところでは幾らでも人が倒れているものさ。貪欲な鼠にたかられてしまえば、数日と経たずに骨しか残らん』

 

 しかし、ひどい顔だった。何がひどいって、もう全部が。

 顔もひどけりゃ言葉もひどい。全く見てられないってのはこのことだ。

 

『ぶえっ……!?』

 

 だからあたしは、奴の顔に水筒の中身をぶっかけてやったのさ。

 そうすりゃ少しはマシになるだろうと思ったからね。

 

『何をするっ……!』

『酷い顔して何言ってんのさ。寝転がって獣に食われたきゃよそへ行きな。嫌なら向こうの小川で顔を濯いで、しゃきっとしてきなよ』

『……』

 

 少し喧嘩っぽく言ってやれば、なるほど。こいつもまだそれなりに怒るという心を失ってはいない。

 神主は自分でも思うところがあったのか、渋々と小川へ歩いて行った。

 

『……冷たいな』

 

 戻ってくると、男の顔つきは幾分まともになっていた。

 少なくともこれからすぐに死ぬようには見えない。

 

『よし。それじゃあ神主、うちの村に来なよ』

『……村。この辺にか』

『人里離れた場所まできたと思ったかい? 甘いね。地図の何も描かれてないど真ん中にこそ、人は隠れ里を作るもんさ。考えることはみな同じってこと』

 

 死に場所でも探していたか、それとも人が嫌いになったのか。

 不思議と私たちの村には、そんな輩がふらりと迷い込んでくる。

 

『あんたの顔見りゃ、まぁ色々と察しちまうけどさ。過去に何があったか、とか。どうしたのか、とか……。けどあたしはさ。人生ってもんはさ……生きてさえいれば、いくらでもやり直しがきくもんだと思うわけよ』

 

 空を見上げる。

 

 そこに輝くのは北極星。

 迷える船乗りが目指す希望の星。

 

『やり直しが、きく……』

『そうよ。済んだことは覆らないとしてもね。人は何度だって……立ち上がって、やり直せるんだ』

 

 半分、自分に言い聞かせているところはある。それでも私は嘘だと思って喋っていない。

 本気の本気さ。こいつはね。

 

『だから、神主。あんたも立ち上がってみなよ。辛い時こそ、星を見上げて……』

 

 

 遠い昔の、若い言葉。

 見知らぬ顔だからと吐き切った、臭い台詞。

 

 けど、その言葉を無かったことにしたいとは思わない。やり取りをもう一度やり直したいとも思わない。

 

『……ははっ……はははっ、あっはっはっ!』

 

 臭い言葉を大笑いされても、ああ。撤回してやろうだなんて、ちっとも思わないのさ。

 

『はー……いや、まさか年下の巫女に、こうも言われてはな。立ち上がらぬわけにも、いかんよな』

 

 だってひとしきり笑った後のあいつの屈託のない笑顔は、とても愛嬌があって。

 

『……ありがとうな、巫女。いいや、ミマ様』

 

 それからずっと忘れられなくなるくらい、素敵なものだったから。

 

 

 

 だから、私は……。

 


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