東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 星魔力によって圧縮された“魔素の地平面”の中心部は、異界化していた。

 

「広い……」

 

 突入時には無かった広大な空間が、そこには広がっている。

 中に踏み入った玉緒と神主は、まず真っ先に空間の異常性に目を奪われた。

 

 空間はどこまでも闇が広がり、遠い外側に円環が無機質な運動を繰り返しているようだった。

 

「……!」

 

 しかし玉緒は外側にばかり目を向けられてはいられなかった。

 身体全てを貫くような痛みが彼女に使命を思い起こさせる。

 

「神主様、あそこ」

「……明羅殿」

 

 指で示す先、空間の中心部にいたのは明羅だった。

 どうにか妖力によって中心に浮かぶ輝かしい球体を傷つけようと目論んでいるようだが、何度剣を振るおうとも球体には一切傷がつかず、むしろ明羅の体力を奪っているように見えた。

 

「はあ、はあっ……! なぜ……!?」

 

 “魔素の地平面”を破壊すれば魅魔を蝕む術は解除される。

 そう思い至っての行動であったが、彼女の剣では術の中核を破損するには至らない。

 

 単純な干渉によって中断できるほど、かの魔法は脆弱ではなかったのである。

 

「やらなきゃ……やらなきゃ、ミマ様を救えないのに……!」

 

 そして中心部に近い明羅を苛むのは、“魔素の地平面”による強烈な吸収効果。

 彼女に纏わる妖力は露出した瞬間に蒸発し、分解されて引きずり込まれてゆく。

 それは明羅の妖怪としての側面を荒々しく削るような、痛みを伴うものであった。

 

「明羅様……」

 

 その痛みは明羅だけではない。

 同じ半妖である玉緒もまた、同じように受け止めている。

 神でも妖でも別け隔てなく力を削ぎ落とす魔法だ。玉緒がその影響から逃れるすべは無い。

 

「ああ、わからない……何も……」

 

 力を引きずり込み続ける中核を背に、魅魔がうなだれている。

 それは手を額にやり、痛みを抑えるように唸っているように見えた。

 

「どうすれば最善なのか……なにが悪手なのか……頭の中に幾つもの瞬きが現れて、邪魔をして……私には何も見えてこない……」

 

 目の奥に輝くのは怨嗟の炎と、それに倍する星の輝き。

 どれだけ炎が強かろうとも、内に秘められた恒星の呪いは決して剥がれることなく彼女にまとわりついている。

 

「けどねぇ……私には、わかるんだよ……神主、玉緒。この魔法を……この“魔素の地平面”さえ発動し続けてしまえば、何も問題はないのさ……!」

 

 魅魔の頭が弾き出した答えは“破滅”。

 術の崩壊によって引き起こされる大規模な破壊こそが最適解であり、怨霊の“総意”であるのだと結論付けた。

 もちろんそこに魅魔の無事は内包されていない。

 

 魅魔を含めた一帯全ての消滅こそが、“極星”によって齎された魅魔の行動指針なのであった。

 

「もはやこの術から逃れる術はない……! 人も、村も、土地も、全て全て、無に還してやる……!」

 

 もはや魅魔の力さえ、さほど多くは残されていない。

 “魔素の地平面”は近くに存在する全ての者から平等に魔力を奪い、暴走を続けている。至近距離にいる魅魔もまた、眼前の邪魔者を積極的に排除することもできない程度には満身創痍なのだった。

 

「魅魔様……しかし……この術を止めなければ……!」

「黙りな。明羅、お前はあたしに従っていれば良いんだよ」

「……!」

 

 “極星”の影響下になく、強烈な怨霊によって冒された明羅だけは打開策を見出していた。

 それは術者たる魅魔によって“魔素の地平面”を解除してもらうことである。彼女さえどうにかすれば、この災厄規模の星魔法はただちに停止するからだ。

 しかし何よりも魅魔自身が介入を許さない。

 魅魔は既に盲目的に“魔素の地平面”の続行を支持しており、解除することは無いからだ。

 明羅は歯がゆかったが、その性質上決して魅魔に逆らうことはできない。

 振り上げかけた剣は、あてどなく宙をさまようばかりであった。

 

「……いかんな」

 

 このままでは全てが破局する。神主は光を集め続ける中心部のエネルギーを見て、直感的にそう悟った。

 どのように力が作用するかは全く想像もできなかったが、中心部の近くにいる人間が弾け飛んで終わり、などという結果には落ち着かないだろう。蓄えられ続けたエネルギーは決して優しいものではないだろう。

 神主はこの力の強大さを経験上、都市ひとつの規模であろうと目算している。

 それをどうにか止めなくてはならないが、答えは容易くはじき出されるものではなかった。

 

 

 

 膠着状態だった。

 

 魅魔と明羅は中心部に陣取り、ただ破滅するその時のために身構えている。

 魅魔は嗤いながら。明羅は己の主君たる魅魔を気遣いながら。

 

 対する博麗側も万全とは程遠い。

 神主は使い捨ての装備をほとんど使い切ってしまった上、玉緒に関しては半妖としての力を吸い取られ、大いに疲弊している。足元の玄爺がいなければ、空を飛んでの戦闘さえ厳しかっただろう。

 

「諦めなよ……ふたりとも」

 

 魅魔が小さく零す。

 

「この天球儀は全てを飲み込み、最後には遠い遠い場所さえも消し飛ばしてしまう。あんたらの村も、神社も……全てが消えるのさ。面白いだろう?」

 

 “面白いはずがない”。

 玉緒が叫びかけたが、力が沸かない。

 いよいよもって、玉緒の限界は底が見えていた。

 

「大丈夫か、玉緒。……そうか、半妖にも作用するわけか……!」

「は、はい……ですが、このままではいけません。このままでは……大宿直村が、いえ、もしかするともっと遠くの方までもが、あの術によって消し飛ばされてしまいます……私が、私達が止めなくては」

 

 玉緒の眼は使命感に燃えている。

 しかし打開策はない。あるのは引き寄せたい未来の漠然とした姿ばかり。

 

「ミマ様を、明羅様を救い……村を守り……あの術を止め……そんなことができれば……!」

 

 それは、こなし得る最大の戦果。

 同時に、決して成就されることのない身の丈に合わない願望でもある。

 

「私に、もっと力があれば……」

 

 未来は変わっていたのかもしれない。

 その一言を言う前に、神主はハッと顔を上げた。

 

「……それだ」

「……え?」

「玉緒よ、それだ。“もっと力があれば”。それを、お前の陰陽玉によって発現させるのだ」

 

 玉緒は紅白の陰陽玉を抱きかかえたまま、硬直する。

 

「我ら村の衆は、ない頭を捻って無数の“機能”をそいつに持たせた。ならば……あるはずだぞ。現状を打開するための、そいつの“機能”が!」

「……!」

 

 脳裏にいくつかの文言が想起される。

 どうにかして使い方を修得しようと躍起になっていた時に読み込んだ“説明書”。そこに記された、都合の良い力。

 

 

 

 ・封印(地獄)

 

 ・願望の成就(要霊力充填)

 

 

 

「あります……! あります! どうにかする力が! あの術を、いえ、術者である魅魔様を、ここではない別の空間に封印できれば! きっとあの魔法は止まります! あるいは、願望を成就させる力によって、魅魔様を元通りにすることも……!」

 

 その言葉に、神主は口元をニヤリと歪める。

 

「……見えたぞ、希望が」

 

 


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