東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 大悪霊との戦いは一晩のうちに終結したが、多くの退魔師が大宿直村に戻ることはなかった。

 人々がその凄惨な結末を知ったのは、何日も後のことになる。

 

「……なんてことだ」

「何も残っちゃいない……」

 

 山間のそこに木々も生物も無い、ただただ虚無だけが広まる空間。

 それを見て、村に残されていた人々は帰らなかった退魔師達の死を悟った。

 もちろん、中には生き残っているかもしれない退魔師を探そうと呼びかける人もいる。

 だがそれが戻ることはなかった。

 決戦に赴いた退魔師の全てが、使命を果たしてしまったが故に。

 

 村に残されたのは女子供、老人、退魔に通じない者ばかり。

 

 今ある畑を残す程度は造作もないだろう。

 次代のために子を繋ぐことも、できなくはない。

 それでも大宿直村という妖怪に囲まれた環境にあっては、それも何年続くかはわからない。

 守護者たる神主やかつてのミマを失ったこの村の損失は、計り知れないほどであろう。

 

「……神主さん……くそっ、玉緒さんまで……」

 

 だが、あるいは、この村の退魔の知恵は残されている。

 神主が幼き命之助と共に遺した妖怪に関する記述が、人が生きるための知恵が、まだ途絶えること無く生きているからだ。

 

 頼れる大人の多くが消えた。

 親に近い者が、友人が、家族同然の者たちが一斉に骸も残さず消え去った。

 

 弱音を吐くものは大勢いる。老人は悲観し、女は村を出ることさえ考える。

 

「いいや、平気さ……まだ、この村が負けたりはしない……!」

 

 それでも間近で退魔師たちを見てきた若き魂は、屈しない。

 村が元の形に戻るまでどれほどかかろうと、彼らは決して諦めることはないだろう。

 大宿直村に住む若者たちは、誰よりも人間らしく生を望んでいた。

 

 

 

「……ミマ」

 

 荒れ地に残されたのは一冊の書物。

 他にも何も残されていない。

 

「“星界の書”……貴女が大切に守っていたこれを、土の上に放り出すだなんてね」

 

 八雲紫は窪地で野ざらしにされていた一冊の書物を手に取り、その表面の土を払った。

 書物の表紙は新品同然に綺麗なままだったが、その中ほどに差し込まれていた栞には汚れが付着している。

 紫はそれに気がつくと、静かに栞を抜き取った。

 

「……馬鹿ね」

 

 栞には黒ずんだ膿によって、指先で描かれたであろう歪な文字が刻まれている。

 

 “ゆかり たのんだよ”、と。

 

「私が貴女にできることなんて、もう何も残っていないというのに」

 

 紫は涙を流さない。ミマに対してはそれなり以上の愛着もあったし思い入れもあったが、それでも強い感傷に振り回されるほどの弱い情緒を持ち合わせていなかったからだ。

 それでも悲しみに浸る気持ちは嘘ではなかったし、涙を流せない己に対して薄情だと自罰する気持ちも沸いてはいた。

 

 しかし問題は、手元にあるこの書物であろう。

 

「……ええ、わかったわ。力になれなかった分、貴女の遺志を酌みましょう」

 

 元より、紫は大宿直村を人間サイドから支援していた妖怪だ。

 パワーバランスを崩さぬよう他の妖怪陣営を牽制し、勢力を調整し続けていた。

 これから厳しくなるであろう人間の村を密かに支えてやるのも予定のうちである。当然、この書物の管理もだ。

 

「しかし……パワーバランスとはいえ。“あれ”は本当に、どうしたものかしらねぇ……」

 

 紫がため息交じりに見つめるその先。

 荒れ地の片隅には、傷一つ無い紅白の陰陽玉が不気味に転がっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふう……全知全能というのも退屈にすぎるものだな……」

「何言ってるんですか? ライオネル」

 

 私がロッキングチェアに揺られながら地球儀を片手で弄んでいると、暇そうにしていた神綺が構ってくれた。

 うむうむ。私の話したいオーラを感じ取ってくれたようだ。

 

「いやね。最近の私はどうにも……人の心を容易く見透かしてしまうようでね」

「はあ……そうなんですか?」

「そうだとも。みなまで言わずとも人の心や願望が読めてしまうと言うべきか……わかるだろうか。わかっちゃうんだなこれが」

 

 地球儀をくるくる回し、指先でビシっと止める。

 私が指し示したそこは、日本の大宿直村があった地点から東に六百キロメートルほどずれた海であった。

 

「そういえばライオネル、外から帰ってきてからずっと機嫌良さそうにしてましたもんねえ。ずっとクイズの問題を作ってましたけど」

「ああ、まあそれはね、うん。そうだね、土産話の一つもするべきだったね……ごめんよ」

「もう……本当に心が読めてるんです?」

 

 神綺は小さく頬を膨らませてむくれている。

 ああ、怒らないで。ごめんごめん。

 

「まあ、うむ。私は今までとんと、人の心がわからないというか、ちょっとしたズレを感じてきたんだけどね……今回ばかりは本当に、上手くいったと思っているんだよ」

「はあ……なんでしたっけ。魔族狩りの一族でしたっけ?」

「そうそう、そんな感じ。彼らの暮らす大宿直村って集落にお邪魔して過ごしていたんだけど……いや、今回は自他共に認めるレベルで完璧だったよ。地域に溶け込むっていうのは、まさしくああいうのを言うんだろうな……」

「ライオネルもそういうの上手くできるようになったんですね!」

「ンフフ……神綺さんや。人間は日々進歩してるのだよ。当然、この私もね」

 

 大宿直村の人々は勤勉であった。

 それぞれが人間としての模範的な暮らしをしていながら、魔法使いの素質を備えている。

 魔に関わる存在を排斥することなく許容し、可能であれば取り入れようとするその姿勢。実に勤勉であり、貪欲だ。

 それは村総出で魔道具を欲するほど。ちょっとお祭りの空気に当てられ、悪ノリしているところもあったけれど……あれぞまさに理想的な土地だと言えよう。

 

 私もついつい本気を出して魔道具……陰陽玉を作ってしまったが、村人のニーズに文字通り最大限応えた品だ。間違いなく気に入られていることだろうし、あれは今大宿直村を守る道具として受け継がれてゆくことだろう。

 

「うーむ……クイズの調整はまだ残っているが、早くも村の様子が気になってしまったな……」

 

 今頃、村ではどうしているだろう。

 陰陽玉の解析でもしてるかな? それぞれの部品や式の解読に着手していたりとか?

 

 フフフ……どちらにせよ私の隠されていた技巧を目にして驚いていることに間違いはなかろうが……。

 

「今回は随分と早いんですね? 気になったなら見に行けば良いんじゃないですか?」

「うむ……うむ! そうだね、ここでウズウズしているくらいなら、見に行ってしまったほうが良いか!」

 

 しかしちょっとミステリアスに立ち去っておきながらヌルリと現れるのもちょっと格好悪いし、こっそり外から伺うことにしてみよう。

 

「じゃあまた行ってくる! すぐ戻ってくるよ!」

「はーい、いってらっしゃーい」

 

 そうして私は神綺に手を振り、再び大宿直村への扉を開いたのであった。

 

 

 

 いきなり村の中央に降り立ってはあれなので、村の外側。ひとまず山の方に降り立つとしよう。そこから遠目に見れば少しはわかるだろう。

 

 さーて村の様子はどんな……おっと?

 

「うん? いつぞや境内で出会った摩多羅隠岐奈(またらおきな)じゃないか」

 

 私が上機嫌にポーズを決めながら山肌に着地すると、そこには見知った顔がいた。

 摩多羅隠岐奈。大宿直村を見守る神族の一人であり、フレンドリーな神様だ。

 

 彼女は何故か草木が一本も生えてない山間部に佇み、これまた何故か格闘技っぽい軽妙なフットワークを刻んでいる最中だった。

 

「やあ静木……久しぶりねえ……」

「うむ、ちょっとぶり。あれ? この辺りは一体どうしたんだい。随分と荒れ果てているようだけども。魔力の環境も随分と乱れているし、何があったのか……」

 

 訊ねてみると、隠岐奈はフットワークを刻んだまま、どこか陰のある笑みをこちらに向けてきた。

 

「よーーーく聞いてくれた、静木。うむ、これはな。まあ先に言ってしまうとね、結果としては誰も悪くはないのだがね。それでもあえて言わせてもらうとするのであれば、あんたが作った陰陽玉によってなんやかんやあって村中の退魔師のほぼ全員が死んじゃった現場なわけなんだがね」

「……えっ?」

 

 思わず荒れ地を見る。

 均質に耕された土。漂う濃厚な星魔力。僅かに空中に残る穢れの切れ端。

 

「誰が十分の十悪いってことはないし、私自身としても十分の十も人間に肩入れしているわけじゃあないんだが……こうして私達が何十年も何百年も綿密に整え続けてきたパワーバランスを一夜で壊した始点は間違いなく静木。お前なわけだ」

「え……えっえっ、えええ……」

 

 私が陰陽玉を作って……なんやかんやあって村の退魔師が全員死ぬ?

 いやいや、いや……いやいやいやそんなまさか……。

 

「た、確かにこの辺りからは凄まじい死臭もするけども……」

 

 大規模な魔法の痕跡。霊力の片鱗。

 た、確かにここだけ見ると、う、うむ。そんな気配も、なくはない……が……。

 

「そ……そうは、ならんやろ……?」

「なっとる! やろがい!」

「ギャァアアアアア!?」

 

 私は隠岐奈の超高速足払いを受け、空中で華麗に三回転を決めた後、柔らかな土に頭が突き刺さったのであった。

 

 

 


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