東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 全生命が、生きることの喜びを祝して、盛大な祭りを催していた。

 恐竜他様々な生物による、唯一神アマノを崇める祭りである。

 

 祭りは六十年に一度行われ、開催中は全ての生けとし生ける者がアマノの方角を向いて、各々好き勝手に歌うのだ。

 

 祭りの参加者は、恐竜だけではない。

 陸上生物は虫を含めた全てが声や音を張り上げ、海の中でさえも、魚竜や魚類が甲高い鳴き声を響かせている。

 

 歌とはいうが、メロディも何もあったものではない。

 辛うじてタイミングが合っているだけの、ただの咆哮だ。

 実際のところこれは、ただ喧しいだけである。まるでアマノに向けた、全世界からのストライキのようである。軽く怖い。

 この騒音が三日も続くのだから、なかなか気が滅入るものだ。

 

「もうこんな時期になったのか」

『早いものよね』

 

 六十年。まるまる還暦一個分。

 しかしそれも、私達にとっては短い時間の中の一区切りでしかない。

 今でこそ私はこうして気長になっているが、二十万年程度で音を上げそうになっていた時期があったのだから、やはり人とは、変わるものである。

 

 

 

『……そういえばライオネル。あなたは近頃、月に行ったり来たりで知らなかったと思うけど』

「うん?」

『三年くらい前から、皆の様子がなんだか、おかしいのよね』

「おかしい……? 具体的には、どういう感じなんだ」

 

 アマノは世界全体に響く不思議な声で“うーん”と唸った。

 

『なんだか……たまに、自分自身を捧げにやってくる子がいるのよ』

「……自分自身を?」

 

 なんだか話が穏やかじゃないなぁ。

 

『私も考えが全て読み取れるわけじゃないから、合ってるかどうかわからないんだけど……そういう子たちはみんな、永遠だとか、捧げるだとか、そんな事を言って、私の真下で自分から横たわっていくのよね』

「ああ……」

 

 永遠。捧げる。それって多分、アマノに自らの骨を捧げることで、永遠の象徴でもあるアマノと一体になりたい……と考えているんじゃないだろうか。

 これまで恐竜たちはすすんで骨をアマノのもとへ運んでいたが……まさか、生きていながらにして、アマノに身を捧げる奴が現れるとは……。

 

『ねえライオネル。こういう時、私ってどうしたらいいのかしら。彼らは死にたい。でも私は、彼らに生きてて欲しい。長い間、ずっとこうして、彼らと共に生きてきたけど……こんなに悩んだのって、初めてなのよ』

「……そうかぁ、確かに、難しいなぁ」

 

 いつも何事にもどこ吹く風と、脳天気なアマノが、珍しく悩んでいる。

 

 私は、“本人が望んでるなら食料として肉を分け与えてから骨を貰えば?”と即答しかけたが、深刻そうに考えている彼女と一緒に、真面目に考える事にした。

 

 といっても、私だって恐竜の気持ちがわかるわけではない。

 恐竜が“アマノと一体になれば永遠に生きられる”と勘違いしているなら、ただちにやめろと言って止めるべきだ。

 しかし、恐竜が“死んで骨となってもいいから、アマノの一部となりたい”と、自らの死を理解した上で自らを捧げているのなら、それを無理に止めるのは……正直、したくない。

 つまり、恐竜がしっかり理解した上で自分の死を選択するのなら、構わない。死ねばよろしい。私はそう思っている。……これはあくまで、私の考えだけども。

 

 だが恐竜は、何をどこまで考えているのか、正直よくわからん。

 一度認めると、他の恐竜たちが“俺も俺も”と続々自らを捧げにきそうである……それはちょっと困る話だ。

 

「アマノとしては、恐竜にはなるべく生きていてほしいんだよね?」

『もちろんよ。天寿を全うした上で、眠るように逝ってほしい。私の袂で、自ら命を終わらせるだなんて……そんなの、見たくないわ』

「だよなぁ」

 

 アマノにとって、恐竜とは子供のようなもの。

 生まれから育ち、老いから死までの全てを見守る、まさしく神らしい神だ。

 

 彼女が、もっと神らしければ。

 生贄を受け入れるほどの厳格な神であれば、悩む必要はなかっただろう。

 

 けどアマノは、神らしい神であっても、その母性は人間に近い。

 子供の死をすすんで受け入れるほどの神らしさを、彼女は備えていなかったのだ。

 

 

「うーん……」

『ねえライオネル、どうすればいいと思う?』

「……私は……」

 

 仕方ない、生贄としてもらっちゃえ。

 いいや、アマノがしっかり拒絶すれば大丈夫だよ。

 

 ……どっちの答えもしっくりくる。

 悩みどころだ。

 

「あっ」

『え?』

「そうだ、ならせっかくだし、私の研究材……実験体として使わせてもらうっていうのはどうだろう?」

『今なんか言いかけたわね』

「実験体は丁度欲しかったところだし、骨は後でアマノに捧げればいいし、これって一石二鳥じゃないかな?」

『……まぁ、確かに、そうねぇ……』

 

 アマノは無為に殺すことには、強い抵抗を持っている。

 けど、私の実験や研究による殺生に関しては、不思議なことに、肉を食らうための捕食ほどの抵抗も持っていないらしい。

 

『確かに、名案かも。お願いできるかしら』

 

 人造ドラゴンの成功が、アマノにとってプラスのイメージをもたらしているのだろうか。

 

 ともあれ、私はアマノからお墨付きをもらい、ようやっと気兼ねなくジュラ紀の恐竜たちを解剖できるようになったのだった。

 まぁ、やろうと思えばいつでもできたんだけどね。

 

 


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