東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 面接会場はパンデモニウムの一等地に存在する。

 一等地といっても入りづらいなんてことはなく、(表立った)争いの無い平和な土地だ。重要な施設が犇めく場所なので喧嘩は御法度。パンデモニウムの外から来る人の用事の大半もここで済ませることができるので、必然的に賑わう地区だ。

 

 クイズの企画を行ったのは“パンデモニウム振興会”とかいう組織である。

 名前からして二面性のありそうな胡散臭さが全開なのだが、組織の歴史はそこそこ長く、活動内容もパンデモニウムでの暮らしをより良くするためのものが多い。悪魔の良心と言っても良いだろう。

 何かと裏を読んだり裏をかいたり裏切ったりの多い悪魔達が、個々の取り決めを面倒臭がって一つの組織として行動指針を定める。組織が発足した当初の理念はそのようなものであった。今はどうなのかは私も詳しくはない。

 

 パンデモニウム振興会による面接は、組織が所有する大きなホールで行われている。というより、今回のクイズ大会の準備が全てそこで行われている。

 既に建物の周囲には大勢の悪魔やら魔人でごった返しており、ともすれば既に面接の人数上限に達しているのではないかと危惧するほどの盛況ぶりだ。

 

 出遅れて“いやもう終わってるんで”と言われたら大変だ。

 早く中に入って面接を受けてしまおう。

 

 まぁ、私くらいの魔法使いともなれば顔パス余裕かもしれないがね。

 

「ちょっと、そこの骸骨のお方」

「うん?」

 

 ホールに入ろうとしたら早速入り口で呼び止められた。

 そうです私がライオネル・ブラックモアです。

 

「中へ入る場合は要件をお聞かせください。関係者の場合はこちらのタブレットの提示を」

 

 折り目正しい服を着込んだ真面目そうな悪魔は、その手にカードサイズの宝石板を持っていた。

 もちろん私はそんなものを持っていない。現時点ではバリバリの無関係者である。

 

「えー……クイズ大会の出題者として面接を受けに来たのですが……」

 

 ついつい口調も丁寧になってしまう。

 

「ああ、出題者の面接ですね。でしたら……」

 

 差し出されるのは関係者用のタブレット……ではなく、何も持っていない方の手。

 

「受験料を徴収させていただきます」

 

 悪魔の開催するテストだ。

 商売上手な彼らが有象無象をふるいにかけるにあたって、金を要求するのは極々自然なことであろう。

 

 

 

 支払いは無事に終わった。

 魔都では既に地上の通貨も利用できるので、支払いそのものは融通がきくので楽だ。

 “こんな古臭いマイナー貨幣を渡されてもな……”とちょっと渋い顔はされたものの、無事にパスである。……ただ、これが終わったら金庫の中身をちょっと整理する必要があるかもしれぬ。

 

「あちらが出題者の面接室になります。今の時間は人も少ないので、すぐに番がきますよ」

「ありがとうございます」

 

 広々とした廊下は、多くの悪魔と魔人が行き交っている。

 大量の資材を抱えてあちこち動き回る彼らもまた、クイズ大会を構成するにあたって欠かせない大事な要素だ。頑張っておくれよ。

 

「次の方どうぞ。中でお待ち下さい」

「あ、はい」

 

 なんてことを考えている間にすぐ呼ばれてしまった。

 話が早いのは助かるね。

 

 

 

 扉を開けると、中では既に一人の悪魔が面接を受けているようだった。

 とはいえ日本のように無駄に圧力が強い絵面ではない。暗い色調の書斎で高級そうなローテーブルを挟んでの、談話に近い格好である。

 革張りのソファには面接を受けているらしい男と、向かい側に三人の悪魔が座って話を聞いている。あの三人が面接官なのだろうが、彼らのうち二人は慌ただしく手元の書類とにらめっこしているので、合間合間に作業でもしているのだろうか。

 私は部屋の隅に置かれた待機用のチェアに腰を下ろし、彼らの様子を見守ることにした。

 

「……ふうむ、魔法陣の問題か。抜けている部分を埋める形式と。なるほど」

 

 応対しているのは赤っぽい肌の悪魔だ。

 手元にあるのは提出された問題であろう。それをじっと見つめ、口に手を当てながらふむふむと唸っている。

 

「ええ、力作ですとも。もう一つのほうが魔法陣で用いられる記号と不適格な記号を選り分ける問題です」

「……降臨術研究会の出身、という話だったかな」

「二百年になります。小型化の論文もこちらに……」

「ああそちらは結構。有名だからな、見るまでもないよ」

「ふふ、光栄ですな」

 

 ああ、履歴書の経歴を根掘り葉掘り聞かれるやつか……いや、でも面接官はそうでもないように見えるな。

 

「良い魔法陣だ。ぱっと見た限りではなかなか問題の要旨に気付けず見逃してしまいそうになるところもな。……ふむ、では提出してもらったこの二問を含め、あと八問でよろしくお願いしたい」

「おお! おまかせあれ!」

「後の手続きは向かいの部屋でよろしく頼むよ。タブレットもそこで受け取ってくれ」

「親切にどうも」

 

 そんなこんなで面接は終了したらしい。

 最初から見ていたわけではないが、多分かなり早かったんじゃないかと思う。

 面接を受けていた悪魔はニシシと無駄に腹黒そうな笑みを浮かべながら退出していった。

 

「次。そこの骸骨」

 

 そして次は私の番である。ただの骸骨ではないことを見せつけてやらねばなるまい。

 私は極々自然にソファーに座り、三人の悪魔と向き合った。

 とはいえ、こちらを見ているのはほぼ真ん中にいる赤肌の悪魔だけなのだが。

 

 彼は常に片手で口を覆い、細目で私を観察している。値踏みする様子を隠そうともしていない。

 

「まず名前から聞かせてもらおうか」

「はい、私の名前はライオネル・ブラックモアです」

「フッ……」

 

 口元が手で隠れて見えないけど、間違いなく笑われたな今の。

 両隣の悪魔も書類で隠して“フフッ”と小さく笑っている。

 まず間違いなく私の名前を知っているのだろう。……まぁ、随筆家として有名だからね。有名人の騙りっぽく聞こえたのかもしれない。

 

 しかし、君達の目の前にいるこの骸骨はただの骸骨ではない。

 私は正真正銘本物のライオネル・ブラックモアなのだ。しかし随筆家ではないぞ。魔法使いだ。

 

「では、ライオネル・ブラックモア。いくつか質問をさせてもらうが、いいかね」

「どうぞどうぞ」

「うむ。では自身が保有する魔法知識と魔法の技量についてどの程度のものか、経歴でもなんでも構わない。簡潔に教えてもらおうか」

 

 私の保有する魔法技能を簡潔に、か。

 

「私は魔法のことなら誰にも負けない自信があります」

「……なるほど」

「最近は地上で魔法を教え広める活動をしていました」

「…………なるほどなるほど。具体的にはどのような?」

 

 あっ、いや……これは……うーん。

 

「ああそれは……今回のはちょっと失敗したので。特に成果は無かったのですが」

「……なるほど」

 

 相槌が“なるほど”ばっかりだし口元見えないから確かなことはわからないけど、なんとなく呆れられてそうな気がする。

 これはまずいのではないか。

 

「では魔法を使えるようになってからどれほど経つか、教えてもらえるかな」

「だいたい五億年です」

「なるほど」

 

 最初は“フッ”って笑ってくれたのにもう何も笑う気配が無い。

 これは良い傾向なのか悪い傾向なのか。

 

「次に……そうだな。ああ、問題は持ってきたかな。あればそれを見せてもらいたい」

「はい」

 

 よしこれを待っていた。

 私は手持ちのアタッシュケースから数十枚の書類を取り出して、赤肌の面接官の前に置いた。

 面接官は口元は手で隠したまま、もう片方の手で器用に書類をめくり、中身をゆっくりと確認している。

 

 私が作り上げた問題には問題文がない。

 簡単なIQテストのように、問に一つの図を示し、答えとして複数ある図から正解の選択肢を選ぶものとなっている。

 用意したのは三十問。各種様々なジャンルの魔法知識を必要とする簡単な選択問題だ。ただし選択問題の宿命として、適当に答えてもいくつかは正解する。

 

「……なるほど」

 

 悪魔は書類を読み終えると、少し考え込むように沈黙した。しかしそれも僅かな間のこと。

 

「おい、緑のタブレットを渡せ」

「え? ……あ、はい」

 

 彼は隣で書類作業をしている悪魔に指示を出した。

 作業を中断された悪魔は幾分面食らった様子だったが、傍らの木箱からごそごそと何かを物色すると、それをローテーブルに置いた。

 

 緑色の半透明な宝石版。その内部には緻密で鮮やかな式が刻まれている。

 

「受け取れ。ライオネル・ブラックモア」

「あ、はい」

 

 どうやら関係者用の札を貰えたようだ。ということは面接合格か。よしよし。

 

 

「ところで、大会までの間は何か予定は入っているかね」

「うん? いえ、特には」

「なるほど。では明日、同じ時間にこの部屋に来てもらおう。詳しい話はそこで」

 

 赤肌の悪魔は私の後ろにちらりと目線をやった。

 振り向いてみると、書斎の部屋の隅には二人ほどの悪魔が待っているようだった。各々優雅そうにラウンドテーブルでお茶なんぞを啜っているが、こちらの様子を意識している気配は感じられる。

 

 ……後がつかえているから、話は明日ということか。ふむふむ。

 

 よし、面接も終わりだ。しかし面接は話終わってからもまだ続いている。退出するまで神経を張っておかなくては……。

 

「失礼しました」

 

 私は出口の前で振り返り、頭を下げた。

 これで完璧だ。

 

 と思ったが、赤肌の悪魔はため息をついていた。

 

「……態度は普通で構わんよ」

 

 どうやら日本式の面接ムーブはお気に召さなかったらしい。

 

 うむ。全部やりきっておいてなんだけど、実は私もそう思う。日本の面接のやり方っておかしいよね。

 

 


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