東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 作問は完了した。

 問題集における様々な問題点、地方ルールを排して比較的公正・公平な基準で得点設定もできた。

 会場設営も滞り……は色々とあったのだがそこは赤肌を含む振興会の豪腕によって速やかに解決され、問題は残っていない。魔都に存在するいくつかの機関や寄り合いが消滅したようだが些細な出来事である。

 ……いや、別に私は何もやっていないのだ。全て赤肌とその他の振興会メンバーがやったのだ。振興会とは一体……。

 

「なるほど、客入りも悪くない。これで一安心だ」

「間に合って良かったよ」

 

 今、私と赤肌は振興会の正門から少し外れた場所で座っていた。

 長いテーブルについて横並びになっているが、別に私達は受付でもなんでもない。飲み物をしばきながら入場者を観察しているだけの存在意義がよくわからないスタッフである。

 一応、入場者で怪しい奴を見つけたら摘発するという取ってつけたような理由もあるにはあるが、私から見て悪魔は全員怪しい連中にしか見えないし有名人とかも全くわからないので完全無欠にお茶をしばいているだけである。ちなみに隣の赤肌はまたビールを飲んでいた。

 

「会場は広い。案内役も無数に配置されている。我々の役目といえば後は、筆記試験を終えた後の採点になるか」

「実技試験も数日の期間があるから、それでも忙しくはなさそうだ」

「うむ。術による自動採点もあるからな。五日もあれば十分だろう」

 

 そう、筆記試験の後には実技試験が待っているのだ。

 だがこの実技試験に関しては、不思議と私も赤肌もあまり興味をもっていない。

 私としては魔法知識の確認だけで十分に見たいものが見れるし、赤肌もおそらく同じように考えているのだろう。試験を蔑ろにしているわけではないが、扱いの差は大きかった。

 

「おや」

「……」

 

 そうしてお茶の香りを楽しんでいると、見知った顔が通りかかった。

 彼女は私に気がつくと、さしていた日傘を畳んでこちらに歩いてきた。

 ブックシェルフのねぼすけ魔族、幽香である。

 

「良いご身分ね。受付?」

「いいや。受付は向こうだね。なかなか良いクイズができたから、今日は楽しんでいっておくれ」

「理論は詳しくないのだけどね」

 

 あれま、そうだったか。

 まあ実践派だとそういうこともあるのかもしれぬ。けど、問題に向き合ってみれば自ずと理解できるものも多いはずだ。そんな発見と出会うのも、このクイズの醍醐味だと私は思っている。

 

「そんなことよりも、景品。良いものは用意できた?」

「もちろんだとも」

 

 幽香の問いかけはむしろこちらから待っていたようなものである。

 私はローブの袖から一枚の栞を取り出し、それを見せた。

 赤銅色に鈍く光る魔法の栞。そこには強い魔力が込められ、ひとつの魔法理論を封じ込めている。

 

「力がほしければ、上位に入賞するといい。これはその対価だ」

「フッ」

 

 幽香は栞から放たれる気配に満足したのか、不敵に笑う。

 

「いいわ。実技試験だったかしらね。そこで全ての決着をつければいいだけの話だもの」

「あ。幽香、賞品は筆記と実技とで分かれているんだけど」

「……」

 

 幽香はスンッと表情を消し、受付の方へ歩いていった。

 そこで受付の悪魔のいくつかの言葉を交わし、またこちらへ戻ってくる。

 その顔は、虚無であった。

 

「……帰ろうかしら……」

 

 どうも実技試験でどうにかなるものと思っていたらしい。

 

「……せっかくだし、やっていったら。お茶も美味しいよ」

「……そうね。そうしておくわ……」

 

 来たときとは打って変わって、随分とやる気のない足取りで会場へと去ってゆく幽香であった。

 

「あれが双子の悪魔を倒したという魔族か」

「知ってるんだ、赤肌」

「知らない者は居ないだろう。しかしそうか、なるほど。これは面白い」

 

 赤肌は何が面白いのかは知らないが、美味しそうにビールを飲んでいる。

 まぁ、実技試験に幽香が出てくるとなると確かに面白くはなりそうだ。

 かなり力技で押し通れるものも多いから、上位に入賞するのは間違いない。

 

「おー? おーおー、ライオネル。久しぶりじゃな」

「お、マーカス。それにエレンも。やあ久しぶり!」

 

 続いてやってきたのは、魔都に似合わない朗らかな笑顔を浮かべた人間の一行である。

 おじいさんおばあさんから小さな女の子まで、五人ほどの家族らしい構成でやってきた一団である。

 マーカスとエレンがいることからもわかるように、彼らはオーレウスの一族であった。

 

「いやぁパンデモニウムっていうのは賑やかじゃな。魔界へ来るときは別の場所ばかりだったから、新鮮じゃよ」

「あーライオネル! そうそうこんな顔! こんな声! 久しぶり!」

「やあやあ。覚えていてくれたようで何より。後ろの人は……」

「こっちは私のお父さん。こっちはマーカス叔父さんの子たちで私の従兄弟」

「はじめまして。わあ骸骨だ。怖いなぁ」

「エレンがお世話になったそうで、どもども」

「あ、こちらこそ。どもども」

 

 魔都にあるまじき和やか極まる会話である。自然と私達は周囲から浮ききっていた。この一角だけ完全に法事か何かで再会した親戚同士みたいになってるもんな。赤肌でさえちょっと肩身が狭そうにビールを飲んでいる。

 

「あー受付はあっちか! マーカス、行こう!」

「お茶もあるって!」

「おー行こう行こう。座り心地の良い席があると良いな」

 

 ……彼らは本当にクイズ大会に参加しに来たのだろうか?

 観光客の気配を全開にしたオーレウスの一団を見送り、私は少し不安になってしまった。

 

「……ま、参加者が多いのは良いことだ」

 

 赤肌のフォローがありがたい。

 

「うむ……けど、彼らの一族も魔法には精通しているから。きっと、筆記試験では良い成績を残せるはずだよ」

「ほほう? 見た目にはわからないが……おっと」

 

 赤肌が何かに気づいたらしい。

 いや、赤肌だけではない。この施設の正門一帯が、不自然なほどに静まり返っていた。

 

「わぁ、すごい人ですねえ」

 

 正門側を見れば答えはすぐにわかった。

 小悪魔ちゃんが入場してきたのである。

 

「やはり来るのだな……」

 

 赤肌はビールのおかわりを注いでいた。

 


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