東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 時間が経過すると共に、参加者達のスタイルや個性が確立していった。

 

 多くは実験器具や白紙を用いている。

 難しめの問題に対して実際に器具を用いて検証したり、紙を使って計算やメモとして扱ったりなどといった、極々まともなやり方である。

 アリスやルイズなどもこれに当たるだろう。見た目にも魔法使いらしくて実によろしい。

 

 明らかに魔法に秀でている一部の者は、計算に算術にも似た魔法を用いて手早く済ませていた。

 これは計算に特化した、いわばコンピュータのような役割を持たせた魔法である。魔法というよりはその手前、式の構築そのものが重要な技術なので非常に独特ではあるのだが、これなくしてはとても複雑な魔法は扱えないので奥が深い。

 仕組みそのものや理念は原始的なので、独自に研鑽を積む者は多い。実際、こうして見た限りでも空中に算術じみたメモを展開している魔法使いは多かった。

 

「そろそろ時間が来そうね。マイ、準備は大丈夫?」

「……うん。平気よ、ユキ。この問題が終わったら準備するね……」

 

 神族と魔族のペアであるユキとマイもその類だ。

 彼女たちはさっさと解答手順を決め、中程の問題から取り掛かっているようだ。

 時間配分もしっかり考えている。なかなか手際が良いな……。

 

「……ははぁ、なるほど。魔法ってこういうものだったんだ……知らなかった……」

 

 紅は……さっきからずっと辞書を読んでいる。

 問題本にあったよくわからない言葉を辞書で調べ、意味を勉強しているようだ。

 非常に真面目な姿だけど、筆は全く進んでいない。向かい側の小悪魔ちゃんはうんうん唸りながら解いている。お互いに自分のペースだ。

 

 

 

「……さて。そろそろ、100問目の開示時間だな」

 

 およそ半日が経過した。赤肌と私は中央のステージ近くで時間を確認し、その時を待つ。

 といっても、問題そのものは自動で発表されるようになっている。特別私達が何かを操作する必要はない。だから結構のんきなものだ。

 

「赤肌の方はどうだい。何か不正者を見つけたかい」

「いいや、全くだな。……皆が皆、魔法使いとしての誇りを持ち合わせているわけでもあるまいが。それにしても静かなものだよ」

「悪いことじゃない。ま、半日ではなかなかわからないか」

「うむ」

 

 まだクイズは始まったばかり。観客席も盛り上がりに欠け、お茶飲み会場と化している。

 

 しかし忘れてはならない。

 この大会はクイズ大会であり、決して計算大会でも受験会場でもないのだ。

 

 少しくらいは楽しまねば、クイズ大会の名折れだろう!

 

 

 

『これより、会場中央にて第100問目を出題します』

 

 会場全体に響くのは、どこか無機質な女の声。無論私の声ではない。私の声が響くと無駄に怖いので。

 参加者たちは辺りを見回した後、言葉通りに中央ステージに目を向けた。

 

 砂時計の上部にはいつの間にか真っ白な霧のようなものが立ち込めており、もやもやと白い球体を生成している。

 やがて球体はステージ以上のサイズの球体にまで成長し、安定する。

 

「ルイズさん、あれ何かしら」

「んーなんでしょうね。楽しみ」

 

「紅さん、何か始まるみたいですよ?」

「え? あ、本当。ありがとう、小悪魔」

「えへへ」

 

「マイ、準備いい?」

「こっちは平気……ユキも大丈夫ね」

「もちろん。何があっても良いようにしないと」

 

「それでインプの落とし物が何年間も放ったらかしになったままでなぁ」

「あっはは、それは酷い! けど忘れ物といったら随分前だけどエレンの……」

「ちょっとちょっと、何か始まるみたいよ!」

「ん? おお本当だ。どうする? これが終わったら一度寝ておこうと思うのだが」

「ブランケットも貸し出して貰えるそうだしの。後で聞いてみよう」

「お茶菓子のおかわりもほしい……」

 

 

 やがて安定しきった白い霧の中に、ぼんやりと文章が浮かび上がる。

 球体のどこから見ても同じ文章が問題なく見れる特製のスクリーンだ。本来はもっと地味な発表方法だったのだが、私が調整してこのようになった。

 

 

 Q100 : 配点 各5、最大100

 

 

 映し出されるのは出題される問題番号と、その配点。

 ただしここまでは本にも書かれている内容だ。

 重要なのはここからである。

 

 

“この問題は複数の解答を持つ問題で、最大20通りの答えがあります。”

“各解答の配点は5点です。”

“ただし正答された問題は、誰かが最初にそれを記入してから一分後に配点が0点となります。”

“配当0点となった答えは問題欄に追記されていきますので、注意してください。”

“なお、この問題の解答が間違っていた場合、即座に2点の減点となります。”

“解答欄に記入する際はご注意ください。”

“なお、他人に正答を伝えるのはルール違反ですが、誤答を伝えるのはルール違反ではありません。”

“また、最後の一種類を正答した方には特別点として20点を進呈します。”

 

 

 会場がざわりと騒がしくなる。

 そう。この問題は他とはかなり毛色が違う。

 まずこれは早押しのようなもので、答えを記入するのは早いもの勝ちだ。

 僅差での記入はセーフ扱いとなるが、遅ければどんどん配点を他人に取られてしまう。つまり、どうしたって急ぐ必要がある問題なのだ。

 誤答は減点扱いなので適当な記入にはリスクがある。

 一つ一つの得点は微々たるものだが、問題に対して得点がやや大きいのは間違いない。

 

 案の定、会場の参加者が一気に100ページ目を開き、ペンを構えた。

 おっとりしたオーレウスたちもわたわたと楽しそうに準備している。さっきまで眠そうにしていたのが嘘のようだ。

 

 大きなカウントダウン表示が流れ、やがてそれが2となり1となり……問題が開示された。

 

 

“それらは一様に、新鮮であれば魔力を持っています……。”

 

 

 ペンを構えていた人たちの動きがぴたりと止まり、怪訝そうな顔になる。

 しかし問題ない。問題文は全体で結構長いのだ。

 

 

“それらは全体でより多くの種類が存在しますが、最も用いられているもののうち上位の20種類をそれらとしています……。”

 

“それらは特別有名で、普遍的なものです……。”

 

“それらは材料名でも、取り出せるものの名前の記入でも構いません……。”

 

 

 情報はひとつずつ追加されていく。10秒ごとに一行。感づくのが早ければささっとスタートダッシュができるが、さすがにまだ書こうという人はいない。

 

 

“それらは単体でも使われますが、効果的な用法としては更に何かを混ぜることが多いです……。”

 

“それらは腐敗します……。”

 

“それらは同じ重さの水銀に対して千分の一以下の金属性を持ちます……。”

 

“それらの原産は全て地上です……。”

 

 

 この時点で、小悪魔ちゃんははっとした様子で本に書き込みを始めた。

 紅はその様子を見て“えっ?”となっている。彼女の方はピクリともきていないようだ。

 

 

“それらの役目のひとつは伝導です……。”

 

“それらのうち、三番目の種類は地上において食用としても親しまれています……”

 

“それらに含まれない上位21位目の種類の材料は、貝に含まれる透明なものです……”

 

 

「わかった」

「しまった出遅れた……!」

 

 

 ここで多くの参加者が反応した。

 やがて問題文が多く流れ……はっきりとした問題文の全容が明らかになる。

 

 

“それらは悪魔召喚に用いられる魔法陣の描画材料である血液のうち、最もよく使われている上位20種類の動物(の血液)です。”

 

 

 問題は悪魔召喚の魔法陣に使われる血液の種類。その中で最もポピュラーな上位20種類だ!

 悪魔召喚の情報は全て正確に集積されているので間違いはない。仕組みを知らない参加者からすれば“そんな統計をいつ誰が取ったんだ”という感じかもしれないが、実際に正確なデータが集まっているのだから仕方ないだろう。

 

 悪魔召喚についてはたとえやったことがない人でも知識としては知っているだろうし、悪魔以外の召喚でも動物の血液はよく用いられている。仕組みはそう違わないので、分かる人はわかるはずだ。

 ルイズもアリスも迷うことなく、せかせかと書き込んでいるようであった。

 

「えっと、あとはあれもかな……」

 

 しかし一番早く着手したのは小悪魔ちゃんである。

 さすがは魔都の管理人。身近なことだっただけに、連想するのも早かったのだろう。既に彼女は六種類の正答を書き込んでいた。

 

「うわっもう書き込まれてやがる……!」

「馬、羊、鶏……ぬぅ、やられたか。他は……なんでもいい、とにかく急がないと……!」

「使われやすいのはなんだ……!」

 

 もちろん正答はメジャーな動物から埋まってゆく。

 既にポピュラーな家畜はざっと取られ、次第に幅が狭くなりつつあった。

 

「……ふうん」

 

 幽香は真っ先に“人間”と書き込んだようだ。

 もちろん正解である。人間の血は最上位だからね。

 

 あーでもないこーでもないと悩む参加者たち。

 創造の幅を広げるクイズは、そこそこ場を盛り上げてくれているようだった。

 

 

 


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