東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私はぼんやりと、少し前の出来事について思い返していた。

 そう。あれは小悪魔が法界にやってきて、私をこのクイズ大会に誘った時のことだ。

 

 彼女は前触れもなく法界にやってきた。

 七色の文様が渦巻く壁を通過し、私と同じような気軽さで。

 法界に封印されてきた邪悪な魔族たちは、その壁を何年も何年も壊そうとしては諦めているのだけど、彼女はそういった事情は知っているのかしら。

 相手によっては見られると結構事なのだけれど。

 

 彼女はいつも通りの無邪気な笑顔を振りまき、言った。

 

『紅さん! あの、私と一緒にクイズ大会に出てくれませんか!?』

 

 私は腕を組み、沈黙した。

 

 悩んだとか葛藤したとか、そういうことではない。

 ただ単に、彼女の言っていることの意味がわからなかったから。

 

『ええと。小悪魔、クイズ……大会とは?』

『あ、これです!』

『ふむ……』

 

 知らない魔界文字。いつのかしら。ちょっとだけ見覚えはあるのだけど。

 私が解読できるのは、エソテリアのカフェのメニューくらいなのよ。

 

『ごめんなさい、読めないわ』

『あ、あれっ、そうでした? ごめんなさい……ええと、これには魔法のクイズ……問題が出る催しが開かれると書かれていまして。お祭りのようなものなのですが』

『お祭り……』

 

 そう聞くと、少し楽しそう。どんな歌が聞こえるのかしら。

 

 ぼんやり考えていると、後ろの方からいつもの気配がした。

 

『……紅さん? そちらのお方は……?』

 

 少し前からこの法界に住み着いている人間、白蓮だ。

 ……いえ、ライオネル風に言うなら、魔法使いと言うべきなのかしら。

 

『彼女は白蓮(びゃくれん)。まぁ、(ひじり)白蓮(びゃくれん)とでも呼んであげると良いでしょう。地上からいらした人間の魔法使い……だそうよ』

『人間? 人間が法界にいるんですか?』

『は、はじめまして。白蓮と申します。……事情がありまして、地上の人間の手によってここに封印されたのです。……今もまだ、私の内にはその名残がありまして……いえ、それよりも』

 

 白蓮は私と小悪魔の顔を見合わせ、不思議そうに片眉を上げた。

 

『はあ……お二人は、姉妹で……?』

 

 なるほど、やはり似ているのかしら?

 いえ、あまりそうは言われたことは無いわね。

 

『姉妹でも親子でもないわ。似たようなものかもしれないけれど』

『ははあ……? ううん、よくわかりませんね?』

『私は魔都の管理業務に携わっています、小悪魔と申します。よろしくおねがいします。私のことは、紅さんの子供のようなものだとお考えいただいて大丈夫ですよ』

『あ、これはどうもご丁寧に。ふふ、礼儀正しいお子様ですね?』

『もう……』

 

 それから魔法のクイズ大会……についての話も白蓮を交えてしたのだけれど、彼女は“ここに封印されている以上、無為に出ることは控えねばならないのでしょう”と頑なに拒んでいた。

 自分が封印されたことについて、彼女は一定の理解というか摂理のようなものを見出しているようで、それを貫きたいのだそう。

 別に、肉食獣に首を噛まれたとて、抵抗してはならじというわけでもない気はするのだけど。彼女がそう固辞するのであれば、無理に誘いはしまい。

 

『私で良かったのかしら?』

『はい! 紅さんと一緒に参加したいんです!』

 

 逆にこちらはこちらで、行くべきなのかを迷っている。

 けれど最終的には結局、小悪魔の押しに負ける形で参加を決めてしまった。

 

 ……地上からも多数の参加者が来ると聞いて、興味本位で頷いてしまったところはある。

 

 

 

 ……そして、私は今クイズ大会の会場にいる。

 

 小悪魔の誘いを受けて来たのは良いけれど……うん。やはり私には、このクイズ大会というのは難し過ぎたみたい。

 読める辞書をパラパラと捲って調べてみたりしたはいいけれど、なかなか上手くいくものではないわね。理解できることなんてごく一部。

 そもそも私は、魔法なんてほとんど知らない。

 

 慣れない考え事に没頭しているとお腹が空いてきた。

 飲み食いする必要はないけれど、法界から出ると反射的に何かを欲してしまうというか……。

 

「……ん?」

 

 なにか美味しい臭いがする。

 どこだろう。こっち……?

 

「はー、それでこの家畜は使われとるんかー」

「皮もいい具合に書けるからのう。そう考えると蛇や小動物ではどうしてもな」

「あーあ、また鳩料理食べたいなぁ……」

 

 クイズを解くのに誰もが必死そうにしている中で、浮いた人たちの一角があった。

 そのテーブルには老若男女様々な人が座り、笑顔で話し合ったり、あるいは話半分に楽しみつつ本を開いて問題と向き合っている。

 何より、彼らのテーブルの上には軽めの料理などが置かれているようだった。

 

「あら? 何か御用?」

「あ、いえ」

 

 と、見ていたら髪がふわふわした子に呼びかけられてしまった。

 いえ、とは言ったものの、暇ではあったし、少し興味があったのも事実。ここは素直に歩み寄ってみるべきか。

 

「……何やら楽しそうに話していたので、申し訳ない。見つめてしまいました」

「あらあら、気にすることなんて無いのよ~。ひょっとして少しうるさかった? そろそろ眠くなる時間だししょうがないけど……」

「いえ、そのようなことは」

「おおそうだエレン。丁度いい時間だからこっちは眠っとくぞ。五時間くらいしたら朝ごはんの用意を頼んでおいてもらえるかの」

「もう! 自分で頼んでおいてよ~」

 

 ……随分と賑やかな集団である。

 

「まあま、立ち話もなんだ。こちらに来て座ると良い。美味しいバノックもあるよ」

「あ、どうも……」

 

 けど悪い気はしない。流されるがままに席について、テーブルに並ぶパンのようなものを頂いた。

 ……うん。お茶も美味しい。悲しいことに、エソテリアのカフェよりもずっと。

 ……あのお店のお茶、ひょっとしてそんなに美味しくなかったのでは……?

 

「ほほほ、お茶は取り寄せたものでな。まあこれがなかなか、深みがあって良いのじゃ」

「ええ、とても美味しいです」

 

 紅色の美味しいお茶。……聞くところによれば、このお茶とパンの産地は全く別々なのだという。

 どうもお茶の方は法界で暮らす魔族の彼らと同じ地域で産出するものなのだとか。

 うーん。興味が出てきたような、出てきてないような……。

 

「ねえねえ、お姉さんはクイズやらないの?」

「え?」

 

 パンをもさついていると、ふわふわの子が私の顔を覗き込んできた。

 

「私達が言えたことじゃないけど、さっきからほとんどクイズを気にした様子がなかったから。気になっちゃって」

「ああ……そういうことですか。……実を言いますと、私はそこまでこの魔法というものが得意ではないのですよ。だからこう、問題を見ていても、あまり……」

 

 小悪魔が言うには最初の方の問題は簡単だと言う話だったけれど、いざ開いてみると全くそのようなことはない。読めるけど意味の分からない問題ばかりであった。

 ちょっと前に砂時計の上に表示された問題だってそうだ。残りあと二種類がずっと残っているけど、あと何が答えかなんて想像もつかない。

 

「あらー……それじゃあちょっと、この催しは退屈になっちゃうわねえ……」

「ふむう、それはいかんのう。せっかく来たのだから、楽しまねば損じゃろう」

「損……やはりそうなのでしょうか」

「うむ。おお、そうだ。分からないことがあれば教えてあげよう。なに、教え合うことは禁止されているわけじゃない。本に書いて置けば問題ないという話だから、構わんのだろう」

「え、え、あの」

「そうね! せっかくだから、ちょっと問題を解いてみましょっか! えーっと、さっきおじさんが見つけたこの問題なんて楽しそうだったわ、一緒にやってみない?」

「……あはは。ご迷惑でなければ」

 

 なんだか独特で、のんびりしてるけど結構ぐいぐいくる人たちね。

 けど、明るくて楽しい人達だわ。……小悪魔はまだ一人でも大丈夫そうだし、ここはしばらく、私も楽しむことにしましょうか。

 

 


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