クイズ大会が始まり、二日が経過した。
半日置きの発表クイズもさきほどQ400が開示され、参加者はその回答に大いに頭を悩ませている所である。
Q400 : 配点50
“中央の砂時計に近づくと、鐘の後に録音された音声を聴くことができます。”
“それは魔法の起動から発動までを録音したものです。”
“この魔法によって着弾した瞬間から一秒後における、水面の排水量はどれくらいか答えなさい。”
“誤差が大きいほど減点は大きくなります。”
“なお、録音地点は地上二メートルの術者の頭上、最初の鐘の音は術者の100メートル背後に存在するクステイアのニスタウリ記念鐘楼によるものです。”
つまりは音楽クイズのようなものである。
音を聞いて色々考えて正解を導き出す問題だ。
最初の方で色々な魔法の起動音が聞こえてくるので、わかっている人はそこからある程度どんな魔法かがわかるはずだ。
わからない人でも、最後の水面を激しく叩く衝突音からある程度察することはできるだろう。
……しかし参加者は結構悩んでいる様子。
私は魔法の威力を試すのに時々、水面に衝突させた時の排水量で測る時があるのだが、あまりメジャーではないのかなこれ。
「クステイアは海水?」
「湖だったな」
「いや海水だ。成分としては地上のものと遜色はないはずだぞ」
「位置は……地図資料を探してみよう」
魔法の使用位置、立地条件も多少は考えなければならない情報だ。
分かる人はこの魔法の速度が割り出せるはずなので、おおよその検討はつくだろう。
「……あの」
「うん?」
魔人の一人がおそるおそるといった様子で、金ピカジラジャラな私に声をかけてきた。
「攻撃魔法の使用などは……」
「はい。この問題の魔法の試射は禁止です。理由は当然危険だからです」
私が即座に腕でばってんをつくると、魔人は非常に残念そうに去っていった。
うむ。さすがに広いとはいえそうバシバシ攻撃魔法を撃たれては騒がしいからね。
実践も悪くはないが今回は頭の中でシミュレートしていただきたいところである。
「砂時計を囲んで耳を澄ませる様子は、なかなか遠目に見てて面白いものだな」
私がフラフラ歩いていると、同じく暇そうにしていた赤肌が近くまでやってきた。
砂時計周辺は密集地帯になっているので近づけない上に、近くで喋っても邪魔になるのであえて距離をとっている。
「メモを取っている人も多いし、音だけでも多分かなりわかるんだろうね」
「ああ、そう複雑でもない魔法だからな。起動も丁寧に段階的に行っているし、慎重に耳を傾ければ難しい問題というわけでもない。最悪、水面を叩く音から適当に答えてもいいわけだしな」
そう、これもかなりゆるーい問題だ。投げ出そうと思えば、適当にこのくらいだという回答をするのだってありだろう。
ただまぁ、結構引っ掛け問題なところあるから、適当な答え方をするとわりと酷いしっぺ返しがくるだけなんだけども。
実際にやってみると排水量がものすごく少ないからねこれ。水の音だけで判断すると嫌らしい減点が待っているのだ。
「……ところで、ライオネル・ブラックモア。お前が作ったあの問題にそれらしい答えを導き出している者がいたようだぞ」
「む?」
おっと、まさかのまさかだ。
「実際に本人かどうかはわからんがな」
「うむ、当然それはわかっているとも」
実はこの問題集を作るにあたって、私はその中にちょっとした調べ物を内包させていた。
それは以前からそこそこ気になっていた、巨大浮遊氷土にまつわる疑問。
魔界の空を回遊していた氷土の何箇所かに開けられた巨大な穴をあけた相手が混じっていないかなーという探りを入れてみたのだ。
「……おお、本当だ。これはなかなか」
「確度は高いだろう」
「うむ。これは素晴らしい」
「素晴らしいのか」
「素晴らしいさ。実に実践的だ」
基盤を操作して特定問題の回答一覧を表示させてみると、その中に一人、いや二人だけ、その問題に対して実に明瞭な答えを導き出した魔法使いが存在した。
それは悪魔のユキと神族のマイ。
魔都の学術機関に所属する、今大会でも有望株と申されている二人組であった。
「それを調べて、どうするというのかね」
赤肌は砂時計に群がる人物たちの中に混じった二人組と天使と悪魔を眺めつつ、私に訊ねた。
「どうもこうもしないよ。別に恨んでいるわけでもないしね。ただ、あれだけのことをやってみせたのが魔法使いだとすれば、その存在を知りたかっただけだよ」
「なるほど」
それ以上は詮索する気もないのか、赤肌は何も言わなかった。
私としても含むところはないので、これ以上言うこともないけれども。
……しかし、もしもあの二人のうち氷土に大穴を開けた魔法使いがいるのだとすれば。
これはなかなか、幽香の実技試験にも響いてくるかもしれないな。
ユキとマイ。多分神族のマイの方が手練なのだろうが、はてさて。
「ぬーん……」
今大会の優勝候補について考えていると、気難しそうに唸る紅が視界に入った。
砂時計の近くで何度もリピート再生される効果音を聞いてはいるが、さっぱりといったところだろうか。
うむ。起動音なんてわからなそうな感じだもんね貴女。
「水の音……水の音……うーん……鐘の反響が邪魔されてる感じ……」
おっと。
「……これはもしや……」
紅は集団からそっと離れ、しばらく問題を開いていたが、やがて意を決してそこに書き込み始めた。
「……うん、多分これでよし。魔法わかんないけど」
彼女が書き記した排水量は小石程度のもの。
……なかなか良い線いってる。ほぼ正解だ。
……けど、魔法理論知らない相手にほぼ正解されるのってなかなか悔しいな?