東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 筆記が終わり、実技の部が始まった。

 こちらは筆記とは打って変わって観客が大入りとなり、随分と賑やかになっている。

 

「そこだー! 壊せー!」

「回り込め回り込め! 見てないぞ!」

「すげぇ魔法だ! あんな奴いたか!?」

 

 実技の種目は三つほどあり、今はクステイア発祥の由緒正しい石柱壊し……を少しアレンジしたものになっている。

 

 自陣に設置された何本かの石柱を全て壊されたら終わりというルールはそのままに、過程が大きく違っている。

 まず相手と自分にはそれぞれオートで稼働するシンプルな人型ゴーレムが三十体配備され、彼らは敵陣を目指して自動で歩いてゆく。

 魔法使いはそれらのゴーレムのゆく先々にある障害物を魔法によって破壊したり、道を作ったりして相手の陣地へと誘導するのだ。

 参加する魔法使い自身による妨害や手出しはほぼ全てが間接的なものに限定されているので、相手のところにサッと行ってバシュゴォで終わりとはならない。

 配置された障害物の性質を見極め、それぞれに有効な対処を施すことが勝利への近道のゲームだ。

 

 アリスなどは勝手知ったるルールに近いこともあってか、今も良い笑顔で競技に臨んでいる。

 即席で作り上げた槍を手にしたゴーレムは、対戦相手の悪魔が援護するゴーレムよりも数段早い効率で障害物を取り除いているようだった。

 

 楽しそうだ。観客としても参加者としても、やはり実技の方が輝いているように見える。

 まぁ、五日間も頭を捻り続ける苦行と比べられるものでもないか。

 興味深いと楽しいというのは、別物だ。

 

「ライオネル・ブラックモア。お前はこういった形式の対戦は好みではないのか」

「うん?」

 

 テーブルの向かい側で私と同じように本の採点をしている赤肌が、目線を会場下の試合に落としながら訊ねた。

 私達は観客席の並びにある特別審査員席でクイズの後始末をしながら観戦している最中である。実技もまた五日間に渡って行われるので、時間はたっぷりとあった。

 

 ふむ。しかし、好みか。

 

「別に、良い試合だと思うけれども。なぜそう思ったのだろうか」

「いやな。魔法使いとして、後進の実践力に対する興味が無いわけではなかろうと思ったのでな。あるいは、こういった規則だらけの試合じみた形を好んでいないのかと思ったまでのこと。……つまり、小難しいルールなどは設けず、一対一と戦闘を望んでいるのではないかと思ってな」

「いやいや」

 

 さすがにそんなことはない。どうせやるんだったらルールがある方が良いに決まっている。そうでなければ種族としての差が露骨に出てしまうし、魔法使いとしての力量が見られるかもわからない。

 魔法の技術を見るのであれば、ある程度その目的を達成させるためのルールは必要だ。

 

「ただ向き合って戦うのが好きな魔法使いも多いだろうけど……私は今やっているようなものが良いと思うよ。……何も強さ比べをしているわけではないのだからね」

 

 そう、これはクイズ大会。魔法による解決力を比べる大会なのだ。そこを勘違いしてはいけない。

 勘違いしてやって来た幽香のような魔法使いもいるし、というか大多数の参加者はそんな感じっぽいけども、たとえ観客からの人気があるとしても、私は嫌だな。

 

「そうか。そう言ってもらえるならば、企画発案者としては冥利に尽きるな」

 

 赤肌はニヤリと口元を歪めながら、再び採点のために本と向き合った。

 それから、試合の賑やかな破砕音と観客の喧騒が潮騒のように断続的にやってきては、ゆっくりと時間が流れてゆく。

 

 

 

「ところで、これは興味本位で訊ねるのだが」

 

 実技大会が二日目に差し掛かった辺りで、赤肌はポツリと小さく呟いた。

 

「お前の書き記した血の書や涙の書……それらに記された魔法は、我々のような凡百の魔法使いであっても再現できるものなのだろうか」

「ふむ」

 

 私は少しばかし考え込んだ。

 

 血の書。涙の書。両方とも私が書き記した、概ね門外不出でいいかなと判断した魔法ばかりが並んでいる。

 とはいえ、似たような魔法を扱える者は多いだろうし、それら全てが世界中のあらゆる魔法の頂点に存在するわけでもない。あくまで私が勝手に分類しているだけのものだ。

 

「中には書物の補助ありきの魔法もあるけれど、一部は書物無しに無手でも発動できるね。内容も、うむ。……体系に慣れていない人は多いだろうから、複雑といえば複雑だと思うけど、使えないこともないはずだよ」

「ほう。実に夢のある話だな」

「悪用はしてほしくないけどね」

「ああ、そのつもりはない。今更術を手にして大暴れする歳でも、時代でもあるまい」

 

 そういうものだろうか。地上はそれでもまだ、力ある神秘が楽しそうに大暴れしていると思うけれども。

 

「だが、そうだな。穏当に相手を無力化できる魔法があるならば、そういったものについては興味があるな。これからの時代、無闇に障害を根切りにしたところで、見えざる禍根は遺るだろう」

「穏当に、かぁ」

「これでも心配しているのさ。地上で生きてる魔法使い達のことをな」

 

 会場が歓声で沸き立つ。どうやらアリスが勝ったらしい。

 

「人間の魔法使いも、なかなかどうして馬鹿にできないものだ。もちろん、身の丈に合わぬ残忍な悪魔を呼び出して殺される愚かな奴らも多いが、たったの数百年ばかり生きただけの魔法使いが舌を巻く力量を示すことも珍しくはない」

 

 うむ、それが人間というものだ。

 神魔からは生き急いでいるように映るかもしれないが、彼ら彼女らはそうやって生きていく。勤勉な者はたかだか数百年ごときでおっとりした性質に転がることはなく、弛まぬ努力を続けて大成する者もいるだろう。

 生に対する密度の解釈が根本から異なるのだ。人間は生き急ぐべくして生まれてきた特異な種族だと言っても良い。

 

「だが、そんな魔法使いたちは普通の人間にとっては脅威でしかないだろう。実際、昔から人里を離れて暮らす魔法使いたちは多い。迫害する者、される者。まだ大規模な迫害はない。せいぜいが小さな地域による排斥だろうが、これ以上人間が増えるのであれば、きっと締め付けは更に強くなっていくだろうよ」

 

 ……ふむ。なかなか、赤肌もよく考えている。

 もちろん、私だって知らないわけではない。

 

 “魔女狩り”と呼ばれる時代に関しては、特別な思いの一つだって抱いているさ。

 

「きっと、世界中で魔法使いの在り方が問われるだろう。力無き者は力ある者を恐れる。魔法使いにとっての闇の時代が、必ず来る。……そう思うと、どうにか穏当に厄介者を無力化する魔法などが広まぬものかと、考えてしまってな。だがそのような都合の良い魔法など、なかなかあったものではない」

 

 なるほどね。無力化する魔法か……。

 

「“宵闇”なんかはまさにそういった魔法なんだけどね」

「ほう? 聞いたことがないな」

 

 私は軽く右手を上げてみせた。自然と、赤肌は手を見る。

 

「こうやって掲げた手を見た相手を即座に昏倒して魔力を奪うっていう魔法なんだけど」

「……人間に扱えるのか?」

「結構複雑なので、期待はできないかな」

 

 覚えてしまえば間違いなく一番穏当な魔法だとは思うんだけど、効果がシンプルだからといって覚えるのが楽なわけではない。

 

「うーむ……単純なものとなると、“迷走”が一番かなぁ……」

「それは?」

「相手に幻覚を見せる魔法。涙の書の初歩の初歩だね。極力魔法式を簡便にすることを第二目標として作った、まぁ……相手をほぼ闘えなくさせる魔法だね。軽く相手に触れなきゃいけないのがネックだけど、使われると数分から数時間は何もできなくなる。取り返しのつかない怪我を負わせることがないから、便利ではあると思う」

 

 新月の書か涙の書かで迷った魔法の一つである。

 いや、内容はさておき式が本当に簡潔で美しい魔法なのだ。その完成度を自画自賛したいがために涙の書に入っていると言っても過言ではない。

 

 当然、これは単純な魔法だ。

 相手に幻覚を見せる術など、今どきは珍しくもないからね。

 ただ種族としての固有能力でもなく、月の魔力に依存することもなく狂気じみた影響を与えられる点においては差別化ができるのだろうか。

 

「ほう、気になるな……どれ。その魔法をひとつ、実際にかけてみてくれんか」

「え? 赤肌に?」

 

 私は思わず顎を開いてしまった。彼は不敵に笑っている。

 

「ふ、なに。休憩のようなものさ。危険でないならば、実際に体験してみるのも悪くはないだろう」

「いやー……確かに命には関わらないだろうけど、かなり不快ではあると思うよ」

「構わんさ。これも興味の一環だからな。さあ、かけてみてくれ」

 

 私としては全く気乗りしないのだが、赤肌は未知の術を前にして変に楽しそうにしているのであった。

 ……気持ちはわからなくもないけどね。

 

 


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