東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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遺骸王の放任
穿


 

「神綺さん神綺さん」

「なんですかライオネルさん」

「ちょっと魔界の土地を一部分だけちょっぴり手を加えてみたいと思いましてね」

「はあはあ、なるほど」

「というわけでちょっとだけ手伝ってもらえますかね」

「そういうことなら喜んで!」

 

 まぁどんな頼み方をしても神綺だったら断ることはないんだろうけども。

 

「じゃあ早速いってみよう」

「やってみましょう!」

 

 そんなこんなで、魔界の一部改造計画が始まったのだった。

 

 

 

 そんなこんなでは事情も把握できないだろうから説明しよう。

 

 まず先だって、大成功を収めたクイズ大会。この集まりの中で、私は魔都に集まった多種多様な種族を見たとき、そこそこの衝撃を受けたのである。

 なんといっても、参加した魔法使いたちの出身地だ。彼らは種族こそ色々であったが、出身は意外なほど地上世界からが多かった。

 恒久的な魔界の門を通じて行き来する人々は思っていた以上に多く、中には人間由来の魔法使いもいる。

 それを加味して考えた結果……。

 

「魔界には水が少ないなと」

「そうですかねえ」

 

 という結論になったのである。

 そもそも地球の面積が陸地3で海7なのだ。基本的に全てが陸地で構成されている魔界は水が少なく、全体的に見れば乾燥が著しい。

 これまでは水不要の種族が大勢を占めていたのでどうでも良かったのだが、これからはある程度水に依存する種族も増えるだろう。

 せっかく外からお客さんが来てくれるというのに、来てくれてすぐに干からびてしまうのは忍びない。

 

「なので海を作るべきだと思ったのだ」

「海水ですか?」

「まぁそれはどちらでも」

「なるほどー……そうなると、雨雲と降水制御のための浮遊氷土が必要になりますねえ」

「うむ。それを作成するにあたって、神綺の協力が必要なのさ」

 

 今、私達は魔界外周部、ほぼ何もない石の平原の只中に立っている。

 例によっていつもどおりテーブルを出し、その上に大判の紙を広げての作戦会議だ。

 

「今はまだ外側に進出している人も……まぁよほどの物好きくらいしかいないみたいだから、手つかずだ。大きく水場を増やすなら今のうちにやっておいたほうがいいだろう」

「開拓、されますかねえ」

「今のペースで外からの流入が続くなら、検討すべきだと思ってる」

 

 今はまだ魔界の圧倒的な広さによって余裕がある。

 しかし数百年したらわからなくなるだろう。特に地面の平坦な未開発地域など、走破するだけならば車を使えば簡単だ。真っ平らなので適当な動力の車でも問題なく横断できてしまう。魔力推進ならば工夫すればあっという間だ。

 

「うーん……」

 

 神綺は四角い地図上に示されたいくつかの青いマーカーを見て、腕を組んで唸った。

 

「じゃあやっちゃいましょうか」

 

 しかし特に悩む要素はなかったらしい。

 

「よし、やっちゃおう」

「あ」

「なんだい」

「けどそこそこ原初の力を使いますよね。後々に響いたりは、しませんか」

「ああ」

 

 神綺もそんな心配をしてくれるようになったのか。

 

「大丈夫大丈夫。備蓄は多くある。足りなくなるようなことはないさ」

「なら安心ですね!」

「うむ。さあ、まずはこっちの方から済ませてしまおう」

「はーい」

 

 そういう流れで、作業開始。

 

 

 

「あれ? こっちの浮遊氷土は壁に寄せちゃっていいんですか?」

「うむ。動かす予定はないからね。縁が壁に寄ってれば万が一そっちの方の一部が解けても上の方で凍ってくれるだろうし、無駄にならないかなと」

「はーい」

 

 せっかくなので外側の海は広大に。上部を覆う浮遊氷土も巨大に作ることにした。

 とくにこれといった手を加えない。ただひたすら大きなものを作るつもりだったので、そう手間はかからなかった。必要なのは私と神綺の原初の力ばかりである。

 

「完成しましたー」

「おー」

 

 というわけで計画込みで一時間もせずに仕上がりましたとさ。

 

 ……と、言いたいところではあるのだが。

 

「非常に暗い」

「真っ暗ですねえ」

 

 今は昼時である。真上に光源がある時間帯で、直上に大陸級氷土を作ってしまえば、明るさなどお察しだ。分厚い氷はそれだけで十分な遮光性を持っている。要するに何も見えなかった。

 

「上に瞬間移動しよう」

「はーい」

 

 反面、真上に出れば氷の大地が一面に広がりキラキラしている。

 してはいるのだが……仮にも海を作った以上、真下にも少しは陽が当たるようにしたいところだ。

 

「神綺さんや。適当に氷土に縦穴を作ってみてくれないだろうか」

「ええ? 原初の力で形成するのではなく、ですか?」

「うむ。色々気になることがあってね。以前の穴だらけの浮遊氷土のように、垂直なものを作ってみてほしい。参考までに、どうやって穴を開けるのか見てみたいんだ」

 

 クイズ大会にも出場していたユキとマイの二人は、氷土に大穴を開けた。と、私は睨んでいる。

 あの魔法使い達ができたことを、神綺がどう再現するのか。私もできることではあれど、他人がどうするのかは少々気になった。

 

「はあ、わかりました。それじゃあまず……」

 

 神綺は釈然としない顔をしながらも、右手を掲げ……そこに白い熱を構築した。

 途端、辺りに熱風が吹き荒れる。膨張し続けるエネルギーの塊が、それでもなお巨大化し、止まる気配を見せない。

 

 いわばそれは、雑な“旭日砲”。

 適当に力を増やして適当にまとめ上げただけの、熱の塊だ。

 

「えいっ」

 

 それを“なんとなく崩れないようにして”放り投げる。

 白熱する球体はその形を保持したまま浮遊氷土に着弾し、爆音と白煙を撒き散らしながら沈んでいった。

 

「何も見えないし何も聞こえない」

 

 視界を埋め尽くすのは止むことのない水蒸気爆発による豪風と、爆音だ。そもそも吹き荒れる臨界したこれが水としての性質を持っているのかも怪しい。

 魔法で防いでいなかったら一瞬で蒸発して消し飛んでいたであろうことは間違いない。

 

 少しして音が静まった後、風魔法で霧を払う。

 隣では神綺も吹き飛ばされることなく浮いていたが、思いがけずびしょ濡れになったせいでげんなりしている様子だ。守ってはいたようだけど、濡れることまでは防げなかったらしい。

 

「……ごめんなさい、ライオネル。ちょっとへんな感じになってますね」

「確かに。まぁ綺麗に穴を作るのが目的ではなかったから」

 

 そして穴を見てみれば……それは確かに下まで続く大穴ではあったのだが、状態が悲惨であった。

 径は申し分ないのだが、ひび割れが酷い。上の方はクレーターじみた放射線が広がっているし、透明感が損なわれてしまっている。破壊はできているものの、綺麗な穴とは言い難いだろう。

 ユキとマイが作った大穴とは明らかに製法が異なるようだ。わかってはいたけれど。

 

「多分、綺麗に穴をあけるにはそれなりに時間をかける必要があるのかもしれないなぁ」

「一撃ではなく、ですか?」

「うむ。あとは熱を使わない破壊だったのかも。そもそも一撃で穴を開けたという前提で考えたのが間違っていたのかもしれない……」

「確かに……」

 

 特に今後役立てるかどうかもわからない検証で遊びながらも、私は久々に神綺と行う魔界の剪定作業を楽しむのであった。

 

 

 ちなみに穴を開けた時に津波が起きかけたけど、どうにか海を深くすることで被害の拡大は防ぐことができましたとさ。

 

 


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