東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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(コウ)様! 巫女になってください!」

「無理です」

「お願いします! どうか博麗の巫女に!」

「いやいやだから無理ですって」

 

 私は地上に出て早々、現地の人間に囲まれ身動きが取れずにいた。

 

 出た場所はアマノが祀られている小さな村だった。

 祈りを捧げてから世界を見て回る旅に出ようと思っていたのに……どういうわけだかこうして巫女とやらになれとせっつかれている。

 

 力任せに跳ね除けることは容易だけど、彼ら彼女らに悪意はない。

 まずは事情を聞かないことにはどうしようもないだろう。

 

「そもそも巫女ってなんなんですか。運び手のようなものですか。祈祷師のようなものですか」

「運び手、というのは存じ上げませんが……ええ、概ね祈祷師のようなものかと。その身に神を降ろし、神に祈り……そして大宿直村においては、ええと……」

「なんです」

「……私達を守っていただきたいのです!」

 

 説明はおぼつかない。聞き取れた内容も、どうにも気の進むものではない。

 けれど彼らの表情は必死なもので、一蹴し捨て置くには少々気が咎めた。

 

「んー……どうしよう」

 

 私は頭を掻いた。

 まあ、こうして悩んでいる時点で私の中では答えが出ているようなものだけれど。

 

 ……困っている人を見ると、放っておけないなぁ。

 

「……ひとまず、詳しい話を聞かせてくれませんか。私はまだ、あなた方の事情を何も知らないので……」

 

 どうしようもなくなってそう言うと、私を囲んでいた人々は“わっ”と声を上げ、喜色を見せた。

 ああ、そういう顔をされると困る。後に退けない……。

 

 

 

 その後私は村にある唯一の寺(神社とはまた別の宗教施設、おそらく白蓮のものと同じ)へ向かい、そこで白湯をいただきながら話を聞いた。

 

 この大宿直村という村は周囲を深い山に囲まれており、一般的な人の文明からは離れた場所にあるのだという。

 そのために人のいざこざに巻き込まれることはほとんどないものの、土地柄のせいもあってか妖魔の類が多く見られるようで、それらを退けるための力を必須としているのだとか。

 以前は村に多くの退魔師や調伏師などがいて、村の平穏を守っていた。ところが村の偉大な巫女であったらしいミマという人物が大悪霊に乗っ取られ、悪霊の群れが噴き出し、村を滅ぼしかけたのだとか。

 存亡の危機ではあったものの、村の退魔師たちが総出で対応に向かい、これを封印。しかし代償として、立ち向かった彼らは皆死んでしまった……。

 そして残されたのは無力な女子供ばかりである、と。

 

「大惨事じゃないですか」

「大惨事なのです!」

 

 もう魅魔の封印から何年も経つというが、その間に村が妖怪に滅ぼされなかったのは奇跡だったと、彼ら彼女らは語る。

 どうやら最近は村周辺の妖怪達が不自然に同士討ちしたり、人間を襲う素振りが弱まっているとかで、運良く息継ぎできている状況なのだそうだ。

 

「博麗の巫女にのみ扱える、その陰陽玉。それを操れる巫女がいれば、村は安泰だったのですが……以前の博麗の巫女たる玉緒さんは、魅魔……様との闘いで亡くなられました。それ以来、陰陽玉は村に戻ってきたものの、担い手を選ぶことはなく……」

「ふらりとやってきた私が選ばれた、と」

「はい。紅さんはその陰陽玉に触れられる。陰陽玉に選ばれたのです。それは間違いありません」

 

 毅然とした表情で私に向き合うその女性は、よくみれば頬が少しこけている。

 ……これまで、どれほどの苦労を背負って生きてきたのか。

 

 人間は脆く儚い。短い生の中で、どれほどの苦しみを耐えてきたのだろう。

 

「大宿直村は、人が暮らす村です。妖怪を退ける者たちの村です。ですが、ですが……どうかお願いします」

「お願いします!」

「我々を、お助けくださいませんか!」

 

 一人が頭を下げ、そこから次々に額が床を叩く。

 その切ない音に私は息がつまり、思わず目線を外してしまった。

 

「……俺からも、お願いします。……俺だけの力じゃ、妖怪には立ち向かえないんです」

 

 そう言って最後に頭を下げたのは、この村の貴重な男手であり、妖怪の研究を続けているという若者であった。

 祖先は名高い僧侶に仕えていた坊主らしく、その頃より妖怪への研究が続けられ、彼はそれを受け継いでいるのだとか。

 

「俺は神主様や玉緒さんのようには……なれなかった。できたのは妖怪に近づかないための注意書きを書き記すことくらい。……それだけじゃ駄目なんだ。去年だって子供が何人も、食われている」

 

 人間は弱い。らしい。

 夜間に丸腰で妖怪に会えば、まず生きて帰れないくらいには弱い。

 

「陰陽玉に選ばれたあなただけが、頼りなんです! だから……!」

「わかりました」

「!」

 

 これ以上畳み掛けられる前に、私は答えを出した。

 というより最初から答えは出ていた。……観念するしかないでしょう、もう、これは。

 

「博麗の巫女、というのがどのような存在かは知りません。ですが、この陰陽玉……という魔道具が、私にとって信仰に値するものであることは疑っていません。皆さんのことも知りませんが、子供が死ぬことを正しいとも思っていません」

 

 そう、死ぬならば老いた者から死ぬべきなのだ。

 老いた者が枯れたように死に、そして食い殺されることこそが正しいのである。

 子供は生きねばならない。生きて、生を謳歌しなくてはならない。

 神社や博麗がどういったものかは知らない。けれど、私にとっての信仰とは、そういうものだ。

 

「……永遠にこの地に座すことはできません。ですが、この陰陽玉を受け渡せる相手が現れるまででしたら……良いでしょう。私は博麗の巫女とやらになって、この村を守るために力を奮いましょう」

「ああ……!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 私の快諾に、彼らは目に涙を浮かべ、私の決断を大げさに喜んでみせた。

 ……こんな赤の他人の、気まぐれともいえる返事一つに、そうまで喜ぶなんて。

 私も必要にされて悪い気はしないけれど、彼らの置かれている状況を思うと、彼らのように互いの手を取り合ってはしゃぐことなどできそうもなかった。

 

 

 

 大宿直村。人間の村であり、妖怪に囲まれた村である。

 しかし近々、その名も変わるらしい。

 もはやここは宿直を名乗れるほどに退魔師はおらず、夏の日の遠い畦道に揺れる陽炎のような郷だ。

 

 誰かが寂しげに、自嘲するように語っていた。

 ここはいつ消えてもおかしくない“幻想郷”なのだと。

 

 


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