東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 霊力というものについて、私はさほど詳しくない。

 しかし里の数少ない退魔師が発する気質からして、その正体に思い当たるところはある。

 

 なんということはない。

 生命ならば誰もが自ずと発している魔力だ。

 

「……こっち」

「正解。次は?」

「…………多分、こっち」

「正解。感覚は鋭いですね」

 

 札を並べ、正解の札を当てる訓練。

 釣りをしながら獲物がかかるのを待っている間などに、よくこのような遊びを繰り返した。

 

 札には微量の氣が込められており、霊力を感じ取ると弾けるように魔力が活性化するようになっている。

 うまい具合に靈威が霊力を当てれば、氣の込められた札がわかるという仕掛けだ。

 

 最初はわかりやすく多めに氣を込める。正解する毎に込める氣の量を減らし、霊力で探る難易度を上げる。段階的に難しくすることに気付くと靈威は少し困ったように眉を下げていたが、さすがは人間というべきか、十数日もすれば靈威の感覚はすぐに研ぎ澄まされていった。

 

 

 

「ここです」

「正解。はい、焼き魚」

「ありがとうございます。……紅様、これは鮎というらしいです」

「そうなの? どれも同じように見えるわね」

 

 魔力を感じ取る訓練と霊力を操る基礎的な訓練を終えたならば、次は札無しで力を探る訓練を行う。

 私と靈威が向き合い、私の放った氣が漂う空間を探らせるというものだ。普通の人間からすれば、何もない空間を指差す靈威の姿が見られるだろう。

 

「! ……背後、でしょうか」

「あら、これもわかるの。本当に筋が良いわね。人間だからなのか、靈威だからなのか」

 

 褒めていると言えば褒めているのだけど、私の口から出る些細なそれだけで、靈威はわかりやすく顔を赤くする。

 表情には乏しいけど、色白なこともあって顔には出やすい子のようだ。

 

「……紅様。この遊びは、役に立つのでしょうか」

「ええ、多分ね」

 

 変化は歓迎すべきだと思う。最近ではこうして自分から質問することも増えてきた。

 段々と里の人間に近づいている。体調管理は小悪魔の頃よりも一層気を使わなければならないが、それでも彼女が私の手から離れる日は遠くないように思えた。

 

「……紅様の役に立てるなら」

「私の役に立つ必要はないと思うけど」

「いえ……」

 

 しかし、どうも私と常に一緒にいることの弊害なのか。

 どうにも彼女は、生活の中心に私を据えたがっているように感じることがある。

 

 私は親代わりだが、人間にとって親が全てではない。

 うん。そうね、少し考えるべきか。

 

「決めたわ。靈威、貴女はもっと里の人々と関わるようにしなさい」

「……里の人達と、ですか」

 

 彼女はあまり積極的に他人と関わろうとしない。せっかく常識を教えたのだから、もっと交流していくべきだろう。

 

「里の各家の前に、この石を置いてきなさい」

「……」

 

 革袋から取り出したのは純度の低い翡翠だ。川辺で釣りをしていると時々拾うものだけど、最近は見なくなった。

 とはいえ里の少ない家に割り振るには十分な数が揃っている。

 

「そして、毎朝日が昇ると共に里へ出て、石に祈りを捧げて回りなさい」

「……祈り、ですか」

「巫女になるための訓練なのだから当然よ。人間なら霊力を捧げると言い換えても良いかしら。とにかく、石に霊力が定着するまで捧げるように。良いわね?」

 

 少し戸惑っているけど、不服というほどではないか。

 ともあれ靈威は頷いた。

 

「これも巫女見習いの勤めです。明日から励むように」

「はい」

 

 

 

 それからは靈威の日課に、里の見回りが追加された。

 やることは里を回って石に霊力を捧げるだけのことだけど、あまり詳しくない人からすれば毎朝敬虔そうに集中する靈威の姿は勤勉に映るらしく、私がたまに村人に会うと“いつもありがとうね”などと礼を言われたりする。

 人間の霊力を石に込めているだけだし、その霊力もまだ未熟なので翡翠に定着しきるものではないけれど、……うん、多少の魔除けにはなるかもしれないわね。

 

「いってきます」

「ええ。頑張って」

 

 一月もすれば、靈威の日課は里の人々の間でも周知のものとなった。

 靈威は相変わらず口下手だそうだけど、村人からは好意的に挨拶されることも多いらしい。

 たまに翡翠を確認するに、そこそこ霊力の扱いも上手くなっているようだから、訓練としても無駄ではないようだ。翡翠も既に加工されて玉となっているせいもあるのだろう。霊力の定着を後押ししているように見える。

 

「……翡翠ねえ」

 

 これは珍しい石だ。少なくとも、この石を見た命之助はそう言っていた。

 金や銀のようにとりわけ珍重されるものでもないが、ほとんど見ることはないものだという。

 

 私はそんな奇妙な石を太陽に透かして見せ、それが案の定陽光を通すこともないことを確認すると、翡翠を茂みに放り投げた。

 

 

 ――その翡翠が、空間より伸びた何者かの手によって掴み取られた。

 

 

「……何者です」

 

 突然のことだった。

 何だ、あの腕は。

 

 予兆もなく現れた生白い腕に、私の本能が久々に警鐘を鳴らしている。

 

「かつて翡翠は最も高価な宝石の一つでした。この国でも海を隔てた向こう側への貿易材料として人気を博し、様々な呪具の素材として使われていたのです」

 

 空間が裂け、一人の女が姿を見せる。

 妖怪らしい鮮やかな金髪が垂れ、胡散臭く笑う目は警戒する私を一瞥もせず、手元の翡翠に視線を注いでいる。

 

「しかし人は翡翠の美しさを、硬さを、力を、価値を忘れてしまった。どこにでもある緑色の、何の変哲もない石。ただそれだけの路傍の石へと成り下がったのです。……誰も目をつけない路傍の石……なら、忘れ去られたそれを“試しに”この郷へ招き入れても、何の問題もないでしょう?」

 

 翡翠が投げ返され、私はそれを受け止めた。

 石には何の力も込められていない。

 

「再び打ち捨てるには惜しい品ですわ。是非持っているべきかと」

「……貴女は」

「ふふ。……はじめまして、二代目の博麗の巫女。私は八雲 紫と申します。まずは……貴女に感謝を」

「感謝?」

 

 初対面の相手に感謝される理由もないんだけど。

 

「そう警戒しないで。貴女の人柄はこれまで見てきて、概ね理解できました。その上でこうして直接顔を見せ、お礼をしに来たのです」

 

 (ゆかり)と名乗った妖怪は疲れたように笑っている。

 

 ……胡散臭くはあるけど、その胡散臭さにどこか懐かしさを感じる。

 なるほど。彼女も彼女で、苦労しているのかもしれない。

 

「……とりあえず、お茶でも淹れましょうか」

「あら嬉しい。ありがとうございます」

 

 これが私と紫の出会いだった。

 少なくともこの時はまだ、互いに長い付き合いになるなどとは思っていなかったに違いない。

 

 


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