東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 三年の教育方針が定まったことを再びライオネル様に伝えると、この手法でも問題ないだろうというお墨付きを頂いた。

 人の精神にも限度はあるので、あまり厳しくしすぎるのはどうかとも言われたけれど、自立させるならば多少は仕方ないし、今に関して言えば丁度いいだろうとのことだ。

 靈威の状態を注視しつつやっていこうと思う。

 

 

 

「随分と厳しく躾けることになったのですね」

「ええ、まぁ。最後に三年ほど鍛えて、それから出立する予定です」

「既に巫女の役目は移ったというのに、優しいのね」

「……中途半端に投げ出しても、ろくなことにはならないもの。やり遂げないとね」

「ふふ」

 

 八雲(ゆかり)は巫女の役目が靈威に移ってからも、彼女の指南役として時折面倒を見てくれている。

 秋や冬の間はあまり姿を見せる機会もなかったけれど、暖かくなってからは元通りだ。彼女は私の知らない巫女らしい作法に通じているのでありがたい。

 私だけではどう頑張っても、戦い方や生き残り方しか叩き込めないので。

 

「そういう紫。貴女も靈威に優しいでしょう。妖怪なのに」

「妖怪だけど、私は良いのです。幻想郷のためにやっているので」

「ふうん。どうだか」

「むしろ優しくしてあげてるのに、未だに靈威は私を信頼してくれなくて少し困っています。素直なのは助かりますが、ちょっと距離があるといいますか」

「思わせぶりに扇で口元を隠しているのが悪いのでは?」

「……考えてみましょう」

 

 それから紫も数日間は努力したそうだが、靈威が心を許すことはなかったという。

 ふむ。まあ、他にも色々あるでしょうから、頑張りなさい。紫。

 

 

 

 教育方針を変えてからの日々は順調だ。

 靈威の方も三年という猶予があるおかげか、それまでの日々を無駄にすまいという気迫をもって鍛錬に臨んでいる。

 厳しい修行の中で彼女の霊力は日に日に輝きを増し、今ではすっかり私の潜在量を越えてしまった。

 

 霊力。生命力から、魂から生じる生物特有の正の魔力。なるほど。確かにこの力は妖魔に対して有効だ。ただ強く出力させた霊力をぶつけるだけでも十分に私達に通じている。

 近頃の鍛錬で靈威の攻撃を受けることも多くなってきたけど、一撃の重さを実感することも増えてきた。

 現代の神や妖怪は生物の信仰や畏敬によって莫大な力を得ているというけれど、さもありなん。人の霊力が我々の根本を揺るがすのも無理はない。人を生かさず殺さず、恐怖の念だけを掠め取って生きる妖魔が増えるのにも納得だ。

 

「紅さん……今の一撃、ご無事ですか」

「あなたに心配されるほど、柔な身体はしてないわよ。靈威」

「す、すみません」

 

 一日の訓練の終わり、靈威より振るわれた大幣による打撃。

 その良いやつが私の腕に決まった。これがまた、気で防御していたにも関わらずなかなか痛い。魔族同士の抗争で負った傷とは一味違った“重傷”だ。痺れる痛みというか。力が抜ける痛みというか。

 

「うーん……しかし聞いてはいたけれど、人間の成長は著しいわね」

「紅さんのご指導のおかげです」

「紫も入れてあげなさい。まあ、その通りなんだけどね。それにしても貴方達の伸び代には驚かされるのよ」

 

 靈威だけではない。私が里にやってきてからというもの、色々な人が変わっている。

 中には老いて死んだ者もいるが、背丈が倍近く伸びた子供も多い。言葉を発するのも覚束なかった彼ら彼女らがはきはきと大人のように喋り、動く様を見るのは本当に驚かされる。そしてその生態は魔人の生涯を早回しに見ているのともまた違うから面白い。

 

「でも霊力を使った組み手に関して言えば、そろそろ頭打ちかもしれないわね……」

「え……ど、どういう、ことでしょうか……」

「私の身体が持たないのよ。どうも魔族の身体は霊力が凝縮された一撃を受けるには脆すぎるみたいでね」

「ご、ごめんなさい! やっぱり、痛かったですか……!?」

「いえ、痛いのはいいのよ。よく出来たと褒めてあげる」

 

 氣を練って全身を包んで組手を行えば話は早い。それだけで霊力を帯びた靈威とは無傷でやりあえるだろう。

 けれどそうすると逆にこちらの力が強くなりすぎてしまい、ふとした拍子に靈威を傷つけてしまうかもしれない。私が怪我する分にはいくらでも治しようがあるが、靈威の方はそうもいかないのだ。人間はそういうところが面倒だった。

 霊力の放出無しでやっても動きの癖が変わってしまうし、せっかくの人間の持ち味を失うのはちょっとなぁ……。

 

「うーん……」

 

 なにかこう、うまいこと靈威の組手の相手になるようなものがあればいいのだけど……。

 

「よし」

「ど、どうかされましたか……」

「いえ、困った時に頼る方は決まっているので、またその方に相談してみようと思い立っただけよ」

「……紫様ですか」

 

 どうでもいいけど、紫の話をする時の靈威はあまり乗り気じゃないのよね。

 本当に信用というか、信頼されてないみたい。なんでだろう。胡散臭いからかしら。かわいそうに。

 

「紫でも良いんだけど、彼女ではないわ。古くから付き合いのある御方でね。魔界という場所に住んでいらっしゃるのだけど」

「魔界……以前、紅様がいたという」

「ええ、話したこともあったでしょ。そこにいらっしゃる親切な……妖怪? 魔人? 魔族? ……そういえばどういった存在なんだろう、あの方は……」

「?」

「まあともかく、とても頼りになる方がいるので。その方に文を送ってみることとします」

「……私のために、ありがとうございます。紅様」

「いいのよ。私の力不足でもあるからね」

 

 私がもっと上手い加減を知っていればこんなことにもならなかったのだけど、言っても仕方あるまい。

 さてさて。ライオネル様に便りを送って……文面は……私の腕前では組手が難しいので、と……。

 

「……ああそうだ、靈威」

「は、はい」

「紫との鍛錬もしっかりやってる?」

「はい。今は巫女としての結界の扱いや、修繕などを……」

「ふうん。難しそう。そっちは大丈夫?」

「問題は特に、ありません」

「そ、なら良かったわ」

 

 うーん。なかなか靈威からも紫の話題が出てこない。

 紫も淡々と教えるばかりで、色々と蔑ろにしてるんじゃないかしら。

 

 


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