東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「ライオネル、何してるんですか?」

「死んでる……」

「寝心地良くなさそうですねそれ」

「うん……」

 

 私は棺に納まった状態で魔界へと帰ってきた。

 

 大宿直村。今はその名を幻想郷と変え……そして……私は……うん。

 まだ来ちゃ駄目なのだそうだ……何故とは言うまい。理由はわかる。納得もできる。ただただ私は悲しい……。

 

「覚えておくといい神綺……これこそが外界の悪名高き魔女狩りと呼ばれる風習なのだ……」

「多分違うんだろうなっていうのはわかります。ほらほら起きてください。パンデモニウムの道端でそんなことしてたら、性格の悪い奴に火葬されちゃいますよ」

「ありがとう神綺……」

 

 私は神綺によって棺桶から引きずり出された。

 ボクサー装備は虚しくなったので手早く黒い炎で焼却し、いつものローブ姿へと戻る。

 

「そういえばライオネル、魔女狩りってもうそろそろの出来事なんですか?」

「さあ……私あまりそういうの詳しくないからなぁ……」

「外の人間の魔法使いが大勢殺されるらしいですけど」

「うむ。まぁ史実として有名だから絶対に起こるものだとは思う。具体的にヨーロッパのどこらへんかは知らないけどね。けど、さすがに魔法使いが全滅したりはしないさ」

 

 そもそも魔女狩りの悲劇というものは、大体が魔女の烙印を押された罪なき女性達が主なところであろう。本物の魔女はそう簡単に一般人によって拘束も処刑もされない。きっと殺されるのは普通の人間の女性たちだけだ。

 どうしてそんな不思議ジェノサイドイベントが発生してしまうのか甚だ疑問であるが、人間のやることに合理性を求めすぎてもいけない。その場のノリや勢い、勘違いや迷信によってやらかすのが人間という生き物なのだ。きっと紐解いてみればどうでもいい真実が待っているに違いない。薄々“こうだろうな”と思える理由はあるからね。

 

「死ぬ魔女もいるだろう。けど、死なない魔女も多い。魔女は生き残る」

「アリスのような魔女もですか」

「いやー、アリスは死なないだろうねえ。あれくらいまで魔法の腕を上げてしまえば、人間の手には負えないだろうさ」

 

 棺桶を引きずりながら魔都を歩く。

 町ゆく人々は棺桶を引きずる私……というよりも隣の神綺の方に目が行っているようだ。明らかにざわついている。

 

 ……ふむ。こうして軽くパンデモニウムの中を見回すだけでも、群衆の中に人間の姿は見られるな。

 どこぞのゲートを通って魔界へと来たのだろう。魔法使いか、それとも別の存在か。いずれにせよ魔都を出歩くくらいだ。一切の魔に通じていないというわけでもないだろう。

 魔女狩りが激化するなり、あるいは神秘を否定する動きが人間社会に蔓延するようになれば、この通りにも更に人の姿が増えるかもしれない。

 

「ライオネル、その棺桶どうするんですか?」

「うーん……臙脂学派の新研究所にでも寄贈しようかな」

「貰ってくれるんですかねえ」

「お土産代わりにすれば大丈夫だろう」

「なるほど?」

 

 

 

 臙脂学派は魔都最大の学閥だ。

 青白い肌の悪魔、ナハテラが率いるこの組織は、クイズ大会の後その存在感をより強いものに変えている。やはり組織のトップが魔法に詳しいともなればついていきたいと考える者は多いのだろう。他の学閥を抜けて臙脂学派に籍を置く悪魔は大勢いた。

 

 臙脂学派の新研究所は魔都の一等地に存在する。

 広大な敷地にはいくつもの研究棟を建てられ、それらは魔法の研究で明かりが消えることがない。

 ナハテラの方針故か、臙脂学派は非常に間口の広い学閥だ。来るもの拒まずの精神は私のような余所者であっても入り口で拒むことはない。

 

「待ちたまえ、そこの骸骨。その棺桶を……」

 

 と思いきや止められた。さすがに棺桶は通してくれないのか。

 

「いや……ら、ライオネル・ブラックモア様でいらっしゃいますか」

「やあ。またお邪魔させてもらうよ」

「ふーん、内装はこうなってるんだ……ねえあなた、入場料いくら?」

「! し、神綺様……どうぞお通りください!」

 

 うむ。神綺がいると来るものを拒むのか拒まないのかよくわからなくなってしまうな。

 話が早いのは楽で助かるから気にしないけども。

 

 

 

 外部からの者でも、一部の魔法使いにも施設のいくつかは開かれている。

 私は近頃はそこでの研究や閲覧にはまっていて、同じ目的で赤肌の姿もそこにあった。

 

「やあ赤肌」

「……」

 

 本棚の犇めく閲覧室で静かに読書していた赤肌は、棺桶を持って現れた私に胡乱げな目を向け……すぐに隣の神綺を認識し、目を見開いた。

 

「ふむ……」

 

 とりあえず彼は本を閉じると、しばらく眉間を揉んで、やがて再びこちらへ向き直った。

 

「何故、魔界の創造神たる神綺様がこちらにいらっしゃるのか」

「私はただの見学よ。魔法とかよくわからないけど」

「……なるほど」

「あ、そうよ。ライオネルの付き添いのようなもの。棺桶は特に意味はないから安心してね」

「……神綺様。心を読まないでいただきたい」

「あらごめんなさい。……わ、読めなくなった。そういう術も心得があるのね。すごいわ」

 

 無防備な相手であればある程度心が読める神綺と、物分りの良い赤肌のスムーズな会話である。

 しかしほとんどの悪魔は内心を読まれることを良しとしない。世の中には読心能力を持った魔族も大勢いるが、それ故に対抗策も豊富なのであった。

 

「じゃ、ライオネル。ここは退屈そうですし私は軽く見回ってきますね」

「はい、いってらっしゃーい」

 

 閲覧室の殺風景さに早々に飽きた神綺は去っていった。

 

 ……その間ずっと口を手で覆い沈黙を守っていた赤肌が気になる。

 

「赤肌、何故喋らないのだ」

「……そのまま、何故魔神が一緒に来たのかと問わせてもらおうか」

「神綺も言っていたけど、付き添いだよ。彼女は私の相談役だからね」

「……さほど害はないとは聞くが、寿命が縮む気持ちだよ」

 

 小悪魔ちゃんの時もそうだったけど、赤肌は少々過敏なところがあると思う。

 実害や危険性で言えば夢月や幻月、幽香といった面々の方が遥かに抜きん出ていると思うのだが。

 

「それで、ライオネル・ブラックモア。誰のものでもない棺桶を持って何をしに来たのだ」

「閲覧の続きをと思ってね」

「? 外でしばらく用があると言っていたが、もう良いのか」

「うん……それはちょっと、なくなったから……色々あってね……色々……」

「……まあ座るがいい。話くらいならば少しは聞くぞ」

「話せば長くなるのだが……」

「やれやれ」

 

 


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