東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 靈威を見守るのも残すところあと一年。

 彼女は強く、麗しい少女に成長した。

 

「おはよう、靈威ちゃん。今日もありがとうね」

「はい」

 

 長く伸びた黒髪。凛とした佇まい。物静かでありつつ丁寧な受け答え。

 彼女は村人たちの中心的存在とは言えないだろうが、村人達から敬われる存在へと変わっていった。

 誰もが畏れ敬い、しかし慕われている。数年前こそ私が巫女として村に残り続けないことに不安そうな顔を見せることもあった村人らも、今や靈威が博麗の巫女であることに異を唱える者はいない。それほどまでに、靈威は頼りがいのある巫女となったのだ。

 

「靈威ちゃん。今日もお勤めご苦労さまです。……この前の鬼火退治、本当に助かりました」

「いえ。私の役目ですので。ご無事で、何よりです」

 

 私と隠岐奈によって鍛えられた体術。そして日毎に研ぎ澄まされてゆく霊術。

 彼女は今や私の補助無しでも複数の妖怪を打ち懲らしめるだけの実力を身に着けた。

 この私でさえ、油断して数発良いものを貰えばどうなるかわかったものではない。

 

 ……特に、あの陰陽玉。あれを“本気で”使われたらもうお手上げだ。

 私も陰陽玉の全てを知っているわけではないけど、きっと陰陽玉の力を数割も引き出してしまえば靈威に勝てる妖怪は……ここ周辺では半数を下回るのではないだろうか。

 だから巫女としての役目を考えるのであれば、そうね。陰陽玉に頼り切ったほうが良い。それも博麗の巫女としての形の一つなのだろうと思う

 でも、私はそうは育てなかった。靈威には博麗の巫女としての生き方以外にも、他の道もあってほしいのだ。

 

 魔道具に頼り切った生は必ず滅びを引き寄せる。

 私は靈威にそうあってほしくはない。

 

 だから、あの陰陽玉も。かつての私の半身であり、母の依代であるそれでさえも。

 蹴っ飛ばして、殴り飛ばすくらいの扱いで構わないのよ。

 骨は捧げられ、敬われるだけではない。骨は、道具はほどほどに使われるべきものなのだ。

 

 もしあなたが傷ついた時。その時はきっと、陰陽玉は力になってくれるでしょう。

 それまでは自分の力で大地に立ち、生きなさい。

 

 

 

「強くなりすぎた」

 

 ある日、神社の前で隠岐奈がそう零した。

 靈威のいない日のことである。話の内容も、靈威なのだろう。言いたいことは私もわかる。

 

「スパルタ兵並みに厳しく教えてるつもりなのに、末恐ろしい子だわ。こちらの示すことをすぐに吸収し、自分のものにしようとする。傷つくことを恐れないし、目をそらさない。……どういう基礎教育をしたらあんな人間が生まれるのかしら」

「人間は覚えが良いわね」

「他人事になってるんじゃないよ」

 

 隠岐奈の教えは非常にわかりやすく、上質なものであった。

 神様をやっているだけあって何より、魔力の扱い方が上手い。それと格闘技術を絡める戦法も素晴らしい。私も横目に見ながら多くを学ばせてもらったほどだ。

 

「隠岐奈。強すぎると何か困ることでも?」

「幻想郷のバランスが保てない」

 

 懸念はなんとも弱気なものだった。

 妖怪たちがその気になれば人間なんて一瞬で滅ぼせると思うけど。

 

「もちろん幻想郷から人里を消そうと思えば簡単よ。そこらへんの連中が一斉に襲いかかればそれで終わる。こればかりは靈威にも止められない……けど、靈威がどこかの勢力に飛び込んでいった時、きっと彼女は……」

「ひとつの勢力を滅ぼせる?」

「多分」

 

 そう、靈威は強くなった。強くなりすぎた。

 私も人間がここまで妖怪に対して強くなれるとは思わなかったので驚いている。

 妖怪特攻の霊術は磨けばここまで輝くのかと感心する日々だ。

 

「そりゃ靈威にそのつもりはないんでしょうけど、周りの妖怪がどうしてもピリピリしているようでね。彼らが何をしでかすか、ちょっとわからないところまできている」

「妖怪の統率こそあなた方の仕事では?」

「いや全く耳が痛い。……連中の潜在能力を上手いこと操作して微調整はしてるんだけど、それも妖怪間の話でね。勢力図に人間が関わってくるとこう、難しいのよ、調整」

 

 そう言うと隠岐奈は私に手をかざし、何かの力を放った。

 

「お、なんだか体が軽い」

 

 力が漲ってくる。なんだろうか。嫌な感じは全くしないのだけど。

 

「これが私の能力の一つ。普段はもっとあからさまにならない程度に使って、勢力図の調整をしてるのよ」

「すごい。これなら靈威の本気の打撃も防げそう」

「はい終わり」

「力が抜ける……」

「そんなにしょぼくれる? ……まあつまり、私が言いたいのは……靈威を危険視する動きが一部に見られてて、危ないなってこと」

「……」

 

 靈威を危険視、か。

 

「特に天狗。多分あなたが以前暴れたこともあって、巫女のことを根に持ってるわね。新しい巫女には力を見せつけたいんでしょう。動きが活発になってる」

「あー」

 

 一度鼻高天狗の鼻を折ってやったから、そのせいもあるのだろう。

 とはいえ急がなければ靈威ごと人間が死んでいたかもしれない場面だ。今更どうこう言っても仕方がないのだが。

 

「そして恐ろしいことに、靈威のやる気がね。いやぁ、巫女としては当然なんでしょうけど……妖怪退治が精力的すぎる」

「真面目な子だから」

「真面目すぎて大変よ本当……」

 

 良くも悪くも、靈威は機械的だ。

 指示には素直に従い、決めたことは必ず守る。貫く。

 だから彼女は力を抜くということをしない。決して遊ばない。妖怪退治をすると決めたら彼女は妖怪を倒すまで何度でも挑むし、闘うのだ。

 

 それが少し悪目立ちしているらしい。

 

「うーん……靈威、あの子そういう融通とか効かないからなぁ……」

「不器用なのよね……」

 

 容姿端麗。文武両道。そんな靈威にも弱点があった。

 彼女は時々大雑把で、不器用なところがあるのだ。

 だからこそ人間関係も未だに深く掘り下げられてないし、自分の時間というものを作れない。

 肩肘張った生き方に慣れているという意味でもあるけれど、これはこれで放っておけない状態だ。

 いや、そもそも今は急を要するかもしれない場面ですらある。

 

「どうにかして靈威の興味や矛先を、妖怪の勢力とは別の方向に向けてやりたいわね……」

 

 隠岐奈の目論見は、靈威の妖怪退治の習慣を抑えることだ。

 しかしそれはそれとして、実戦は続けなければ体が鈍る。

 全力で闘えて、それが問題にならない相手を用意したいというのが近ごろの彼女の悩みらしかった。

 隠岐奈も常に靈威に付きっきりでいられるわけでもないそうだし。

 

「……わかりました。ではちょっとライオネル様に相談してみます」

 

 というわけで私はまたしてもライオネル様に頼ることにした。

 この手に限る。

 

「……いや、紫から聞いてるけど。そんなに仲いいの?」

「仲が良いかは正直わからないですけど、お世話になってますし。他に頼る相手もいないので」

「……貴女、かなり極端な人間関係しか持ってないから、これから旅をするなら色々と人脈を作りなさいね」

「なるほど?」

 

 妙な忠告をされたものの、今はひとまずライオネル様への手紙を認めるのだった。

 

 


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