またしても紅から相談がやってきた。
「ふむふむ」
「ライオネル、今度は何が来たんですか?」
「いやね、どうも紅が育てている人間のことでちょっと悩みがあるらしくてね」
「ははぁ」
セムテリアの塒でボクサーゴーレムの試作品を作っている最中のことである。
神綺も神綺で暇そうにレンガの彫刻を楽しんでいたようで、手紙を読みにやってきたらしい。
「……ふむふむ……なるほど、その靈威って子が暴れん坊で困っていると。どんな子なんでしょうね?」
「見た目はこんな感じだね。フッ」
私は息に僅かな黒煙を混ぜ、床の上に吹きかけた。
薄い煙は魔力によって私の思う形を作り、すぐに精巧な人型へと変化した。
まだ幼気ながらも美しい顔立ち。
紅から継承されたらしき巫女装束。
私の劣化しない記憶は、風景の再現において優秀な力を発揮する。
「あら、可愛らしい子ですねぇ。人間だとこの見た目は……二十歳くらいですか?」
「十と少しだろうね。十五くらいじゃないかな」
「若ーい」
そりゃ私達と比べれば若いだろうさ。エレンやアリスだって似たようなものだろう。
「どうするんです? ライオネル。また地上へおでかけ?」
「いや、私は幻想郷にはいかない。ていうか行けない。行けないのだ……」
「となると、どうするんです?」
「魔界に来てもらえばいいよ」
「ああ、そういうことですか」
神綺が手のひらをぽんと叩いた。
「幻想郷で暴れているのが厄介なら、魔界に来てもらえば良いと。なるほど確かに」
「裏山の鍾乳洞にゲートがあったから、そこを一時的に弄って別の魔界の特設区画に移動するように調整しよう。あとは靈威ちゃんのトレーニングも兼ねて、魔界の人たちと闘ってもらえばいいさ。しばらく魔界にかかりきりになれば、幻想郷の妖怪たちも少しは沈静化するに違いない」
なに、魔界だって外とは比べものにならないほどの人外魔境だ。
妖怪退治に熱心な靈威ちゃんならばきっと魔界の特別バトルツアーを楽しんでくれることだろう。
「靈威ちゃんと闘うのは誰です? 枷を外した上級悪魔とかだと逆に殺されちゃいそうですけど」
「さすがにそこは分別のある人たちにね。サリエルに頼んでみるよ。彼女であれば上手くやってくれるはずさ」
「なるほど、それは良いですね!」
というわけで、私は幻想郷に足を運ばないまでも、とりあえず一時的な協力を約束したのだった。
紅に返信を送ると、彼女はとても喜んでくれたようだった。
「で、私にその人間の相手をしろと」
「うむ。サリエルも興味がないわけではないでしょ」
「いや、あまりないのだが……」
堕ちたる神殿でサリエルに打診すると、思っていたよりもしょっぱい返事をもらった。ちょっと予想外である。
「今は外からゲートを潜って来る人間たちが増えて、監視も忙しくなっている。そう手は空いていないぞ?」
「もちろんそれはわかっているさ。これからも魔界にくる人間が増えるかもしれないからね」
「今以上にか……増えるな、人間は」
「増えるさ、人間だもの。ハーバーボッシュで人口があぼんしてすぐに七十億さ」
「よくわからんが、恐ろしく増えるのはわかった……で、それでも私にやってほしい仕事だというのだな?」
「うむ」
真面目になったサリエルの顔に、私は頷いた。
「幻想郷は面白い土地だ。管理者がしっかり腰を据えているのが良い。あれは長く見ていく価値のある場所だと、私は思っている。何より博麗の巫女のいざこざは、元をたどるとまぁ、私がそうなんというかね、アレな部分もないではないのでね」
「……はぁ。構わんさ。お前の頼みならばそれも魔界の仕事さ」
「ありがとう、サリエル」
「なに、構わん。ついでにエリスも働かせてやる。近頃また腑抜け始めたから、丁度いい運動になるだろう」
サリエルの小間使いとして頑張っている悪魔、エリス。彼女も手伝ってくれるようだ。
本人の意志は聞いていないが契約者のサリエルがオーケーを出したならば、それはオーケーなのである。
「ふーむ。ちなみにサリエル」
「なんだ?」
「幻想郷のある日本には、八意永琳もいるよね」
「むっ」
「靈威からは今の日本の文化についても、当事者の目線から聞けるかもしれない。八意永琳と話すときの種になるんじゃないかな」
「……ライオネル。それは彼女を餌に私にやる気を出させようとしているつもりか?」
少しあからさますぎたか。
「確かにその通りだな。靈威とやらに会ったら、少し話すとしよう」
「話すんだ」
「もちろん話す」
「やる気は出てきたかい」
「もちろん出てきた」
そういうことで、少しやる気の強くなったサリエルが靈威ちゃんのスパーリングパートナーに任命されたのであった。