鳩
ここは東の国のとある小さな神社、博麗神社。
土地は肥沃であるが数多の怪奇や妖怪などの“人間でない何か”が周囲に潜む土地柄であるため、普通の人間は滅多に近寄らない。
しかし、この土地にも人は暮らしている。
寄り添い、人里を作り、もう何十年も生活を続けていた。
“人間でない何か”が、人里におりてこないのにはわけがある。
それは、この人里を守護する“巫女”が博麗神社にいるからだ。
三代目博麗の巫女、博麗 靈威。
この小さな神社で暮らす、まだ少女とも呼ぶべき彼女こそが人里の守護者である。
靈威はここ幻想郷が大宿直村と呼ばれていた頃から続く、妖魔退治の力を受け継いでいたのだ。
かつては退治屋も数多くいた。
大宿直村から現れる妖魔を抑えるべく、各地の力のある修験者、調伏師などが自然と集まり、人里を守っていた。
だが、以前の“大悪霊”封印の際の犠牲は非常に甚大で、集まった者は全滅した。
今では退魔の術を実戦級まで受け継いでいるのは、靈威ただ一人。
“大悪霊”の惨劇から時が経ち、人里の人口も持ち直してきた。
それでも失われた退魔の技術は年月とともに人々の中から掠れ、妖魔の問題に対して動ける者は博麗の巫女の他に居なくなってしまった。巫女の負担は、心身共に非常に大きいだろう。
この神社の巫女は“人間でない何か”を人里に近付かせないため、本来であれば敵うはずもない数多くの敵に対し、精一杯の修業を積み、己の一生を賭している。
ある日、靈威は博麗神社の前に看板が置かれているのを見た。
詳しい内容については語らないが、どうやら対処しなければ看板を撤去することはできないらしい。
靈威は怒りと呼ぶには少々アレな規模の事件に乗り気ではなかったが、妖魔の関わる問題に対処できるのは幻想郷において自分ただ一人である。自分しかいないのであればやるしかないのだろう。
靈威は楽天家ではない。努力家であり、慎重な少女だった。
そんな彼女をしてあまり気の進まない案件というのも珍しかったが、首謀者を退治しに行くことには決めた。
決めたのであれば、あとはやるだけである。
現実世界と異界とを隔てる
そこに潜む相手にどんな術が有効なのかはわかっていない。
だが博麗神社最大の秘宝“陰陽玉”であれば、無理ということはないだろう。
「陰陽玉をうまく使えば、なんとかなりますよね……」
靈威の目の前でぽっかりと暗闇を湛える鍾乳洞。
その最奥からは不可思議な波長の魔力が漏れ出し、足元にまで垂れ込んでいる。
「……行ってきます」
そうして、博麗の巫女の冒険が始まった。