闇
巨大隕石の衝突。生物の絶滅。ひとつの時代の終焉。
氷河期、新生物……様々な時代の終わりを見てきた私だが、こうしてはっきりとした線引を見たのは初めてのことだろう。
白亜紀……中生代は終わりを迎え、新生代に突入したのだ。
地球は今、どうなっているのだろう。
アマノと私が身を挺して守った地球は、今、どのような姿でいるのだろう。
アマノの遺骨に吹き飛ばされ、隕石の衝撃によって地面に叩きつけられた今の私には、それを知る術はない。
もしかしたら、今こうして深い土の中にいると私が思っているのも勘違いで、実はここは地球などではなく、隕石によって破壊された地球の破片のひとつ……なのかもしれないのだ。
地球は無事か。私は今どこにいるのだ。
灰と金属の入り交じった、魔力の希薄な暗闇の中においては、それすらも知覚することはできなかった。
……アマノは死んだ。
またひとつ、神の命が失われた。
一つ目は私の恐れと無知が、二つ目は私の無力が招いたことだ。
確かに隕石は強大で、アマノが身を賭しても破壊しきれないほどのものではあった。
そのようなものに対して私が身を削り、全力で挑んだとしても、地球を庇い切れたかどうかは疑問がある。
だが仮定の話をするのであれば、何故私に力が無かったのかと、嘆かざるを得ない。
もっと私の術に、力があれば。この果てしない時間の中で、凄まじい破壊を成す魔術を構築していれば。
隕石……いいや、それ以上の、それこそ惑星ひとつ分をまるごと消し飛ばすくらいの魔術を覚えていれば。
このような悲劇は、起こらなかったはずなのだ。
全ては結果論だ。後の祭りだ。しかし、事実である。
考えようによっては、果てしない時間の中で起こり得る大いなる災いに備えなかった私の過失と取れなくもない。
私の非力が、アマノの死を、彼女の民草の根絶を招いたのだ。
「……地球は、同じ未来をなぞるのだろうか」
恐竜が滅び、哺乳類が栄える。
私が最後に見た哺乳類は小さく、人間の面影などこれっぽっちもないようなものであった。
はたして彼らが遠い未来において、ちゃんと二本の脚で歩き、物を深く考え、半導体の微細なる芸術を生み出す存在へと昇華するのだろうか。
時の流れを見てきた私には若干の不安があるが、こうして隕石によって大いなる滅びを迎えたことを考えると、これからの未来の広がり方にはひとつの確信が持てる。
つまるところ、霊長類の進化と、ヒトの出現だ。
奇しくも私の非力さとアマノの犠牲によって、地球は元通り、私の知る形に向かい、変容を続けている。
「……運命というやつなのかもしれぬ」
運命は、我々を同じ場所へ戻そうとする。
まるで狙ったかのような世界の変遷に、神の予定、なんて言葉が頭の中に浮かんできたが、残念なことに責任を押し付けられるような便利な神様は、もうこの地球に存在しない。
もしくは、かつて私が人間だった頃に見聞きしてきた地球の歴史とは、こうして私が土台を組み上げたが故のものであったのかもしれない。
呑気にビールを飲みながらぐうたらしてた私という人間の存在が、実は私やアマノの存在あってこそのもの……だとすると、なかなかに面白いというか、馬鹿げた話である。
「はぁ」
魔力と光の暗闇で、私は風なきため息をつく。
沈黙と孤独の世界でできるのは、自分を見つめることだけだ。
四億年過ぎたこの人生で数えるのもバカバカしいくらいに何度も考えてきたことが、再び頭の中に湧き出てくる。
どうして私は、ここにいるのだろう。
唐突に過去に追いやられ、魔力のしこりとも言うべき姿となり……一体何がどうしてこうなったのだろうか。
こんな奇想天外な境遇に、自らを不幸だとか、永遠に続く地獄だとか思ったことは、不思議なことに一度もないけれども……神の死を見てきた私には、私という存在の意味が、全くもって理解できなかった。
いや、結局のところ、あるのは私が過去に投げ出されたという結果というだけで、特に深い意味などないのやもしれぬ。
私はただ、宇宙でも極端に珍しい転び方をしただけで、そこには何者かの意志も、予定などという陰謀じみたものも介在していないのだ。
私に都合の良いありきたりな生の理由は、与えられていなかった。
ならば私の意識は、何に向かって邁進してゆけば良いのだろうか。
「……」
心の中で瞑目し、想う。
生の理由。四億年もの間、とんと答えは出せないでいたが、今ならばはっきりとわかる。
命を投げ出そうとした私は、アマノによって生かされた。
ならば私は、アマノの意志を受け継ぐべきなのだ。
この地球の行く末を見守り、新たな生の歩みを見守る。
地球を守り、その歩みが途切れることを防ぐ。
きっとそれが、長い命を持った私にようやく与えられた、生きていることの理由なのだろう。
「……ああ、任せてくれ」
私は心の中で暖かな未来を夢想し、新たな魔術の理論を構築し始めた。
もう二度と、この世界に悲しい滅びをもたらさないために。
二度と、私の大切なものを殺さないために。
いつか、私が地上へ戻るその日まで。
新たな魔術を作ってやるのだ。
あらゆる破滅を跳ね除け、壊し、滅ぼす……人知を超えた力のもった大魔術を。
不可能ではない。きっとできる。きっと次は、守ってみせる。
そう、私は大魔法使い……ライオネル・ブラックモアなのだから。