東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 靈威が鍾乳洞を進んでゆく。

 裏山にあった目立たない入り口。裏山の規模と位置から考えればそう深くまでは続かないはずのそれ。

 だが予想に反し鍾乳洞の内部は深く、緩慢に歩くだけではいつまでも奥へ進めないほどの広がりがあった。

 

「……空間が結界で伸長されている……?」

 

 内部には侵入者対策のためか、幾つもの結界が張り巡らされているようだった。

 そのうちの半分近くは明らかに陰陽道に通じる者によって張られた結界らしく、不用意に触れた者を懲らしめる術が込められているようだ。

 

「っ!」

 

 油断すると、結界の感知に触れる。

 靈威も気を張って進んでいるつもりではあるが、それでも巡らされた膨大な罠の全てを避けることはできない。

 発動した罠から射出される霊力弾を札と大幣で撃ち落とし、安全を確保。立ち止まり、罠が沈黙したのを確認して再度進行。

 

「まだ入口なのに……」

 

 鍾乳洞は始まったばかり。だというのに、既に紫と訓練している時のような緊張感を覚える。

 それでも、今まで紅や隠岐奈によって鍛えられた反射神経や体術をもってすれば回避は難しくない。

 一応は自分の培った力が通じるのを確認して、靈威はそれを励みとした。

 

『博麗を継ぎし者よ』

「!?」

 

 鍾乳洞を進み、周囲のほとんどが暗がりの中に落ち込んでしばらくしたその時。

 淡々とした男の声が洞窟内に響き渡った。

 

「……どなたですか?」

『我が名は“神玉(しんぎょく)”。陰陽玉に生み出されし封印の権化』

 

 しかし次に響き渡ったのは若い女の声。

 男と女。二人の声が響いている。おそらくは暗い洞窟の奥深くから。

 

『これより先は魔界なり』

『これより先は地獄なり』

 

 暗がりの中から、宙に浮かぶ二人の人影がぼんやりと現れた。

 一人は神職の男らしき風貌で、もう一人は巫女のようにも見える風貌。

 どちらも輪郭や細部はぼやけており人相は定かでないが、超然とした雰囲気や肌に感じる強い霊力からして、人間でないことは確かであった。

 

「私は……行かねばなりません。博麗の巫女として、魔界へ」

『博麗の巫女よ。魔界への道を求めるか』

 

 訊ねたのは女の方だった。

 

「はい」

 

 靈威は間髪入れずに答えた。すると女の方も悩む素振りを見せずに頷いた。

 

『ならば博麗の力をここに示せ』

「博麗の……ッ!?」

 

 神玉たちの発する気配が膨れ上がる。

 無機質な霊力が波動となって洞窟内を駆け抜け、風音が不気味に反響する。

 

『我らは“神玉”、異界の栓。役目であらば抉じ開けよ』

「……これは……巨大な、陰陽玉……!?」

 

 二人の人間形態だった神玉たちが融合し、一つの巨大な陰陽玉となって真の姿を表す。

 それはすぐさま感慨なく霊力弾の群れを放出し、靈威を襲った。

 

「くっ……」

 

 神玉より降り注ぐ魔弾の雨。靈威は暗闇の中で仄かに輝く弾を器用に回避しつつ、反撃の札を繰り出した。

 札は神玉に命中し、小さな霊撃となって弾ける。効いてはいるのだろう。相手の表層が痺れたように揺れる反応が見られた。だが苦悶の声も動揺する動きも確認できない。無機質な敵を相手にした経験のない靈威は、淡々と攻防し続ける神玉が不気味だった。

 

「でも、これなら……」

 

 だが不気味ではあっても、決して劣勢ではない。

 神玉の繰り出す霊力弾は数こそ多いが単調であり、左右に大きく動いてやり過ごせば決して無理の出る攻撃ではなかった。最初こそ動揺して掴みかねていた距離感も、相手との間の地面に発光する護符を一定間隔で突き刺しておくことでクリアできた。

 

「力を示せというのであれば、示してみせます……!」

 

 神玉は時折人間形態に戻って攻撃のパターンを変えてはくるが、それさえも杓子定規である。いくつかの決まった形態を取り、決まった攻撃を選ぶだけ。思考力も感情も無い。駆け引きは無意味。

 

「ここッ!」

 

 相手が形態変化の狭間で大きな隙を晒すことはわかっていた。

 靈威は僅かな瞬間を見咎めると大きく跳躍し、神玉の真正面へと躍り出る。

 

 ちょうど巫女形態を取ろうとしていた神玉は、無機質な眼差しで靈威の飛び蹴りを眺めていた。

 

 霊力を多量に込めた攻防一体の強化蹴撃。

 それは神玉の偶像を貫き、大きく弾き飛ばすほどの威力が込められていた。

 

「――押し通らせていただきます」

『見事なり』

『汝の力を認めよう』

 

 神玉は最後にそう言い残すと、キラキラした霊力の光を辺りに振りまいて沈黙した。

 あくまでも人間形態の幻像が消滅しただけで、本体はまだ残っているのだろう。

 だがそれ自体に認められたせいだろうか、靈威は神玉の気配を感じ取れなくなっていた。

 

「……消えた」

 

 忽然と消えた不気味な門番。

 それは妖怪と呼ぶにはあまりにも無機質で、人とするにも無感情な、謎の多き存在であった。

 だが彼らの風貌からして、元々は人間だったのだろう。確証はなかったが、靈威にはそう思えてならなかった。

 

 

 

「あ、これが……もしかして……」

 

 神玉が消え去った後には、異次元へと繋がっているであろう薄ぼんやりと輝くゲートがそこに口を開いていた。

 白く渦を巻く異世界への入り口。

 

 謎多き魔界。

 

「……ここで、ようやく入り口」

 

 靈威は荒れた霊力を鎮めるように一息入れると、すぐさまそこへ飛び込むのだった。

 

 

 


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