東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私がサラちゃんの護衛と見送りをしていると、鍾乳洞の入口で大僧正と名乗る妖怪と出くわした。

 同種族の取り巻きもいる。そのあからさまな見た目から、天狗と見てまず間違いないだろう。逆に天狗じゃなかったらびっくりだ。下駄の歯が一本だし。すごい高いし。翼生えてるし。

 

「ライオネルといったか。先程は部下が失礼した。私は大僧正。山を管理する大天狗の一人……と言って、そちらに伝わるだろうか」

「ああ、伝わるとも、ある程度はね。そちらに足を運んだことはないが、大宿直村……ああ違う、幻想郷の周辺に存在する勢力については概ね把握しているからね」

 

 神社を建立した時にも一度調査したし、瘴気の森の近くに家を構える時にちゃんと事細かに再調査はしてある。それから少し時間は開いているものの、妖怪たちのスケールで見ればさほど変化もないだろう。

 

「ふーむ、大宿直村についても、そしてこちらを知っている、か……だが我々は魔界の勢力については、ほぼ何も知らぬのでな。ああ、手荒な真似をするつもりはない。こうして出会えたのも何かの縁だ。穏当に、そちらの事情について話してもらえないだろうか。ひとまず一歩、互いに歩み寄ることができたならば……と、思うのだが?」

 

 大天狗がちらりと目をやると、遠くの木陰には空の台車を押すサラの姿があった。

 こちらを通って戻ってもいいのかどうか、悩んでいる様子である。

 

 そんな様子を横目に捉えつつ、大僧正は語る。

 

「まずそちらの魔界の目的について……そちらは確か看板を……」

 

 大僧正がこちらを見て、ふと言葉を止めた。

 そして沈黙。……うん? 何か止まるような要素があっただろうか。

 

「……髑髏。看板。……ふーむ。ふむふむ。すまない、ああライオネル殿。まずひとつだけお聞かせ願いたいのだが?」

「うん、まぁ相互理解は大事だ。どおぞどおぞ」

「変なことを、というより少々変わったことを聞くようだが……星熊勇儀、という名に覚えはあるだろうか」

「大僧正、それはッ」

「黙っとれ」

 

 部下たちが何か騒いでいるが、まぁどうでもよろしい。

 星熊勇儀。誰だその人と一瞬思ってしまったが、思索を巡らせればすぐ私の記憶に答えが引っかかった。

 

「星熊勇儀か。会ったことは無いが戦績だけは知っているよ。かつて行われたカードリングで到達形態は十九まで進んで、5717ポイントを獲得した。最高ステージかつ最高得点を記録した鬼の人だろう。といってもそちらとは種族が違うか」

「よし。その通りだ。よくわかった。ありがとう。さて、すまないライオネル殿。急で申し訳ないのだが、我々が人の領域に長居するのは少々よろしくない。またいつか交流を深める機会もあるだろう。今日のところはひとまず、ここらでお暇させていただくとするぞ」

 

 あれ、なんか急に大僧正が帰り支度を始めたんだけど。

 

「いやあの、これから交流とか……」

「お前たちも、早く戻るぞ。いや、本当にすまない。またいずれ会おう。いずれな」

「大僧正……」

「早くせい。我々は山に戻り、仕事に戻らねばならぬだろうが。そうだな」

「は、はい」

 

 あっ、駄目だ。引き留めようとしてもそそくさと帰ろうとしてる。

 この懐かしさを感じる素早さ。会社の飲み会で二次会に付き合ってられない人たちが帰り支度をするのにとても良く似ているな……。

 

 

 

「あーあ、帰ってしまった……」

 

 結局、大天狗たちとは特に何の交流を温めることもなくお別れとなってしまった。

 次にまた会おうなんて言葉を言っていたけども、どこまで本当かわかったものではない。行けたら行く級の信頼度であるように感じたのは多分私の気のせいでもないだろう。

 

「……あのー、ライオネル、さん? もう魔界に戻ってもいいんですかー……ねえ?」

「おっと、ごめんねサラちゃん話し込んでいて。もう大丈夫だから、さあ、通ると良い」

「あ、はーい。ありがとうございますー」

 

 空の台車をカラカラと押して、サラちゃんが鍾乳洞へと入ってゆく。もちろん私も一緒だ。一応この身は幻想郷出禁となっているのでね。

 

「どうだろう、サラちゃん。この仕事は続けられそうかい」

「えー……はい、まあ……でも今日のはちょっと怖かったので、やっぱり誰かが護衛についてくれると嬉しいです……私、闘いとかはへっぽこなので……」

 

 サラちゃんは魔界と地上、その中でもこの幻想郷とつながるゲートを監視する門番として働き始めた魔人である。

 仕事内容は結構ルーズな感じに決めたので、今回のような雑多な業務も含まれる。けど後で特別手当は出しておくのでブラックなわけではない。

 

「戦闘力に不安があるのであれば魔法を勉強してみてはどうだろう?」

「いやいやいや、無理です無理です。一度コロッセオ目指してみようかなーなんて思ってみたこともあったけど、生活用の簡単な魔法を使うので精一杯っていうか……パラパラと魔弾を放り投げるくらいが限界で……あはは……勉強難しいですし……」

「そうかぁ。結構面白いと思うんだけどなぁ、魔法……」

 

 魔の人と書いて魔人だけども、魔人の中でも魔法に熱心な人は案外多くない。

 基本的だったり簡単な魔法は扱えるんだけど、魔人のほとんどはなんというかおおらかというか、神族・魔族と一緒で生き急いでいないのだ。

 かといって神族や魔族のように固有の特殊な力を持つ魔人は多くないので、結果として半端に戦闘能力の低い種族になっている気がする。

 寿命は長い人は本当に長いので、強い人は強いんだけどもね。それもかなり稀な部類だ。

 

「私はだーれもいないゲートの近くで、本を読みながらぼんやーり門番してるのが一番だなぁ……えへへ……」

「まったりした生活だなぁ」

 

 まあ、そんなのんびりとした緩さは私にとって好ましいものでもあるから、強要はしたくないけどね。

 いっそこういうタイプは、ずっとこのままで楽しくやっていただけたらなと思っている。

 

 

 


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