東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 エンデヴィナの廃墟。

 それはかつて単なるエンデヴィナと呼ばれていた広大な山岳地帯だけが続く、閑静な無人の自然エリアであった。

 

 ところがある日、そのエンデヴィナで大規模な破壊現象が勃発する。

 特に前触れもなく大地が抉れたり、光弾が降り注いだり、山が消し飛んだり、小規模な太陽の出現によって全てが焼け焦げたり……といった大災害に見舞われたのだ。

 この謎の大災害によって、エンデヴィナには半永久的に残留する燃素などが大量に残留することとなり、長年消火されることなく燃え続ける地獄じみた景色が続く。

 しかしそういった魔法火災も年月と共に局所的洪水や物好きの消火活動などによって一部沈静化され、現在では続く火災も僅かな箇所に留まっている。

 

「……とても荒れた場所……山火事のあとみたい……」

 

 靈威はエンデヴィナの小高い丘に降り立った。

 辺りには燻ったような黒煙が薄く漂い、かつての雄大な自然の残骸であろうか、立ち枯れた巨木の面影がそこかしこに散見される。

 見晴らし自体は悪くないが、大昔に打ち捨てられた砦だったものや、未だに残る炎の明かりも相まって、景色は夕暮れの戦場跡のようである。

 

 サリエルはこのエンデヴィナの廃墟を越えた先、堕ちたる神殿にて待つと語っていた。

 指差した方角に間違いがないのであれば、ここから向こうに見える小さな山を越える必要があるだろう。

 ところどころに炎が立ち込めているため徒歩では危険な道のりであったが、どうにか宙に浮かぶことのできる靈威には関係がない。仮に徒歩だとしても、霊力を身に纏えば問題はないだろう。

 距離は長そうではあったが、踏破に手間は掛からないはず。

 そう思っていたのだが。

 

「あらあら。こーんな辺鄙な場所に迷い込むだなんて、物好きな人間もいたものね」

「!」

 

 夕暮れ空から声が降る。

 見上げれば、茜色の空に無数の蝙蝠が飛んでいる。

 それらは同じ意思を持ったかのように集まり……やがて一人の少女の姿を象った。

 

「ヴィナの警備なんてクソつまらない仕事だと思っていたけれど、こんなことがあるなんて。ムダに歳は取ってみるものだわ」

 

 金の髪。背中から生える蝙蝠の翼。彼女が人でないことは疑いようもない。

 そして発せられる強大な魔力。友好的であると期待するのは少々以上に無警戒であろう。

 

「……私は三代目博麗の巫女、靈威。堕ちたる神殿のサリエルを調伏するため、この地にやって参りました」

「ふぅーん……あのカタブツ堕天使をねぇ。良いじゃない」

「なので、この場を通していただきます」

「んー……」

 

 少女はニヤニヤと笑いながら、星があしらわれた手元のステッキを弄り回す。

 

サリエル(あの生真面目馬鹿)を張っ倒してくれるのは個人的にすっごーく嬉しいんだけどねぇ……残念なことに、私は奴に使役されてる悪魔なのよ」

「……悪魔」

「そう、悪魔。私は悪魔のエリス。悪魔は契約によって縛られ、契約によって生きる魔物」

 

 靈威が陰陽玉を傍らに浮かべ、戦闘態勢を整える。

 そうするだけの“圧”が、エリスから放たれていた。

 

「私の仕事はエンデヴィナに入り込んだ邪魔者の排除。そしてサリエルに楯突く者の撃退。ふひひひ。残念だったわねー、人間。貴女を見逃してあげる理由が欠片も無くなっちゃった。ラッキー。久々に合法的に殺しができるわ」

 

 それは先程までの幽玄魔眼との戦闘では感じることのなかった、本気の“害意”。

 演技の入っていない本気の気配に当てられ、久しく鉄火場から離れていた靈威は身震いした。

 

「……良いでしょう。人に害成す妖異を退治するのは博麗の巫女の務め」

「はいはい、どうでもいいよ。人間ってアレでしょ? 地上に溢れてる雑魚の群れ。ほとんどが能力無しで魔法の扱いもグズな短命の出来損ない。私がそんな奴にさぁ……」

 

 エリスのステッキが掲げられ、輝き、振り下ろされる。

 

「どう負けてやれるってのよ!」

 

 ステッキから放たれるのは魔法によって収束された青白いレーザー。

 月魔法に近いそれは靈威の脚を切り裂く軌道で放たれた。

 

 まずは機動力を削ぎ、それから弄ぶ。嗜虐的な悪魔の側面を隠そうともしない攻撃。

 

「負かしますよ」

 

 通常人間には反応もできず防御もできないレーザー。

 しかし靈威は、それを陰陽玉の簡単な操作で完全に防ぎきってみせた。

 

 やったことは単純。ただ陰陽玉をレーザーの軌道に合わせてスライドさせただけ。

 ただそれだけで、エリスの初撃は完全に防がれたのである。

 

「……はぁ。なーんか、やばそーなの持ってんじゃん。たかが人間のくせに」

 

 相手が術を扱えるのであれば、防がれることもあるだろう。エリスもそれを想像しなかったわけではない。

 しかしその防御の方法が、あまりにも“簡易”に過ぎた。

 宙に浮かぶ謎の陰陽玉は外側からではその力の全容はわからないが、レーザーを受けても微動だにしなかった辺り、明らかに古代神族や魔族が扱うソレに近いポテンシャルを感じる。

 

 だが、エリスとて悪魔の中でも古株。強大な悪魔の一人としての自負がある。

 神器持ちとはいえ、数百年も生きていない人間の小娘ごときに負けてやる気はサラサラなかった。

 

「決めた。お前殺してその魔道具をもらっちゃうね!」

「渡しません! 陰陽玉も、巫女の務めも!」

「それはいらない!」

 

 夕焼け空に無数の蝙蝠が舞い飛び、空から魔弾が降り注ぐ。

 廃れきったエンデヴィナの大地に再び破壊が注がれ、土煙が吹き荒れる。

 

 靈威は雨のように放たれ続ける魔弾を掻い潜るように疾走し、蝙蝠に紛れて飛ぶエリスの影を追った。

 

「勝負です!」

「ばーか! 私があんたを虐めるだけだよッ!」

 

 悪魔エリスと博麗の巫女・靈威の闘いが始まった。

 

 

 


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