東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 神々しい光の降り注ぐ大地。

 それはエンデヴィナを越えて歩き続けた先にある堕ちたる神殿の聖域。

 肌をピリピリと刺すような刺激は悪しき魂を持つ者らへの攻勢結界。だが靈威は幸いにして人間であり、魂の持つ穢れは踏み入ることを許されていた。

 

 空は夜のように暗いが、大地は昼のように明るい。

 靈威は先程まで飛行する迎撃魔法群と戦っていた。

 暗い空を飛び交うそれは、鳩を模した使役魔法のようなものだったのであろうか。一見すると優美なそれらであったが、見惚れている暇もなく戦慄するほどの絨毯爆撃を仕掛けてきた。

 無数の魔弾をどうにかいなした頃にはようやく鳩たちも全て消滅させることができたが、霊力は底をつきかけた。

 

「……ふぅ」

 

 サリエルと闘うならば、全力でなければ歯が立たない。

 それ故に荒れ地の上で瞑想を始めたのだが、およそ一時間ほどで霊力は回復した。

 

「……修行するには、うってつけの場所だったのですね」

 

 本来であればもう少し時間を要するはずだったが、魔界の特性故か、霊力の回復は早かった。

 準備は万全だ。

 

 あと一戦。

 サリエルとの最終決戦が始まる。

 

 

 

「ようやくここまで辿り着いたか」

 

 光の聖域を抜けたその先は、一転して闇の深い場所であった。

 黒い荒れ地は輪郭がぼやけ、踏み外せば所々にある地割れに脚を取られそうになる。だがそんな油断のできない足元に気を割けないほど、暗い空の中には危険な存在が浮かび上がっている。

 

 サリエル。青い衣服に銀の髪。そして美しい六枚の翼。

 仄かに光るそれこそが、堕ちたる神殿の支配者たるサリエルに違いない。

 

 靈威は大幣を持つ手を強く握り、空より見下すサリエルを睨み返した。

 

「……看板の撤去と。そして、紅さんがつけてくださった我が名に対する侮辱を取り消していただきに参りました」

「そうか」

 

 サリエルは短く、そう答えた。

 暗闇の中には複数の球体が浮かび、サリエルを中心にゆっくりと楕円軌道を描いている。沈黙の中で、靈威の歯噛みする音が小さく響いた。

 

「貴女は、私を侮っているのですね。幼い子供だと」

「……ふっ。そうだな。良くわかっているじゃないか」

「そういう貴女は、いくつなのですか」

「幾つ。か。……それは当然、はるか昔だとも。お前達人間が生まれるよりも、ずっとずっと前のことだ」

 

 人間が生まれる前と聞いても、靈威は上手く想像できなかった。

 だが、それが冗談めかして語っているようには思えない。

 

「我々と人との間には、歴然とした、そう。とてつもなく大きな差があるのだ。例えば貴様が烈火の如く怒る事柄に、我々が何の感心を抱かないこともあれば。その逆に、貴様らが何気なしに行う物事について、我々が命で償わせようと思うほどの憤りを抱くこともある」

 

 サリエルの手に、一本の杖が現れる。

 セフィロトを模した生命の杖。サリエルがメタトロンより受け継いだ神器の一つ。

 

「命の長さも異なれば価値観も異なる。解り合えぬ者同士なのだ。私と貴様はな」

 

 空に浮かぶ球体が薄く発光し、空間に静かな波動が走る。

 サリエルから発せられる魔力が月の気配を帯び、闇が広がる。

 

「これ以上、言葉を重ねる必要がどこにある?」

「……示せと。そう言うのですね」

「人はまだ知らなかったか? 挑むのは常に弱者からだ。さっさと始めろ。でなければ」

 

 サリエルの目が妖しく輝く。

 発せられた邪気に靈威が身震いした瞬間、黒い大地は一瞬にして灰色の岩の大地へと変貌した。

 

「強者の前に押し潰されるばかりだぞ?」

「ッ!?」

 

 足元の瓦礫の間から、無数の亡者の手が伸びる。

 靈威は咄嗟に浮かび上がり、脚を掴まんとする手を回避した。

 

「私は月の魔法を受け継ぐ者、サリエル。禁じられた狂気の力を前にして、脆弱な人の魂はどれだけ耐えられる?」

「うっ……!?」

 

 空に浮かぶ球体が膨れ、像を写す。

 過去の自分。あるいは現在。もしくは月。火炎の塊。地面を埋め尽くす亡者の腕と相まって、堕ちたる神殿の景色はまたたく間に地獄じみたものへと変貌した。

 

 それだけではない。靈威の扱う浮遊にさえも、狂気は影響を与える。

 サリエルが杖を掲げて発する“何か”の影響か、飛行が安定しない。だが落ちれば下を埋め尽くす無数の腕に捕まれ、引きずり込まれるだろう。

 

 靈威の中で恐怖が増幅し、膨れ上がる。

 だがその時、紅の教えが脳裏に過る。

 

 

 ――慌てた時こそ、基礎と型に立ち返りなさい

 

 

「――……ハァッ!」

「む」

 

 不安定な飛行で地面をすれすれに旋回していた靈威が、突如拳を足元に叩きつけた。

 霊力を込めた渾身の一撃。それは亡者の手が埋め尽くす大地に突き刺さり、破壊が波紋となって伝播する。

 

「……幻像! これは、そうか。幻……!」

 

 そして破壊の波の中に揉まれ、煙のように消滅してゆく腕を見て靈威は理解した。

 地面を埋め尽くす亡者の腕は全て幻。サリエルが見せる幻覚でしかないのだと。

 

「これが月の狂気……!」

「幻影。幻覚。錯覚。狂気。これこそが月魔法の基礎にして真髄」

 

 靈威はひとまず戦場全体に蔓延る腕の幻を暴いたが、サリエルはそれを見計らったように月の光線を放ち、薙ぎ払う。

 

「くっ」

 

 これも幻覚かと思えば、威力がある。悪寒を覚え咄嗟に陰陽玉を防御に回していたから助かったものの、当たればただでは済まない一撃であった。

 

「そして純粋な魔力による上質な破壊。実に美しく、無駄のない魔法だろう」

 

 予備動作少なく発生する幻。それとほぼ同時に襲い来る高威力の攻撃魔法。

 偉大なる魔法使いが“魔法の中の魔法”と呼ぶ月魔法。サリエルはその皆伝を達成したともいえる熟練者だ。

 

「義理で付き合ってやっているんだ。せめて私の遊び相手くらいにはなれるよう、早々に潰れてくれるなよ」

 

 大地より再び亡者の腕が伸び、無数の光線が放たれ、視界が歪む。

 

「これが、死の天使……!」

 

 靈威は強大な敵の力を前に、サリエルの子供扱いが決して過言でもなんでもないことを認めざるを得なかった。

 

 


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